可視化できない傷
第1章01話 「衣替えの季節」
あらすじ
マツリちゃんは冷たいけどあったかい
ようやく本編的ななにかに入っていきます。シリアスが多めかもなので、なるべくギャグを増やしていけるようがんばります。
─────
おれはさいていだ。
おれはさいていだ。
なにもしなかった。なにもできなかった。
みすてた。みないふりをした。
しらないふりをしたさいていどちくしょうだ。
しったようなかおをして、しったようなことばでごまかして。
おれはさいていだ。
おれはさいていだ。
しんだほうがいい。
そのほうがらくだし、世界のためになる。
このうえなくみにくいおれなんて。
いやしくて、じこぎせいがただしいとおもって。
そんなやつはきえたほうがいいにきまっているんだ。
おれはさいていだ。
あいつをみすてた。
あいつをころした。
さいていだ。
さいあくだ。
この世界のがいだ。
いきをするだけでこの世界をけがす。
あいつがすきだったこの世界を。
おれはどうすればいい。
しぬ。しぬ。しぬ。
だが、しょくざいはどうすればいい。
ゆるされなくとも、それをつとめなければならない。
おれのやくめ。
さいていなおれの、さいごのやくめ。
なあ、おまえはしっているのか?
* * *
「さて十月に入りまして、僕は思うわけですよ」
シンプルな男子の学生服は県から出れば判別のしようがないけれど、ここらではわりと有名なほうの高校のものだった。
それを纏った八尋彩は段ボールを運びながら、軽い言葉をペラペラと話し出す。
「やっぱ、夏服も良かったけれど、冬服も捨てがたいな、と」
「引くわ。男子間の会話ならわかりたくないけれど、なんとなくわからないまでもないのだけど。それを今ここでする? 引くわー」
「いやいや、
「違うわよ。家から近かったから」
「はいはい。照れなくてもおまえは美少女ですよ。謙遜もしすぎると周りを煽るんだぞ」
黒髪の麗人、関原ひびきはきりり、とつり上がった眼差しを、隣を歩く彩へと向けた。
きっと彼女の誤りは、生徒会に入ってしまったことだろう。八尋彩という人物とかかわりを持った時点で、彼女の後悔は生涯のものとなってしまうのだ。
点数稼ぎのために生徒会になんて入らなければよかった、とはひびきの去年の総括だ。
「夏服はわかりやすく素の魅力を引き立てているのだけれど、冬服はそれを内包させているんだ。シンプルがゆえに、テンプレートがゆえに、ひねりのない清楚さを漂わせているのだ」
「訴えるわよ、セクハラで」
「やめい。僕はただ、ありのままの感想を口にしただけだ」
「はいはい」
一年以上のも付き合いが続いてしまっていること自体が、甚だひびきにとって不本意だったけれど、それでも対応に慣れてしまったことは素直に喜ぶべきなのだろう。
最初のほうは、その冗談にいちいち赤くなってしまっていた気がするが、それはひびきにとって封をしておきたい黒歴史のひとつ。今ではその薄っぺらな言葉を、ほぼないものとして聞くことができるようになっていた。
だれしも、こうやってひとつ、大人の階段を昇っていくのだ。
「しかし、関ヶ原さんよ」
「関原よ。で、なに? 私の荷物も持ってくれるの? あらありがと」
「違うわ。すこし耳にしたことがあってね。思い出したから聞いておきたいんだけど」
「なによ。くだらない質問だったら、生徒会による指導があるけれど……」
「ふっ。僕に脅しは通じない。いやね。おまえに彼女ができて、百合っプルだって聞いたんだけれど、本当なのか?」
「なっ!」
あまりにも見当違いの方向から言葉がとんできたために、何もないところでこけた。段ボールに入っていた備品がぶちまけられ、当の本人もかなり驚いているようだった。
「……大丈夫ですか、関ヶ原さん? 常在戦場の覚悟はどこへ?」
「んなもんないわよ! だれが関ヶ原じゃ!」
荷物を脇に置いて、手を差し伸べる。
ひびきはとてつもなく仕方なさそうにその手を取って、立ち上がった。
「あーあ、散らばっちゃったじゃない」
「責任転嫁しないでもらえます?」
ふたりして廊下に散らばった鉛筆やそのほかの備品をかき集める。
「だれのせいだと思っているのよ」
「僕ではないことは確かのはず」
「どこからその自信がわいてくるのかしら……」
「え、もしも僕のせいなら、僕は超能力でも使えることになるんだけれど」
「……はあ」
