第297話 迷宮

 時は少し遡り、邪神ガレウス復活からやや経ったころ。

 シャルロット、シャルル、ヘンリー、ゴーヴァンの四人は、ヴァンナドゥルガ内部を彷徨っていた。


「困りましたわね、完全に迷子ですの……」


 狭苦しい通路を進み続けること、すでに五時間ほど経過している。というのもヴァンナドゥルガは生きた要塞、その内部は複雑に入り組んでいるのだ。一度迷い込んでしまえば、そう簡単に抜け出せない。


「ふむ、なるほど……」


「あらヘンリー、どうしましたの?」


「……どうやらボク達は、厄介な迷宮に捕らわれているようですね」


「厄介な迷宮? どういう意味ですの?」


「この壁を見てください、何か違和感を感じませんか?」


 その壁は周りと比べ薄く変色しており、また僅かに弾力を有している、確かに何か違和感を感じる壁だ。


「他と少し違いますわね、なんだか気持ち悪い壁ですわ」


「恐らくこの壁は作られたばかりなのです」


「「「作られたばかり?」」」


「一時間前に通った時、ここは出口に繋がる通路でした。しかし今は壁で塞がれている、つまり……」


「つまり、どういうことですの?」


「この壁はボク達を迷わせるため、何者かの手によって作られた壁だということです。ここはただの通路ではなく迷宮、ボク達を閉じ込めるために形を変えているのですよ」


「「「形を変えている!?」」」


 生きた要塞であるヴァンナドゥルガは、耐えず内部構造を変化させる。侵入者を逃さないよう、変化する迷宮を作り出すことも可能なのだ。


「例えば……少し先に見える通路、あれも新しく作られたばかりですね。変幻自在の迷宮を、ボク達は延々と歩かされていたのですね」


「待ってくれ、なぜ君は作られた壁や通路だと分かる?」


「一時間ほど前に通った時は、違う形をしていましたから」


「だからなぜ一時間前に通った道だと……まさか、通った道を覚えているのか?」


「今まで通った道と距離、ついでに方角も全て覚えていますよ」


「全て!?」


 なんとヘンリーは五時間かけて通った道の情報、その全てを正しく覚えているらしい。相変わらず人間離れした、凄まじい記憶力である。


「抜けられない理由は分かりましたわ、それで脱出の手段は……」


「ならば自分に任せてくれ、筋肉の力で突破口を開こう!」


「筋肉ではどうにもなりませんよ……」


「なっ!? バカな、筋肉の力に不可能はない!」


 迷いすぎて疲れているのだろうか、シャルルは筋肉へのこだわりを叫び続ける。そんなシャルルをとりあえず無視して、ヘンリーはゴーヴァンの元へ。


「ともかくですね、正攻法は通用しないと思われます。そこでゴーヴァンさん、壁や通路を切り崩せないでしょうか?」


「ん……なるほど、試してみようか」


 まずは手応えを確かめるため、ゴーヴァンは正面の壁を軽く剣を振るう、すると──。


「きゃっ!?」


「「「おおぉ!?」」」


 軽く剣を振るっただけ、にもかかわらず通路の先が消し飛んだではないか。これにはシャルロット、シャルル、ヘンリー、そして当のゴーヴァンも驚きを隠せない。


「なっ、一体なんですの!?」


「ゴーヴァンさん、これほどの威力を一撃で……」


「いや待ってくれ、俺の一撃は関係ない!」


 実のところ通路が消し飛んだ原因は、外で発生した戦いの余波によるものだった。アンナマリアとガレウスの衝突、その衝撃はヴァンナドゥルガの胴体を切断。偶然にもゴーヴァンの一撃と重なり、通路を吹き飛ばしたのである。

 だがヴァンナドゥルガの内部にいる四人は、外の状況を知る由もない。そのためゴーヴァンが通路を消し飛ばしたと錯覚してしまったのだ。


「しかしゴーヴァンさん、これでは先に進めませんよ」


「だから俺は関係ないと言ったろう!」


「どれどれ……これは、かなり深いですわね」


 崩壊した通路の先を、シャルロットはそっと覗き込む。切り立つ断崖と聳える絶壁、まるで巨大な峡谷のよう。


「でもなんとか下りられそうな……あら、下が騒がしいですわ」


 シャルロットは何か発見したらしく、じっと下方に目を凝らす。どうやら円形舞台を中心とした、吹き抜け構造の広大な空間のよう、そして──。

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