第7話「呼び方」

 あれからこの教室を受け持つ先生の挨拶のあと、体育館で始業式を終えてから再び席に戻ってきた。

 今日は部活がない人はそのまま帰宅することになる。


横峯よこみねくんは部活なにかやってるの?」


「やってないよ。昔はサッカーやってたんだけど……辞めちゃったんだよね」


 そう尋ねてきたのは右隣の席の女の子、花菱はなびしひまりさんだった。そうなんだと言って何か迷っている表情にも見えたから、僕も同じことを訊いた。


「花菱さんは? 何かやってるの?」


「ううん、1年生の時は勉強について行けるか不安だったからやってなかったんだけど……問題なさそうだし学校にも慣れて来たし、新入生が加入するこの時期に一緒にやろっかなって思ってるんだよね」


「そうなんだ。どこに入るの?」


「料理研究部だよっ。お菓子とか作ってみたいんだよね〜」


 そう言って目をキラキラ輝かせて両手を組みながら天井を見つめている花菱さんは、最初に受けた印象とは大分違くて、そのギャップが何だかおかしくてつい笑ってしまった。


「ホントに甘い物好きなんだね」


「あっ、笑ったなぁ? 甘い物じゃなくても料理は全般好きだけどねっ」


「そっか。僕の友達にも料理研究部の人が居るから、この後紹介してあげようか?」


「え、ホントに? ありがとっ」


 屈託のない笑顔を返してきて花菱さんはそう言った。


「あっ、でも料理研究部ってことは〜、もしかして彼女とか?」


「ちっ、違うよ。そんなんじゃないって」


 突然そんなことを言われたから、やましくもないのに狼狽うろたえてしまった。


「その反応はちょっと怪しいね? ……でも良かった」


 何が良かったんだろう、あぁ紹介してもらう話のことだね。


「全然大丈夫だよ。僕なんかにもホントに優しくしてくれるいい人だから、花菱さんともうまく付き合ってくれると思うし」


「む、その発言は頂けないよ。横峯くんっ」


「え?」


 何かまずいことを言ってしまっただろうか。少し顔を強張らせて僕の目をジッと見つめてきた。


なんて自分を下げるようなことだよ。ちょっと話しただけでも、横峯くんは良い子だって分かるんだからねっ」


「そ……そうだよね。あ……ありがとう。あとごめん!」


「反省したならよろしいっ」


 今日会ったばかりなのに、何だかこのやり取りがおかしくて、二人してクスクス笑いあっていた。


「ねぇ横峯くん、連絡先交換しない?」


「うん、いいよ」


 僕はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動して花菱さんと連絡先を交換した。

 僕のアカウント名が『修』となっているのを見て、ん〜と考え込んだあと、花菱さんが口を開いた。


「修司くん? 修ちゃん? 修くん? うん! 修くんが一番しっくり来るねっ」


 何度か別の敬称を付けて、花菱さんが一番しっくりきたらしい僕のあだ名を決めてきた。


「うん。それでいいよ花菱さん」


 するとチッチッチっと人差し指を左右に揺らして指摘してくる。


「ひまりだよっ、ひ・ま・り」


「え……うん、ひまり……さん?」


「“さん”は要りませんっ」


「え……でも僕にだって“くん”付けてるし」


「修くんは語呂がいいからいいのっ」


「えぇ…」


 そう言って強引に押し通してきた。僕には分からないどうしても呼び捨てにして欲しい理由が何かあるんだろうと、自分を納得させてこう呼んだ。


「分かったよ。ひまり」


「うん、よろしいっ」


 ひまりと話してもうだいぶ印象が変わってしまった。最初に見た時はもっとおしとやかで、落ち着いた雰囲気のある人だと第一印象の表情や仕草から勝手に思っていたけど、その笑顔のイメージ通りにとても明るくて周りを照らしているような人だった。

 その印象の変化は、僕にとってはいいものだった。


「それじゃ、料理研究部の友達紹介するから行こうか」


「うんっ、行こ行こ!」


 そう言って席から立ち上がり、“か”の人はどこら辺に座っているんだろうと辺りを見渡して、目的の人を見つけて二人で近付いて行った。


神谷かみやさん、こんにちは」


 そう挨拶を皮切りにひまりを紹介した。

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