第255話 悔し涙
ガレウス邪教団襲撃の報を受け、騒然とするデナリウス宮殿。引っ切りなしに出入りする兵士達、その様は巣を突かれた蜂のよう。
「敵は吸血鬼と悪魔、そして魔物の大群です! どの魔物も赤黒く変色しており、非常に獰猛かつ頑丈です!」
「先ほど戦線の中心に、燃える巨人の姿を確認しました! 吸血鬼や悪魔と比べても別格の強さであるとのこと、このままでは第一次防衛線を突破されてしまいます!」
「現在は第一陣にて戦線を維持、間もなく第二陣も戦線へと到着します!」
兵士達から寄せられる報告を、フラム王は淡々と聞き続ける。突然の事態にもかかわらず、動揺や恐れは微塵も感じられない。
「……よし、第二次防衛線まで戦線を緩やか後退させる。敵を押し返す必要はない、無理をして今の戦線を維持する必要もない」
「しかしフラム王、それでは敵を退けられません!」
「戦線を後退させつつ時間を稼ぎ、第二次防衛線に戦力を集結させるのだ。集めた戦力で一気に敵を押し返す、間違っても戦力の逐次投入はするなよ」
フラム王は立ちあがり、テキパキと兵士達に指示を飛ばしていく。歴戦の軍師かと錯覚するほどの、実に見事な采配である。
「兵の一部は町に残せ、住人の避難を手助けさせるのだ。避難先の安全確保も忘れるなよ、闇に紛れる吸血鬼を警戒せよ。それから宮殿の倉庫を全て開放する、必要な物資や医療品は遠慮なく持っていけ」
フラム王の指示を受け、兵士達は一斉に宮殿を飛び出していく。しかし一向に落ちつく気配はない、入れ替わりに別の兵士が飛び込んできたのだ。
「一大事ですフラム王、海岸にて水生の魔物を多数確認しました!」
「なんだと!?」
「極めて組織的な行動を取っているとのこと、どうやら敵は両面作戦を仕掛けてきたようです!」
「してやられた、動かせる戦力は残り僅か……致し方ない、王宮を守護する騎士に対応させよ」
「それではフラム王の守りが薄くなってしまいます!」
「優先すべきは国と国民だ、私の守りは最小限で構わない」
「くっ……かしこまりました」
自らの護衛を薄くしてでも、国と国民を守り抜く。フラム王の揺るがぬ意志を前に、誰も反論出来なかった。
そこからの動きは早かった、海岸の魔物を退けるため、騎士だけでなく騎士見習いまで集結。とここでフラム王は異変に気づく、集結した騎士の中に場違いな二人を発見したのだ。
「ちょっと待ってくれ、そこにいるのはアルフレッド王子とクリスティーナ王女ではないか? なぜ騎士の中に混じっているのだ?」
「もちろんガレウス邪教団と戦うためですよ」
「なっ!?」
「私達も……戦う……、南ディナール王国を……守る……」
アルフレッドの腰には愛用の剣、クリスティーナの手には漆黒の杖。いつの間に準備を整えたのやら、戦う気満々といった様子だ。
「何を言うのだ、客人を危険な目にあせるわけにはいかない!」
アルフレッドとクリスティーナの参戦に対して、フラム王は声を荒げて猛反対。それもそのはず、アルフレッドとクリスティーナはロムルス王国の王族なのだ。本人からの申し出とはいえ、他国の王族を戦場へ送り出すわけにはいかないだろう。
だが──。
「戦線に現れたという燃える巨人は、十中八九ガレウス邪教団の魔人です。私はかつて、その魔人と直接戦っております。戦い方は誰より心得ているつもりです、必ずや力になれますでしょう」
「しかし……っ」
「それに南ディナール王国とロムルス王国は、対ガレウス邪教団の同盟を結んでおります。共闘は当然の判断、そのための同盟です!」
「あらためて……申しあげます……、ガレウス邪教団を……退けるため……私達を……戦線に加わらせてください……」
揺るがぬ意志、強固なる決意、身の引き締まるような気迫。フラム王は「はぁ」と小さく息を吐き、ついには首を振って観念する。
「……形振り構っていられる状況ではないか。頼んだぞアルフレッド王子、クリスティーナ王女、無理だけはしてくれるな」
「承知!」
「南ディナール王国は……必ず守ります……!」
アルフレッドとクリスティーナは、軽く頭を下げ踵を返す。戦場へと駆けつけるべく、一歩踏み出したその時──。
「待ってください!」
どこからともなく飛び出したエリッサに、通せんぼされてしまったのである。
「エリッサ王女……、どうして……ここに……?」
「お願いしますお父様、私も一緒に戦わせてください!」
「戦場に出ても足手まといになるだけ、ロームルス学園の子達と避難していなさい」
「嫌よ、私だって南ディナール王国のために戦いたいのよ!」
エリッサの国を思う気持ちは本物だ、故にじっとしていられないのだろう。とはいえエリッサに戦う力はほとんどない、フラム王の言うことに反論の余地はない。
それでも納得出来ずにいるエリッサを、アルフレッドとクリスティーナは優しく慰める。
「エリッサ王女の気持ちは痛いほど分かるよ、でも今は大人しくしておくんだ。落ちついてクラスの皆と避難するんだよ、分かったかい?」
「でも……でも……!」
「ここは……私達に任せておいて……必ず……南ディナール王国を守るから……」
「ティアお姉様……っ」
震えるほどの無力感、ボロボロと零れ落ちる涙。取り残されたエリッサは、ただ俯いて悔し涙を流し続けるのだった。
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