第244話 逃亡

 シャルロットは立ちあがり、兵士達を押し退けリィアンの傍へと駆け寄る。そしてリィアンと目をあわせ──。


「リィアンが何者であろうと、ワタクシはリィアンの友達ですわ!」


 友達であることをハッキリと告げ、両手をギュッと握り締める。

 リィアンは驚きで傷の痛みも忘れ、震えながら小さく一言。


「本当に……?」


「もちろん本当ですわ! ちなみにリィアンの友達は、ワタクシだけではありませんわよ!」


「「私達もいます」」


 気づけば右側をオリヴィア、左側をナターシャに挟まれていた。二人もシャルロットと同じように、兵士達を押し退けてきた模様。

 オリヴィアは杖を構えると、そっとリィアンの首筋に添える。


「治癒魔法、デモヒール」


「ふぁ、気持ちいい……」


 柔らかく温かい光に包まれ、リィアンは思わず蕩けてうっとり。その間にも治癒魔法は効果を発揮し、リィアンの傷をキレイに消し去っていた。発動は素早く効果は絶大、実に見事な治癒魔法である。


「これで大丈夫です、傷跡も残りませんよ」


「ありがとうオリヴィア、でもどうしてリィの傷を?」


「リィアン様は不思議な質問をされますね、友達の傷を治しただけですよ?」


 オリヴィアの優しい笑顔は、まさに聖女の微笑みだ。リィアンは心弛びて、ついペタリと座り込んでしまう。そんなリィアンの様子を見計らい、ナターシャは勢いよく飛びついて抱き締める。


「リィアンさんは大切な友達です! リィアンさんのことが大好きです!」


「うぐぐ……ナターシャ……っ」


 どうやらナターシャはリィアンの傷を気にかけ、抱きつくのを躊躇っていたらしい。手加減なしで抱き締められリィアンは苦しそう、だがそれ以上に嬉しそうだ。


「ううぅ、リィも皆のこと大好きだよぉ……」


「ワタクシも大好きですわ!」


「もちろん私も、リィアン様のこと大好きですよ」


 リィアンを中心に、四人は揃ってワンワンと大号泣。仲よく涙を流す四人の姿を見て、ウルリカ様は大きく頷く。


「答えは出たようじゃな」


「ウルリカもありがとう、友達って呼んでくれて嬉しかった」


「うむ、さてここからじゃ……」


 感動的な雰囲気も束の間、ウルリカ様の一言で場は緊張感を取り戻す。まだ問題は解決していない、未だリィアンは兵士達に囲まれているのだ。


「大丈夫ですわよリィアン、必ずワタクシ達が守りますわ!」


「いいのシャルロット、もう抵抗はしないから」


「そんな、まさか投降するつもりですの!?」


「だって皆に迷惑をかけちゃう、リィは友達に迷惑をかけたくない……。友達って呼んでくれただけで、リィは十分に幸せだから……」


 リィアンは立ちあがり一歩前へ、シャルロットの制止も聞き入れない。瞳に宿った覚悟は本物だ、どうやら本気で投降するつもりらしい。

 とここでウルリカ様は、徐にリィアンの肩を叩き──。


「リィアンよ、遠慮なく逃げていいのじゃ」


「えっ!?」


 なんとリィアンに逃亡を提案、これには状況を静観していたガーランドも口を挟まざるを得ない。


「いい加減にしろ、逃がすわけないだろう!」


「残念ながらお主達では、リィアンを止められないのじゃ。この程度の包囲ならば、リィアンは簡単に逃げられるのじゃ」


「そんなバカな、確かに俺達は追い詰めていた!」


「リィアンは反撃をしなかったはずじゃ、つまりは手加減していたのじゃ」


 確かにウルリカ様の言う通り、リィアンは回避と防御に徹していた。優位すぎる状況だとガーランドは危惧したが、その原因はリィアンの手加減にあったのである。


「ならばなぜ最初から逃げようとしなかった!」


「理由は妾じゃろうな」


「なんだと?」


「妾はずっと影からリィアンを監視しておったのじゃ、リィアンも監視に気づいておったはずじゃ」


「うん、たまに視線は感じてた……怖かった」


「妾に監視されておっては、逃げられないと踏んだのじゃろうな」


「それはそうだよ、ウルリカからは絶対に逃げられない。だから最初から逃亡は諦めてたけど……」


 リィアンの意見はもっともである、ウルリカ様から逃げられる者などこの世のどこにも存在しないだろう。しかし今やウルリカ様はリィアンに逃亡を提案した、よってリィアンの逃亡を止められる者はいなくなった。


「お別れなんて嫌ですの、ワタクシ達と一緒にいてくださいですの!」


「そうもいかんはずじゃ、ガレウス邪教団にもリィアンの仲間はおるじゃろうからな」


 リィアンはガレウス邪教団の魔人、おいそれとガレウス邪教団を離れるわけにもいかない。そもそもリィアンは、ガレウス邪教団を離れたいと思っているわけでもない。だからこそウルリカ様は逃走を提案したのである。


「絶対に逃がさんぞ、相打ちになってでも止める──」


「いいわガーランド、好きにさせなさい」


「ヴィクトリア様!?」


 逃すまいとするガーランド、だがヴィクトリア女王はリィアンの逃亡を許可。これにはガーランドだけでなく、クリスティーナも困惑を隠せない。


「待ってお母様……、相手は魔人……見逃せない……」


「今回は見逃すわ、ウルリカちゃんには敵わないもの」


「しかしヴィクトリア様!」


「これは命令よ、責任は私が取る」


 女王の命令とあっては、クリスティーナやガーランドも逆らえない。ヴィクトリア女王は一息つくと、キッと目を尖らせリィアンを睨みつける。


「確か名前はリィアンだったわね?」


「何?」


「私の娘シャルロットは、あなたのことを信じたわ。そして私の大切な生徒達も、あなたを友達だと認めた……」


「……っ」


「この子達を裏切ったり、傷つけたりしたら許さないわ。そのことを肝に銘じておきなさい、分かったわね?」


 体の芯から凍えるような、リィアンですら冷汗を流すほどの鋭い殺気。普段の優しいヴィクトリア女王からは想像もつかない、そこらの魔物よりよほど恐ろしい。


「……分かった」


 リィアンは小さく頷き、大鎌を構えて風を巻きあげる。渦巻く風に包まれて、いよいよリィアンは逃亡──。


「おっと、忘れものなのじゃ」


 ──と間一髪のところで、ウルリカ様はクルクルと巻かれた紙筒を取り出す。それは運動会の思い出、三位の表彰状だった。


「宝物にするのじゃろう?」


「ありがとうウルリカ、ありがとう皆!」


 こうしてリィアンは風とともに、ウルリカ様達の前から姿を消した。

 残された人々の心に、様々な思いを残して──。

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