第256話 防衛戦

 開戦から僅か一時間足らず。アブドゥーラ率いるガレウス邪教団の軍勢は、南ディナール王国の第一次防衛線を突破していた。アンデットと化した魔物の群れを先頭に、大地を揺らし王都デナリウスへと迫る。

 勢いづく邪教の軍勢、ところがアブドゥーラは違和感に眉を潜めていた。


「……おかしい、なぜ敵は迎撃に出てこない?」


 南ディナール王国はロムルス王国に並ぶ大国、そう簡単に侵攻を許す国ではない。にもかかわらず第一次防衛線を突破してからというもの、一切の防衛行動に出くわしていないのだ。


「何か狙っているのか、だとしたら警戒を強めねば……むっ!」


「「「放てぇ!」」」


 野太い号令、迸る閃光、そして響き渡る轟音。魔物の群れは粉微塵となり、吸血鬼や悪魔は衝撃で吹き飛ばされる。


「今のは大砲による攻撃か……」


 ガレウス邪教団の被害は甚大、しかし警戒していたアブドゥーラは僅かたりとも揺らがない。冷静に火球を散りばめ、進行方向を明るく照らすと──。


「クククッ、ようやく楽しめそうだな」


 分厚い防壁、無数の大砲、殺気立つ兵士達。フラム王の指示で築かれた、第二次防衛線の砦である。第一次防衛線の十倍以上にも及ぶ兵士、その中にアブドゥーラは見知った顔を発見する。


「そこにいるのはロムルス王国の王子か、こんな所まで俺達を追いかけてきたか?」


「久しぶりだね火の魔人、元気そうで残念だよ」


 アルフレッドとアブドゥーラは、互いに睨みあったまま動こうとしない。その間に吹き飛んでいた吸血鬼や悪魔、そして魔物の群れは体勢を立て直す。アンデット化による驚異的な再生力で、僅かな肉片からでも復活してしまうのだ。


「ふんっ、人間の貧弱な攻撃など俺達には通用しないのだ!」


「不思議なことを言うね、私との戦いに負けたことを忘れたかい?」


「本気ではない俺を倒して、勝ったつもりでいたとはな」


「まったく口の減らない木偶の棒だ……さて魔人よ、このまま回れ右して逃げ帰るならば深追いしない。しかし愚かにも侵攻を続けるつもりならば、激しく後悔することになるよ」


「ほう、人間如きに俺達を後悔させられるのか?」


「必ず後悔させてみせる、約束するよ」


「そいつは楽しみだ、ならば後悔させてみろ!」


 次の瞬間アブドゥーラは、極大の炎を纏い第二次防衛線へと飛びかかる。燃える巨人の一撃は、容易く防壁を粉砕するだろう。

 対してアルフレッドは余裕の表情を崩さない、それどころかニヤリと不敵に笑ってみせる。


「「「放てぇ!」」」


 響き渡る野太い号令、そして火を噴く無数の大砲。アブドゥーラは避ける間もなく砲弾の雨を全身に浴びる。

 並大抵の魔物であれば跡形も残らない威力、だがアブドゥーラは並大抵の魔物とは格が違う。なんと全身に纏った炎で、砲弾の雨を全て焼き払ってしまったのだ。


「フハハハハッ、俺の炎は絶対無敵! お前達の攻撃では揺るぎもしない!」


「それはどうかな?」


「なんだと……ぐっ、なんだこれは!?」


 突如アブドゥーラを襲った異変、それは刺すように強烈な冷気だった。瞬く間に炎は弱まり、首から下は分厚い霜に覆われていく。


「どういうことだ、火の魔人である俺を凍らせるだと!?」


「強力な氷の魔法を砲弾に付与している、仕組みは魔法剣と同じものだよ」


「砲弾に魔法を付与!? そんな技術は聞いたことないぞ!」


「南ディナール王国にしかない技術だからね、知らなくとも無理はないさ」


「お……おのれ……!」


「前回の戦いで学ばせてもらった、炎さえ消してしまえば攻撃は通じる。さて、約束通り後悔させてやろう!」


 そこからの戦いは死闘と呼ぶにふさわしいものだった。魔物は地を駆け、吸血鬼は闇夜を舞い、悪魔は暗黒の魔力を迸らせる。

 対する人類も負けてはいない。炎の魔法を砲弾に付与しアンデットを焼き尽くす、吸血鬼や悪魔には光の魔法で弱点を突く。フラム王の策とアルフレッドの知見により、徐々にガレウス邪教団を押し返していく。


「……どうやら形勢は不利のようだな」


 アブドゥーラは霜に覆われ動けないまま、静かに戦いを眺めている。


「随分と戦力を減らされた、しかしこれで俺も本気を出せるというもの。慄け人間、ここからが本番だ……!」


 劣勢でありながら焦る様子は微塵もない、それどころか嬉しそうにすら見える。アブドゥーラの真意は如何に、いずれにせよ戦いはまだ終わらない。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 時を同じくして、ガレウス邪教団の脅威は海岸からも迫っていた。刺々しい甲殻に覆われ、巨大な鋏を振りかざす魔物。“ザラタン”と呼ばれる魔物の大群が、海岸へと押し寄せていたのである。


「一匹たりとも通すな、ここで殲滅するぞ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 対するはハミルカル率いる騎士団だ、決死の防衛線でザラタンの進行を食い止めている。

 しかし残念ながら形勢はガレウス邪教団に傾いていた。アンデットと化したザラタンは、何度倒しても復活してしまうのだ。このままではいずれ、王都デナリウスへとなだれ込むだろう。

 いよいよ海岸はザラタンで埋め尽くされ、もはや万事休すかと思われたが──。


「総員撤退! お願いしますクリスティーナ様!」


「任せて……」


 ハミルカルの号令で騎士団は一斉に退却、入れ替わりに現れたのはクリスティーナだ。漆黒の杖を優雅に構え、膨大な魔力を解き放つ。


「第六階梯……灼熱魔法、メイプルフレイム……!」


 灼熱の炎はうねりをあげ、瞬く間にザラタンの大群を包み込む。甲殻に守られていようとも、驚異的な再生力を有していようとも、燃え盛る炎の前には無力。ザラタンの群れは跡形もなく消滅、消し炭すら残りはしない。


「やりましたなクリスティーナ様、作戦通りです!」


「うん……成功してよかった……」


 どうやら一連の防衛戦は、全て計画されていたものだったらしい。集められるだけザラタンを集め、クリスティーナの魔法で一掃するという作戦だ。少ない戦力で効率的に敵を倒す、実に見事な作戦である。


「予断を許さない状況ですが、どうにか凌げそうです。これもクリスティーナ様のお力あってこそ、本当に助かりました!」


「まだ……気を抜いちゃダメ……、残った敵も倒しましょう……ん……?」


「どうされました?」


「あれは……何……!?」


 形勢逆転し一安心かと思いきや、海中より巨大な影が迫りあがってくるのだ。ザラタンの十倍以上はある巨体の魔物、ガレウス邪教団の脅威は底知れない。

 

 だが真に恐れるべきは、この場にザナロワの姿がないことだろう──。

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