第242話 献身

 天より降り注ぐ無数の炎、花火の詰まった木箱に当たれば大惨事は免れない。この場にいる者だけでなく、後夜祭の参加者にまで被害は及ぶだろう。


「させない!」


 この危機的状況を察知したリィアンは、大鎌を召喚しながら木箱の方へと駆け出していた。炎が直撃する刹那、リィアンは木箱に覆いかぶさり大鎌を振りかざす。鋭い斬撃は真空を生み出し、一帯の炎を漏れなく消滅させる。


「はぁ……はぁ……、間にあっ……ううぅ」


 まさに間一髪、僅かでも遅れていれば引火していたことだろう。大惨事は免れたものの、代償としてリィアンは炎の直撃を受けてしまっていた。

 思わぬリィアンの行動に、誰しも動揺を隠せない。特にオリヴィアとナターシャの動揺は大きい、何しろ二人はまったく事情を知らないのだ。


「なっ、何が起こっているのですか!?」


「大変です、すぐに治療します」


 傷ついたリィアンに治癒魔法を施そうと、オリヴィアは慌てて杖を構える。しかし兵士達の包囲網に阻まれ、リィアンに近づけない。


「危険だ、近づいてはならない!」


「どうしてですか、どうして邪魔をするのですか?」


「リィアンさんは友達です、危険ではありませんよ!」


「いいや、あの娘はガレウス邪教団の魔人なのだ!」


「「魔人!?」」


 騒いでいる間にリィアンは、大鎌を支えにゆっくりと起きあがる。しかしヨロヨロとよろめいており、今にも倒れてしまいそう。無数の炎をその身に受けたのだ、無理もないことだろう。


「おいお前、なぜ攻撃を避けなかった? お前の実力ならば無傷で避けられただろう!」


「はぁ……はぁ……、別に……」


「明らかに……おかしい……、それに……殺気を感じない……」


 不可解に思えるリィアンの行動によって、場は膠着状態へと突入する。そんな中、一人リィアンの真意を理解している者がいた。


「リィアンはワタクシ達を助けてくれたのですわ」


「シャルロット……、何を……言っているの……?」


「あの木箱には花火が入っていましたのよ」


「花火ですって、それは本当なの!?」


「本当ですの、引火していたら大惨事になっていましたわ」


 当のリィアンは静かに俯くのみで、肯定や否定は一切しない。しかし紛れもない事実として、この場にいる全員リィアンに命を救われたのだ。


「まさか……魔人に……助けられるなんて……」


「信じられないわ、一体どういうことなのかしら」


「本当に……ガレウス邪教団の……魔人……なの……?」


 魔人であるにもかかわらず、リィアンは自らを犠牲に人間を守った。その事実は大きな動揺を、そして迷いを生んでいた。だがガーランドだけはリィアンへの警戒を解かず、大剣を構えリィアンに近づいていく。


「花火の存在を知っていたならば、一人で逃げればよい。なぜお前は自らを犠牲に、俺達の命まで守った?」


「……別に」


「邪悪な魔人め、俺は騙されんぞ! 答えろ、お前の真意はなんだ!」


「別にって言ってるでしょ!」


 口調こそ険しいものの、もはやリィアンは立っているだけで精一杯。ついには喉元に大剣を突きつけられ、いよいよ命運尽きたと思われた、その時──。


「ポリポリ……そこまでにするのじゃ」


 どこからともなく聞こえてくる、お菓子を頬張る小気味いい音。そしてリィアンの目に映る、ニッコリと眩い笑顔。

 友達の窮地は見過ごさない、頼れる魔王様の登場である。

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