第210話 深夜の執務室 その七

 深夜。

 吸血鬼もぐっすりお休みの時刻。


 ゼノン王の執務室に、ぼんやりと明かりが灯っていた。

 柔らかなソファに腰かけ、エリッサ救出時の一部始終を語るアルフレッド。向かい側のソファでは、ゼノン王がアルフレッドの話に耳を傾けている。


「──死者すら操る至高の魔法と言っておりました。実際に南ディナール王国の兵士達は、息絶えているにもかかわらずウルウルへと襲いかかったのです。ウルウルは貧弱な魔法だと評しましたが、まったく恐るべき魔法でしたよ」


 アルフレッドより告げられた、魔人ラドックスの恐るべき力。話を聞いたゼノン王は思わず眉間にしわを寄せる。


「死者を操り軍隊を作り出すことも可能というか、確かに恐るべき魔法だな。しかし真に恐れるべきは……」


「我々の身近な人物を操られた場合、容易に接近を許してしまうことです」


 息の詰まるような緊張感の中、アルフレッドは言葉を続ける。


「今回の戦いで“ハミルカルを操っていた”ラドックスは滅ぼせました、しかしラドックスは複数人を同時に操れます。未だラドックスはどこかの誰かを操り潜んでいると仮定するべきです」


「今後は身近な人間に対しても警戒が必要だな、どのように対抗するべきか……」


「父上は解放されたハミルカルの様子を覚えていますか?」


「解放される前後を比べると別人のようだったな……なるほど、つまりラドックスは言動を操れても人格までは模倣出来ないということか」


「ええ、私も同じように推測しました」


 ロームルス城を出発する直前のハミルカルは、柔和で穏やかな雰囲気に満ちていた。ゼノン王やアルフレッドの言うことは正しいのだろう。


「仮に身近な人間を操られたとしても、些細な違和感から察知出来るかもしれません」


「些細な違和感か、ふむ……」


 ゼノン王は静かに目を伏せ、じっと黙り込んでしまう。深く物事を考えてる時の癖だ、それにしても今回は険しい表情を浮かべている。


「どうされました父上? もしや誰か心当たりでも?」


「いや、なんでもない……ともかく魔人の脅威を退け南ディナール王国との同盟を結べた、そのことを今は喜ぶべきだろう。まったくウルリカに感謝してもしきれんな」


「ウルウルといえば、父上はご存じですか?」


「ん? どうした?」


「実はですね……くっ」


 ここにきてアルフレッドは、今までにない苦悶の表情を浮かべる。


「なにか懸念でもあるなら抱え込まずに言ってみろ」


「では聞いてください父上! エリッサ王女はウルウルから“エリエリ”と可愛らしすぎる呼び名をつけられたそうなのです!」


「……は?」


「これは一体どういうことですか? 父上はどう思われますか!?」


「おい待てアルフレッド、お前は何を言っている?」


「最初にウルウルと呼んだのは私ですよ、すなわちウルウルから呼び名をつけられるべきは私のはず! だというのにエリッサ王女め……おのれ羨ましい!」


「そ、そうか……」


「ウルウルよ! どうか私のことも“アルアル”と呼んでおくれーっ!!」


 執務室に響き渡るアルフレッドの叫び、そしてゼノン王の溜息。

 こうして、ロームルス城の夜は更けていく。

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