第267話 再び深夜の宮殿

 月色に浮かぶデナリウス宮殿は、昼間と異なる妖艶な美しさを纏う。透き通るせせらぎも相まって、この世のものとは思えない幻想的な世界を作り出す。

 そんなデナリウス宮殿の一室から、なんとも似つかわしくない呻き声が漏れ聞こえていた。


「くうぅ、まだヒリヒリするっす……」


 声の主はアンナマリアだ、ピクピク震えては繰り返し呻いている。日焼け跡を擦ってしまうため、身動ぎすら困難な様子。

 傍らのアルフレッドとフラム王は、この上なく気まずそうだ。


「アンナマリア様、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないっす……アルフレッド君、なんとかしてっす……」


「非常に残念ですが、私に出来ることはありません」


「んぐぅ……」


 アンナマリアは目に涙を浮かべ、必死にヒリヒリを堪えている。だがそもそも日焼け止めを怠ったのはアンナマリア本人、つまりは自業自得でしかない。


「もういいっす、日焼けのことは無視して本題をおぉ……。二人に伝えておきたいことがあぁ……」


「しかしアルテミア様、ご無理は禁物かと──」


「邪神ガレウスは完全復活を果たしてないっす、直ちにひぐっ……直ちに完全復活するようなこともないっす」


「──っ!」


 ガレウスの話題となるや、応接間の空気はピンと張り詰める。一瞬にして室内の空気を、丸ごと入れ替えたかのよう。


「ガレウスは全盛期の私と互角に渡りあった怪物っす、完全復活してればふぐぅ……逃げたりしないはずっす。恐らくどこかで膨大な魔力を手に入れ、強引に中途半端な復活はうぅ……復活をしただけっす」


「だとしたらアンナマリア様、さらに魔力を集め完全復活する可能性は?」


「それは絶対に無理っす」


 アルフレッドの疑問を、アンナマリアはキッパリと否定する。


「ガレウスは千年前の戦いで、ウルリカの終焉魔法に飲み込まれたっす。あの魔法ひぎっ……あの魔法は特別っす、普通は復活すら出来ないっす」


「特別な魔法といいますと?」


「それはウルリカ本人に聞いてほしいっすね、とにかく魔力だけで破れるほどくひっ……ウルリカの終焉魔法は甘くないっす。時空剣ヨグソードのような神器を用い、時間と空間をひゃっ……歪めれば破れるかもしれないっす」


「ではヨグソードさえ守れば、完全復活は防げるのですね?」


「そういうことっす」


 ひとまず最悪の事態は免れている、しかし予断を許さない状況に違いない。完全復活の可能性を想定し、出来うる限りの対策を練っておくべきだろう。そこまで考えたところで、アルフレッドは異変に気づく。


「フラム王、どうされました?」


「ん? ああいや……」


 どういうわけかフラム王はポカンと固まっていた、その目はアンナマリアを凝視したまま動かない。


「私の顔に何かついてるっすか?」


「いえその、アルテミア様は千年前から生きておられるのですか?」


「あっ……もしかしてフラム君に、私が勇者アルテミア本人だって説明し忘れてたかもっす」


「ええ、完全に聞かされておりません」


「千年前の出来事とか、ウルリカの正体も?」


「そうですね、何も説明されておりません」


 なんとまさかの、アンナマリアはフラム王に前提となる説明をしていなかった。その上で千年前の話を聞かされていたとなれば、固まってしまうのも無理ないだろう。

 アンナマリアは立ちあがり、頭を下げながらフラム王の元へ。


「それは申し訳ないっす!」


「いえまあ、これまでの出来事や話の流れで察しはついております。先ほどのお話も概ね理解しました、お気になさらなくとも大丈夫ですよ」


「いやいや悪かったっす、ごめんっす──ぎゃんっ!?」


 ペコペコしていたせいか、アンナマリアは机の角に足の小指をぶつけてしまう。衝撃ですってんころりん、日焼けした背中でポテッと着地。小指から伝わる鋭い刺激、背中から広がる鈍い刺激、そして訪れる地獄の激痛。


「うぎゃああぁーっ!?」


「アルテミア様!」


「痛いっす! ヒリヒリするっす! 誰か助けてっすー!!」


 日焼け止めを怠り、フラム王への説明を忘れ、小指をぶつけて悶絶する始末。なんともそそっかしく、そして愛らしい勇者様なのであった。

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