第24話「師範」
時は少し
僕はいつもの見慣れた門を潜り、正面の大きな建物とは別の古民家に我が家のように入る。
心地よい木の香りと懐かしい空気が漂い、これから始まる事とは反して何だか気が抜けてしまいそうになる。
少し廊下を進み、ふすまを開けて中に顔を覗かせた。
そこにはいつもの光景。
お茶を啜り、お菓子を摘みながらテレビを見ている一人の女性の姿。
「こんにちは、おばあちゃん」
「修ちゃん、いらっしゃい。お菓子食べる?」
挨拶をしたのは僕のおばあちゃん。
緩んだ笑顔で僕にお菓子をすすめてきた。
おばあちゃんはまだ60代だけど、凄く若く見える。
こうして頻繁に顔を合わせてるからなのか、あまり昔から変わってないような気がする。
喋り方も若々しくて、一般的なおばあちゃん像からかけ離れている。
こういうのって美魔女っていうんだっけ?
「うん、じゃあチョコ貰おうかな」
僕は個包装されたチョコに手を伸ばそうとするが……
「はい、あ〜ん」
すかさず袋からチョコを取り出して僕の口元に持ってくる。
「……ねぇおばあちゃん。僕も高校2年生になったんだけど、これいつまでやるの?」
「修ちゃんがお嫁さん連れてきたら止めようかな〜」
僕は苦笑いしながらチョコに食いついた。
おばあちゃんはニコニコしながらとても嬉しそうな反面、僕はいつまで経っても恥ずかしい。
「彼女でもいいよ? 気になってる子とか居ないの?」
「うん……居るよ?」
「え!? だれだれ? どんな子? 可愛い?」
おばあちゃんは身を乗り出して興味津々の様子。
こうなると話が長くなるから、早くこの場を去ろう。
「……ないしょ。遅れちゃうからもう行くね」
「え〜……怪我しないように気をつけてね」
「うん、じゃあまた夕飯にね」
しょぼんとしたおばあちゃんに手を振り部屋を後にして、誰も居ない別の部屋に入る。
すぐに服を脱ぎ、そこに用意されている服に身を包む。
気合いを入れるようにギュッと帯を結んだ。
よしっ、行こう。
渡り廊下を進み、僕は空手道場に入った。
「おす」
「おはよう、さかもっちゃん」
入って早々に右手を上げながら少し気の抜けた挨拶をして来たのは、同じ道場に通うさかもっちゃん。
僕の高校で先生をしている。
学校の先生だけど小さい頃から遊んでもらってたから、道場ではタメ口とあだ名で呼んでいる。
もちろん学校では敬語で先生と呼ぶように心掛けている。
部活の顧問をやってるから、道場で会えるのは土日ばかりだ。
だからあのことを伝えといた。
「あっ、そうださかもっちゃん。明日は道場休みだって」
「あぁ、聞いてるぞ。だから月曜日に振替で道場に行くことにしたよ」
「え、部活の方は大丈夫なの?」
「そっちは顧問不在で休みにするよ。日曜日に休みなんて滅多にないし、俺は普段平日に道場行けないからたまにはいいだろ」
僕からの連絡は不要だったみたいだ。
でもそうすると士道くんは部活休みになっちゃうんだよね。
「そういえば僕、士道くんと同じクラスで友達になったよ。空手やってるんだってね。せっかくだったら士道くんもここに来れればいいのに」
するとさかもっちゃんは少し難しい顔をした。
「う〜ん、それは無理じゃないか? この道場、ここ数年は門下生の募集してないし」
「そっか、そうだよね……」
4年前に先代から今の師範に引継いでからは、新規に門下生の募集はしていない。
いま通ってるのは先代の時に入門した人だけだ。
今までこの道場の噂を聞きつけて何人も訪ねて来たけど、ほとんどが門前払い。
一部は納得行かず、まるで道場破りのように勝ったら入門させて欲しいと乗り込んで来た人も居たけど、入門できた人は一人として居なかった。
ここの人達は不用意に自分の身分を明かしたりはしないけど、どうやら協会や連盟のお偉いさんなんかも居るらしい。
他流派の人とかもたくさん居るみたいで、そういうの大丈夫なんだろうかって疑問はあるんだけど……。
「修司さん、おはようございます!」
「おはよう、
次に気合いの入った挨拶で僕に頭を下げて来たのは早乙女くん。
