第ニ話 変わるモノ、変わらないモノ

「なるほど。腹部をパックリイカれて死んでいた、と。ふむ、死因はわかった。んで、なんだってオマエはそんな現場に出くわしたんだ。しかもあんな裏路地で……まさかその歳で迷子になったとは言わねぇよな」

「それが僕にもよくわからないんだ」

「わからないだぁ? 荷物もほっぽり出すほど慌ててたんだろ。何か理由がなけりゃ説明がつかねぇだろうが」

 夜も更けた頃。悠月と仁は家の縁側で事の経緯について情報を共有していた。

「こう、なんて言うのかな。嫌な気配を感じたっていうか、妙な違和感を覚えたんだ。頭の中に誰かの見た映像が流れ込んできたような気がして。それを追ったら」

「……死体があったってわけか。現場には血痕しか残ってねぇらしいがなぁ」

「父さん、死体は本当にあったんだよ。少なくとも、僕が見つけた時にはあったんだ」

 自信を無くしたのだろう。すっかり意気消沈してしまった息子を慰めるように、仁は会話を続ける。

「別にオマエを疑っているわけじゃない。あったつーならあったんだろ。だがな、一応立場的にはオレも事実ベースでモノを語らねぇといけないからな。チッ、はぁ……参ったな。この食い違いをどう捉える、か」

 仁は咥えていた煙草を胸いっぱいに吸い込むと、悩みの種と共に吐き出した。

「やっぱりあの人が犯人だったのかな」

 ポツリと悠月が呟いた。それを見過ごす仁ではない。警察官であれば些細なことから真相解明に繋がることを彼は誰よりもよく知っている。

「なんだよ、何か怪しい奴でも見たのか」

「……実はあの場所にはもう一人居たんだ。僕が警察に道を案内している間にどこかに消えちゃったけど」

「オマエ、どうして先にそれを言わねぇ。なんで捕まえておかなかったんだよ。重要参考人だぞ。特徴は。男か、女か?」

「女の人だった。背は高めで髪はロング。目つきは鋭くて、服装は黒いコートに珍しい帽子。

靴はヒール……いや、ロングブーツ、だったかな。ざっくり言うと魔女みたいな格好をしてたと思う」

「――ッ!?」

 はたと仁の雰囲気が変わった。まるでその女に思い当たる節がある、と言わんばかりに。

「そいつの名前は」

「アルメリア。英国生まれの魔女、アルメリア・リア・ハートだって本人は言ってた」

「……」

「父さん?」

 仁はいつになく険しい表情を浮かべていた。

 普段は稽古の時以外、気の抜けたような言動をとる彼のことである。この違和感に気づかない悠月ではなかった。

「まさか、父さんは何か知ってるの」

 返事はない。だが、鬼気迫るその顔は肯定をしているのとなんら変わりなかった。

「よし、わかった。情報提供ありがとな、悠月。んじゃま、行ってくるとしますかね。気はノらねーけど」

 悠月の問いには答えず、仁は努めて優しい声色で言い放った。

 不穏な空気をこの家にまで持ち込む必要はない。これでも悠月はあの惨事を目の当たりにした被害者なのだ。無理矢理あの光景を思い出させるのは精神的にも負担になるだろう。話を途中で切り上げたのは、極力息子にストレスを与えないための英断でもあった。

「行くってどこに?」

「決まってんだろ、現場検証と犯人探し。只でさえ今のこの街は物騒だ。加えてハロウィンも近い。相手が愉快犯なら次も同じことをするはずだ。早いとこ見つけてしょっぴかないと被害者が増えるだろうが。こう見えてもオレ、この街の平和を守る御巡りさんよ?」

「……なにも休みの日まで行くことないのに」

「バーカ。遅かれ早かれ誰かがやんなきゃならねぇことだ。むしろ早くて助かったよ。直接オレんところに話が来ればその分こっちも早く動ける。どうやらお相手はよほどこの街がお気に召したらしい」

「どういうこと?」

「こっちの話だ。なぁ、悠月。できればオマエは犯人が捕まるまで大人しくしててくれ。第一発見者は狙われる可能性が高い。その……なんだ、妙な違和感を感じたら迷わずオレに連絡してくれ。すぐに駆けつけてやるから」

「大丈夫だよ、心配しないで。僕だっていつまでも父さんに守られているわけには――」

「悠月」

 僅かに語気を強めて、仁は悠月の言葉を遮った。

「頼むから、妙な気は起こさないでくれ。奴らはもうオマエに目をつけているかもしれない。次にああなるのはオマエかもしれないんだ」

 歯に衣着せぬ物言いに悠月は押し黙るしかなかった。

 いくら自立を訴えかけても、親からすれば子は子なのだ。実力がある、ない関係無しに親は子供を守り子供は庇護下の中で生きるべきなのだ。事実、悠月は今日、相手の力量を推し量ることもできずに完敗した。まだ年端もいかない若造がいくら問題なしと結論づけても、傍から見れば無謀無策と笑われても致し方ないだろう。

「わかった、気をつけるよ。でも、父さんも気をつけてね。早く犯人を捕まえてさ、今年のハロウィンはみんなで楽しもうよ」

「おう。二人に嫌な顔されんのは堪えるからな。ま、程々に頑張るさ」

 仁は傍らに控えておいた二尺ばかりある太刀をまるでスーツケースを持つが如く軽い動作で手に持つと、すっと立ち上がった。

 白いワイシャツに長いロングコートから生える太刀という出で立ちは、警察官というよりはむしろ現代社会に溶け込んだ武士の様に見えるだろう。

「ねぇ、父さん」

「ん、なんだ?」

 仁が立ち去る最中。悠月は最後につまらない問いをした

「前々から思ってたんだけどさ。警察官ってそんなもの持ち歩いていいの?」

「……駄目に決まってんだろ、常識的に考えたら。だがな、非常識な連中とやりあうならこっちも非常識でいねぇとな。下らないことはいいからガキは早く寝ろ。嫌なことは寝て忘れるに限る。これ、結構大切なことな」

 それっきり、仁は振り向くこともなく夜の月見ノ原へと溶け込んでいった。

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