14 まるで別人
僕はレティシアが朝食から部屋に戻ってきたのを確認すると、カーティスの忠告など無視して、彼女の部屋の窓を叩いた。
レティシアは僕に気づくと、すぐに窓を開けてくれた。
「昨日、無事に魔物を退治できたんですって? 私、役に立てたみたいでよかったわ」
レティシアはとても嬉しそうだった。
彼女の振る舞いを見るかぎりだと、もう今後僕とは関わるなと、カーティスから注意を受けた様子はない。
邪気を浄化することで、自分の体に負担がかかっているかもしれないことについても、何も教えてもらっていない可能性がある。
無邪気に喜ぶレティシアを見ると、レティシアを犠牲にしてこの国を救おうとしている自分に後ろめたさを感じた。
「おそらく僕たちは今後、テネブライに狙われることになる。――悪夢とか見なかった?」
レティシアは不眠とは無縁そうな、血色のいい顔をしている。何の問題もなくぐっすり眠れたのだろうが、念のため聞いてみた。
「悪夢? そうね、何か夢は見た気がするんだけど……」
レティシアはなんとか思い出そうと、頑張っている。
「うーん、もうちょっとで思い出せそうな気がするんだけど……」
「うん、大丈夫そうだね」
僕は苦笑いして言った。
「顔色悪いんじゃない? ユベールの方こそ、ちゃんとよく寝れてる?」
レティシアは心配そうな顔で僕のことを見ている。
「心配ありがとう。ちゃんと寝れてるから大丈夫」
結局昨日は、目を閉じるたびにマリーが語りかけてくるせいで、一睡もできなかった。最後の方は寝ることを諦めて、レティシアの部屋の窓をじっと眺めていた。
もといた時代でも一晩くらい寝ないことはよくあったが、今日はいつも以上に体が重い。
しかし、悪夢を見たことについてはレティシアに話す気はなかった。
「リーヴェスの邪気は浄化されたから、残すはこの時代のオレの邪気の浄化だ」
グラディウスが言うと、レティシアは彼女なりの真剣な顔で頷いた。
「この時代のオレは邪気のせいで、リーヴェスとも意思疎通ができない状況なんだ。だから邪気を浄化して、起こしてやってほしい」
この時代のグラディウスが起きると、今僕たちと一緒にいるグラディウスは消えることになるのだが、グラディウスはそのことを感じさせないくらい軽い口調でレティシアに話す。
グラディウスの消える時が近づいているのか、と思うと、寂しく感じた。
部屋の外の廊下から、足音が聞こえてきた。足音は、少しずつ大きくなっている。僕はいったん部屋の外に退避しようとしたのだが、レティシアが僕の腕をつかんできた。
「大丈夫よ、この足音きっと、お兄様よ。お兄様、物知りだし、優しいの。きっと私たちの力になってくれるわ」
大丈夫なわけあるか。レティシアの兄さんなんて、僕が今もっとも会いたくない人物だ。
年頃の妹の部屋に男が忍び込んでいるというだけで一大事だ。それだけで厳しく𠮟られて当然の事態なのに、僕は昨日、カーティスにレティシアに近付くなと言われたばかりでもある。
レティシアはカーティスが怒ることなどちっとも考えていないようで、自分はいいことをしているとでも言いたげに目を輝かせている。
今ここでカーティスに会うのは、非常にまずい。しかしレティシアは、思っていた以上に力があり、いくら引っ張っても僕の腕を離してくれない。
レティシアの部屋の戸が開いた。レティシアの言う通り、カーティスだった。
カーティスは僕を見るなり、不快感をあらわにした。
「お兄様、彼がこの前話したユベールよ。私の子孫らしいのに、すっごい綺麗でしょ」
レティシアは嬉々としてカーティスに話しかけた。
「何を言っているんだ、レティシアも十分綺麗じゃないか」
カーティスは、にこやかに言った。
目の前にいるこいつは、いったい誰だ? 昨日とは別人のようだ。
カーティスの見せている性格の良さそうな笑顔が、僕にとっては不気味で気持ち悪い。
「まずいよ、君の兄さんに怒られる」
「大丈夫よ、お兄様が怒っているところなんて、私一度も見たことがないわ」
僕はカーティスに聞こえないようにわざわざ小声で話したのに、レティシアは気にする様子もなく、カーティスにも聞こえるような大きな声で答えた。
「レティシア、おもしれぇな」
グラディウスは他人事のように笑い始める。
「ねぇ、お兄様。お兄様もユベールたちの助けになってくれないかしら?」
レティシアは期待に満ちた目でカーティスに近づいて行った。カーティスは困ったような笑顔を浮かべたまま、黙っている。
「お兄様が力になってくれたら、きっと何もかも上手くいくわ」
レティシアがいくら頼んでもカーティスが力になってくれる可能性がないことを僕は知っているので、
「レティシア、君の兄さんは力になってくれないと思うよ」
とカーティスの顔色を気にしながら僕は言った。
「そんなことないわよ。お兄様は助けてくれるわ。ねぇ、お兄様?」
カーティスは笑顔でレティシアを見たまま、喋ろうとしない。レティシアは無邪気な笑顔でカーティスを見たまま、彼が何か言うのを待った。
「――もちろんさ」
長い間があったあと、カーティスがようやく口を開いた。
「ありがとう、お兄様!」
レティシアは満面の笑みでカーティスに抱きついた。
カーティスは僕に見せる顔と、レティシアに見せる顔が明らかに違う。
何が、これ以上レティシアに関わるな、だ。レティシアだけでなく、こいつ自身も表面上は僕に関わることになったじゃないか。
今この場で嫌味の一つでも言ってやりたい気分になったが、レティシアの前では我慢してやることにした。
廊下を走る足音が聞こえてきた。その足音は、レティシアの部屋の前で止まる。
「レティシア様、お客様がいらっしゃっています」
部屋の外から若い女性の声が聞こえてきた。女性は急いでレティシアを呼びに来たようで、息を切らしている。
「私にお客様? 名前は?」
レティシアは戸を開けることなく、女性に聞き返した。
「リーヴェス・オルヒデー様です!」
「リ、リーヴェス?」
「レティシア様、早く! リーヴェス様はあまり時間がないようです。玄関でちょっと話せればいいと言われています」
女性に急かされ、レティシアは慌てて部屋を出て行こうとした。僕は彼女の腕をつかんで言う。
「なんとかして、リーヴェスを客間かどこかの部屋に連れ込め。すぐには帰らせるな」
レティシアは不安そうな顔をしたが、部屋の外で待っている女性が「早く早く!」と連呼するので、すぐに部屋を出て行った。
まさかこんなにも早く、リーヴェスがキルシュバオム家を訪ねてくれるとは思っていなかった。もしかしたら、意外と簡単にレティシアとリーヴェスはひっついてくれるかもしれない。
「グラディウス、僕たちも行こう」
と声をかけると、僕はレティシアとリーヴェスのやり取りが見える場所へ移動するため、窓から部屋の外に出た。
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