第246話 年の功

 運動会の翌々日、太陽が真上を通る時刻。ゼノン王の執務室は、何やらワイワイと賑わっていた。


「むむむっ、とてもおいしいのじゃ!」


「アルテミア正教国で大人気のお土産、その名も“勇者の導きビスケット”っすよ!」


「素晴らしいビスケットなのじゃ、勇者の導きに感謝なのじゃ……」


 騒いでいるのはウルリカ様とアンナマリアだ、二人は仲よくビスケットを頬張っていた。口元や手は砂糖でベタベタ、だがそんなことはお構いなし。

 それにしても他ならぬ魔王が、勇者の導きに感謝とはこれ如何に。


「やっぱりロムルス王国は天国っす、アルテミア正教国は堅苦しくて地獄っすよ!」


 ロームルス学園の長期休み中、アンナマリアはアルテミア正教国の巡礼に出向いていた。しかしアンナマリアの我儘で巡礼は大幅に遅延、ようやくロムルス王国に戻ってきたらしい。それにしても他ならぬ教主が、自国を地獄呼ばわりとはこれ如何に。


「あー……こほんっ。今日はウルリカだけを呼んだのだが、アンナマリアは俺に何か用事でもあるのか?」


「ゼノン君へのお土産を届けにきたっす!」


「……お土産のためだけか?」


「ちょっとゼノン君、その言い方は酷いっすよ。ゼノン君のために買ってきたお土産っす、もっと喜んでほしいっす!」


「これゼノンよ、せっかくのお菓子を無下にしてはいかんのじゃ」


「あぁ、そうだな……」


 どうやらこの日、ゼノン王はウルリカ様を執務室に招いていた模様。そこへ偶然にもアンナマリアが、お土産を持って訪れたようだ。

 アンナマリアは次々と、お土産の箱をゼノン王に手渡す。どの箱も砂糖でベタベタ、受け取ったゼノン王の手もベタベタだ。


「あぁ、後で大切に食べるとしよう……。ところで今日はウルリカと二人で話したかったのだ、悪いがアンナマリアは席を外してもらえないだろうか?」


「えーっ、私だけ除け者は嫌っすよ!」


「これゼノンよ、意地悪はよくないのじゃ」


「いや意地悪ではなく……はぁ、まあいい分かった」


 魔王と勇者を相手にしては、ゼノン王といえども完全にお手上げである。諦めたように溜息をつき、ウルリカ様へと視線を向ける。


「要件は他でもない、ロームルス学園に現れたリィアンと名乗る魔人のことだ」


「ふむ、何かと思えばリィアンのことじゃったか」


「ウルリカよ、お前はリィアンを逃がしたそうだな?」


「うむ、逃がしてあげたのじゃ」


「なぜ敵である魔人を逃がした?」


「友達だからじゃ」


 なんとも単純明快な答え、ウルリカ様の考えには一切のブレがない。とはいえリィアンはガレウス邪教団の魔人、友達だからという理由でゼノン王は納得しない。


「相手は魔人だ、野放しにして危険ではないのか?」


「リィアンならば大丈夫なのじゃ」


「なぜ大丈夫だと言える? 何か信用に値する根拠でもあるのか?」


「根拠はないのじゃ」


 ウルリカ様に危機感は皆無、ゼノン王はどうしたものかと困ってしまう。そんなゼノン王に対して、今度は逆にウルリカ様から問いかける。


「妾と出会ってすぐ、ゼノンは妾の言うことを信じてくれたのじゃ。しかもその場で妾と友達になってくれたのじゃ」


「そうだったな」


「しかし妾とゼノンは初対面だったのじゃ、信用に値する根拠など皆無だったのじゃ。しかも妾は魔王なのじゃ、普通は友達になろうと思わはないはずじゃ」


「確かにそうかもな」


「それでも友達になってくれたのじゃ、そこに何か根拠はあったのかの?」


「……特に理由はない、直感だ」


「そうじゃ、根拠はなくとも直感で判断すればよいのじゃ。信用出来ると思ったら信用してよい、友達になれると思ったら友達になってよいのじゃ」


 ゼノン王はしばらく黙考、次いでチラリとアンナマリアの方を伺う。


「アンナマリアはどう思う?」


「ウルリカが信じると言うなら、私も信じるっすよ」


「なぜだ?」


「ウルリカは私の友達っす、友達が信じると言うなら私も信じるっす。信じられないなら、それはもう友達とは呼べないっす」


 アンナマリアの言葉からも、ブレない芯のようなもの感じる。妙な説得力の前に、ゼノン王は折れざるを得ない。


「分かった、お前達の意見を信じよう。これも年の功だろうか、年長者には敵わんな」


「ちょっとゼノン君、それは女性に対して失礼っすよ!」


「おっとすまん……」


 ようやく話は一段落、とここでウルリカ様のビスケットは底をついてしまう。


「これアンナよ、もっとビスケットを食べたいのじゃ」


「ふーん……ところでっす」


 アンナマリアはビスケットの箱をチラつかせながら、キッとウルリカ様を睨みつける。


「私も運動会に出たかったっす!」


「なんじゃ、アンナは不在にしておったではないか!」


「呼び戻してほしかったっす! 次に何かやる時は、絶対に私も誘うっす。じゃないと追加のビスケットは、絶対にあげないっすよ!」


「分かったから、早くビスケットを食べたいのじゃ!」


「年長者と言ったのは間違いだったな、どう見ても子供だ……」


 ワイワイ賑やかな魔王と勇者の姿を見ながら、ゼノン王は大きく溜息するのだった。

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