第37話「魔法の言葉」
今日は5月に行われる体育祭の種目決めがクラスで行われていた。
選択と全員参加の種目があり、委員長の指揮の元で次々と決まっていく。
全員参加の種目である男女混合二人三脚に入ったところで、座っていた担任の中村先生が口を開いた。
「あ〜、二人三脚の件なんだが、うちのクラスは残念ながら新学年早々に退学者が出たことで奇数でな。一人ペアが組めないって話の流れから、今年は趣向を変えてアンカーは三人四脚で走ることになった。各クラス不足分は担任と副担で補うことになるが、組み合わせはお前たちで決めてくれ」
それを聞いた委員長は、組み方について意見を投げかけた。
「う〜ん、そしたらどうしよう。アンカーから先に決めちゃう? やりたい人いるかな?」
それを聞いた途端、視界に映るひまりはどこかに目配せしたあと、いの一番に勢いよく手を上げた。
神谷さんの方に目をやると、遥の背中をトントンと叩いてる。
ひまりの後に続いて遥もそろそろと手を上げた。
遥が手を上げた次の瞬間だった。
クラスの男子が騒ぎ立つ。
ほとんどの男子が勢いよく手を上げながら、委員長に訴えかける。
「はい、委員長おれやるよ!」
「いや、委員長! ここは俺だろ!」
「馬鹿やろう! お前みたいに足が遅いのはダメだ!」
あれだけ穏やかに決まっていたのに、一気にクラスの熱気が高まる。
「はいはい、静かに! 騒いだ人は候補から外しまーす」
その一声で逆にクラスは鎮まり返った。
「あなたたち分かりやすくてある意味助かるよ。えーっと? 女子の候補は花菱さんと掛川さんの二人だけかな? ルールに男女の組み合わせ比率もあるからその辺どうしよっか」
すると一人の男子、陸上部の鈴木くんが委員長の思案に意見を述べる。
「馬鹿か委員長! 女子2人と男子1人に決まってるだろ!」
そうだそうだと他の男子もあとに続く。
「はいはい、わ、か、り、ま、し、た。じゃあ二人は決まりね。あと私を馬鹿呼ばわりした鈴木くんは候補から外しまーす」
「そ……そんなぁ〜……」
ガックシと肩を落とす鈴木くん。
ちょっと可愛そうだった。
二人は決まったと思ったら、一人の女子が手を上げる。
「どうしたんですか? 神谷さんもやりたいんですか?」
「違うよー委員長。やっぱりアンカーなんだから、男子は足が速い人がやるべきじゃない?」
「うーん、三人四脚で足の速さがどれくらい生きてくるのかは分からないけど、まぁアンカーって意味で言えばそうなるね」
「私、横峯くんがいいと思いまーす」
「え? 横峯くん?」
委員長を含めてみんなが一斉に僕の方を見る。
それに待ったをかけたのは、サッカー部で足にも自信がある木嶋くんだった。
「ちょっと待て神谷。このクラスで足が速いで言えば鈴木の次に俺だろ。悪いが……横峯が足が速いようにはどうしても思えない」
木嶋くんは僕に少し怯えた目を向けながらも、委員長に訴え掛ける。
木嶋くんが言うのももっともな意見だった。
僕は足が特別速いわけじゃない。
「えっと……横峯くん、そうなの?」
「うん。僕、足速くないよ? 昔からお姉ちゃんとかけっこしても一回も勝ったことないし……」
「え」
なぜかみんなが奇異な目で僕を見てくる。
「……ちなみにこの間やったスポーツテストの50m走の結果は?」
「えっと……確か7秒くらいだよ?」
「あれ? 普通だ……」
特に凄い記録でも何でもない。
だって、僕は本当に足が速くないのだから。
「ねー委員長。だったら競走してみたら? 自称クラス2位の木嶋くんと横峯くんでさー?」
「時間の無駄だろ。俺が転びでもしないと7秒そこらのやつが俺に勝てるわけない」
「あれー? 負けるのが怖いのー?」
「なんだと?」
白熱する二人をなだめるように委員長が仲裁に入る。
「はいはい、やめやめー! そんなに時間かかるわけでもないし、このあとちょっとグラウンドに出てやってみよ? 木嶋くん、いいでしょ?」
「……分かったよ」
「横峯くんもそれでいい?」
「うん。僕はいいけど、他の人たちはそれでいいの?」
「他に競走したい人いる?」
「いや、木嶋が出るんじゃ、やったって勝ちめねーって……」
他の生徒は結局名乗り出ず、木嶋くんと僕の一騎討ちになった。
もうここまで話が進んでしまっていて、僕も断れる雰囲気ではなかったから、その提案に了承した。
*****
ジャージに着替えてからグラウンドに入り、50m走のスタートラインで準備運動を始める。
僕には全く自信がない。
足が速い木嶋くんに勝てるとはどうしても思えないからだ。
僕が不安に思ってると、ひまりと遥が僕のところにやってくる。
「修くん! ファイトだよっ!」
「修ちゃん、頑張ってね?」
「うん」
二人からエールをもらい、とりあえず頑張れるだけやろうと思う。
木嶋くんに目をやると、そんな僕をなんだか複雑な目で見ていた。
始まる直前になると神谷さんが僕のところにやってきて、耳元でささやいた。
「ねー横峯くん。──ね?」
「……え?」
「いいからー、ね?」
「……うん」
神谷さんはなんでそんな
「二人とも準備はいいかな? じゃあ、始めるよ?」
僕と木嶋くんはクラウチングスタートでポジションに着く。
「位置についてー、よーい」
みんなが見守る中、委員長が口に加えたホイッスルの音がグラウンドに響き渡った。
僕は足に力を入れて地面を蹴り出した。
同時にすぐ右隣にいる木嶋くんもスタートを切る。
出だしは同じでも、すぐにその差は現れる。
やっぱり木嶋くんは足が速い。
このまま差をつけられて、負けてしまう。
そんなことを考えてしまった。
その時だった。
神谷さんに言われた言葉を思い出す。
怖いよ……。
僕の足は自然と動き出す。
何かから逃げるように。
足に力が入る。
振る手は恐怖を振り払うかのように、素早い動作を始める。
怒られる……。
グングンと全身に力が入る。
前から引っ張られ、後ろから押されるような感覚。
木嶋くんの驚愕するような表情が一瞬見て取れたけど、それはすぐに視界から外れた。
周りから歓声が上がっている。
でも、それどころじゃない。
早く逃げないと……。
気付いたら僕はゴールを通過してた。
遅れて木嶋くんが僕の横に並んだ。
「すっごー!? 横峯くん、はやー!」
「お、おかしくね? なんだよあの加速……」
みんなが思い思いの感想を述べる。
僕……勝ったの? どうやって?
自分でもよく分からない。
ねぇ神谷さん……もう、あんなこと言うの、やめてね?
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