凄くガタイが良くて顔もいかつく、初対面だったら近寄り難い雰囲気を漂わせている。
だけど昔からの付き合いだし、話してみるととても優しい人だ。
あと同い年なのに何故か早乙女くんは僕に敬語で話して来るから、そこから受ける印象も大きいのかもしれない。
「まだ少し時間ありますんで、組手どうっすか」
「うん、いいよ」
軽く準備運動をしてから早乙女くんと組手を交わす。
早乙女くんはこの道場の中でも強いように思うけど、あまり自分のことは語らない。
空手部に入ってるみたいだけど、大会に出ればきっといい成績取れると思うんだけどなぁ。
「はぁ……はぁ……ありがとうございました……」
「ありがとうございました。まだ稽古前だけど大丈夫?」
「はい……すぐに息を整えますんで……」
早乙女くんとの組手を終えたその直後、空気が一変する。
「「おはようございます!!」」
道場内に門下生達の挨拶が響き渡り、師範が入場したのを確認した僕達はすぐさま整列する。
今日集まったのは30人ほど、全員の腰には黒帯が締められている。
全員が緊張を纏い、張り詰めた空気が場を支配した。
師範は神棚に向かって一礼したあと、こちらに振り返る。
「おはようございます。それじゃあ始めようかしら」
いつもの指導が始まった。
*****
型稽古を終えたあと、2人1組になって組手を行う。
特にこの道場で力を入れているのは実践を想定した組手で、他流派も入り混じって行われることからかなり実力が付くらしい。
僕の相手はほとんど師範がしてくれるけど全く歯が立たず、その度に自分の無力さを痛感させられる。
1回くらいは師範に勝てたら、僕も少しは強くなったと実感できるんだけどなぁ。
「脇があまい」
「うっ!?」
師範の右の中段蹴りが僕の左脇にヒットする。
芯を捉えたその一撃に
僕も攻めに転じるけど、ことごとく避けられ防がれる。
今日も僕はダメダメだった……。
組手が終わったあと、師範から普段とは違った指導をされた。
「修、ちょっと胸ぐらを掴んでみなさい」
「え? は……はい」
僕は言われるがまま師範の胸ぐらを右手で掴む。
すると師範は両腕で僕の腕を抱え込むようにして、お辞儀をするようにグッと力を込めた。
「うわっ!?」
その場に勢いよく伏せさせられた。
突然のことで何が起こったか分からなかった。
「い……今のは?」
「体重をかけただけよ。修の体重だと……65
僕はまた同じように胸ぐらを掴む。
すると師範は左足を前に出し、右手で僕の右手を掴み、左腕を90度に曲げた状態で僕の右肘に当てたまま、そこを支点にグッと体を右に回転させた。
「うわっと!?」
僕は右腕を後ろに捻られた状態で
僕も指示通りに技を掛けたりしながら、その後も様々なパターンで護身術の指導を受ける。
指導を終えたあとに師範がこんなことを言った。
「いい? 修、あなたが人を傷つけたくないのは分かるけど、何かを護る時には傷つける覚悟も必要なのよ。それを覚えておきなさい」
「はい……」
この時に師範が指導してくれたのは相手を傷つけるような技ではなかったから、僕は師範が言いたい意味がよく分からなかった。
とりあえず心に留めておこうと思う。
だけどあの日、僕はその言葉の本当の意味を知ることになる。
その護りたいものはきっと、僕にとってとても大切なものなんだろう。
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★後書き★
これにて1章完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
1章では主人公の秘密に焦点を置き、それを回収するまでを書いてきました。
2章からは本格的に遥とひまりを絡めた話がメインになってくるかと思いますので、作風が少し? 変わると思います。
仕事で忙しくなり書き溜めもしたいので更新が空くかもしれません。
少しでも興味がありましたら、感想や評価をいただければ幸いです。
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