疲れる、という気持ちはいつも味わっていて、八尋彩という人物が近くにいるだけで本当に常在戦場の心構えを持ちそうなほどだったが、疲労感には慣れられない。
「さっき聞いたことだけどさ。忘れてくれ。だれだって話したくないことはあるもんな」
「いえ。ただのガセネタだからね。そんないい方されると本当のことみたいに思われるからやめてくれないかしら」
「僕は偏見とかそういうのはないからさ。何かあったら相談に乗るよ。僕ら、友達だろ」
そんなことを恥ずかしげもなくいえるのは八尋彩という人物の根幹を表している、とひびきは思う。
生徒会室に顔を出すたびに、今日は学校を休んでいてほしいな、と思うのだが、それでも八尋彩が生徒会で分け隔てなく人に接する姿は、だれかの救いになっているのかもしれない。
「……ま、私は違うんだけどね」
「なんか言ったか、関ヶ原?」
「関原よ。ガを入れないでくれる?」
「了解でありまーす」
適当な返事は、いつもと何も変わらなかった。
学校を終えると八尋彩はマツリを連れて県境にあるホテルへと赴いた。旅行目的ではなく、呼びだされて、正確には依頼されたためだった。
あらかじめ予約を入れていた部屋に荷物を置き、美味しい夕食と大浴場で湯あみをして、金曜が終わりを迎えるちょうどに依頼人はフロントへと現れた。
「確認してもよろしいでしょうか。あなたは掃除屋の八尋彩でまちがいないでしょうか?」
その男は浴衣姿を見て、少し面を食らっていたようだった。
たしかに掃除屋と呼ばれているのだから重苦しい雰囲気を想像することは仕方がないことなのだろうが、掃除屋としての依頼を受けていない彩にとってはラフな格好で十分だった。
やつれたような、疲れ切った顔をした男で、慎重さや狡猾さを感じさせる類の人物であることには変わりなかったけれど、その覇気を今は覚えさせなかった。
「あなたが依頼人の方ですか。掃除屋とおっしゃいましたけれど、そちら方面とはうかがっていなませんが」
「失礼しました。ではフリーの霊媒師さま、とでもお呼びしましょうか」
「いえ、ただのカウンセラーですよ」
今回の依頼は少し風変りだった。けれど、業界と縁を持ち、金を持っている表側の人間ということならば、依頼としてはめずらしい部類ではなかった。
「早速ですが、会わせていただけますか」
「今から、でしょうか」
「ええ。無論、ご都合が悪いようでしたら明日以降でも構いません。ただ、今はもう土曜日。あと二日しかないことを考えれば、早い方がよろしいかと思いましてね」
「すみません。ここから我が邸宅へ移動していただくことになりますので、明日の早朝でよろしいでしょうか」
「そういうことでしたか。なるほど。では詳しい話は明日の早朝ということで。失礼します」
彩が席を立つと、次いでマツリも立ち上がった。
依頼人の名は、
業界との縁がある、資産家だ。
そもそも良識のある人物なら、業界を知ったうえで積極的にはかかわろうとしないし、ましてやフリーの魔術師など顔を合わせることしないだろう。
「彩さま、相手はかなり大物のようです。さきほどのような態度でもよいのでしょうか。いささか以上に敬語の間違いが多いように感じました」
「こちとら高校生だぞ。どんなに丁寧にしたところでなめられるだけだ。それにもう手は打ってある」
うす暗い部屋のなか、ふたりはベッドに並んで座っていた。
マツリは静かに本を読みながら、彩は手元でスマートフォンを弄びながら。
「さすが彩さまですね。先走ることに関しては天才的です」
「どっからそういう感想が出てくるんかね。ほらおまえ、香水しているだろ。それを利用して、少しだけ印象を良くさせた。余程のことをしない限り、相手は友好的だろうよ」
「純情な乙女を利用し、捨てるだなんて。最低のブタ野郎ですね」
「表情を少しは変えていってみろ。ただの悪口にしか聞こえねぇ」
「悪口以外のなにに聞こえるというのですか? ドエムの彩さま」
「早まるな。僕はどちらかというとサドのほうだ。いや、どうでもいいわ。とにもかくにも、依頼内容の確認をしておこう。まあ、僕の仕事しかないから、マツリはもう一回、温泉にでもゆっくりつかって日頃の疲れを癒してきてもいいけれどね」
依頼内容。それは、とある人物の記憶をいじること。
より正確にいえば、六堂院
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