第193話 一触即発

「うむ、妾に勝負を挑む気じゃな?」


 喉元に剣を突きつけられるも、ウルリカは余裕綽々と笑みを浮かべる。


「ちょうど退屈しておったのじゃ、楽しく勝負といこうなのじゃ!」


 一見すると剣を突きつけられているウルリカ様の危機的状況。しかし本当の危機的状況にあるのは、剣を突きつけているハミルカルの方である。

 なにしろ最強無敵の魔王様に向かって、無遠慮に剣を突きつけているのだ。


「ダメですわよウルリカ!」


「大人しくしてくださいっ」


「捕まえました、はぐっ!」


「むぎゅ!?」


 オリヴィア、シャルロット、ナターシャの三人は、咄嗟の連携でウルリカ様にギュッ抱きつく。三方向から友達に抱きつかれては、最強無敵の魔王様といえども自由に動けない。

 どうにか危機的状況は回避、と思いきや──。


「ちょっと! どうしてその子供を守るのよ!」


「違いますわ、ウルリカを守ったのではなく──」


「うるさいわよ!」


 危機的状況にあったことを知らないエリッサは、自分勝手にギャンギャンと喚き散らすばかりだ。


「その子供に謝らせなさい!」


「代わりにワタクシからお詫びしますわ、本当にごめんなさい」


「嫌よ! その子供に謝らせて!」


「のうロティよ、妾は誰と勝負をすればよいのじゃ?」


「誰とも勝負してはダメですの!」


「なんじゃ、退屈なのじゃ……」


 喚くエリッサを宥めながら、同時にウルリカ様の相手をしなくてはならない。ウルリカ様とエリッサの間でシャルロットは大忙しだ。

 ちなみにノイマン学長は、ウルリカ様に平伏すばかりで一切役に立っていない。


「シャルロット! 早くその子供に謝らせなさいよ!」


「お願いエリッサ、ワタクシからのお詫びで許して──」


「嫌って言ってるのよ! 私は南ディナールの王女なのよ、私の言うことを聞きなさいよ!」


「きゃっ」


 癇癪を起したエリッサは、宥めようとするシャルロットを突き飛ばしてしまう。感情を抑えきれず振るった暴力、それは決して許されない行為だった。


「お主……」


「なによ……ひっ!?」


「妾の友達に手をあげおったな……?」


 底知れぬ暗闇、そう錯覚させるほどの濃密な殺気。身勝手なエリッサの行いは、ウルリカ様の逆鱗に触れてしまったのである。


「お下がりくださいエリッサ様!」


「邪魔なのじゃ」


 ハミルカルの構えた剣を、ウルリカ様は素手でポッキリへし折ってしまう。怒れるウルリカ様を力で止められる者など、この世には存在しないのだ。

 今度こそ一触即発というところで、シャルロットは慌ててウルリカ様を止めに入る。


「待ってウルリカ、ワタクシは大丈夫ですわ!」


「この者はロティに暴力を振るったのじゃ。友達を傷つける者を、妾は決して許さんのじゃ……」


「ワタクシのために怒ってくれることは嬉しいですわ。でもお願いウルリカ、今回だけは許してあげて?」


「むう……ロティがそう言うならば仕方ないのじゃ」


「ありがとうウルリカ、大好きよ」


 まさに間一髪、シャルロットの説得によりウルリカ様は殺気を収める。

 その隙を逃すまいと、脱兎のごとく逃げ出すエリッサとハミルカル。


「いくわよハミルカル! 早く!」


「は、かしこまりました」


「おっと、お待ちくだされエリッサ様」


「ああもうっ、それではワタクシ達は失礼しますわ」


 逃げた二人を追いかける、シャルロットとノイマン学長。

 走り去る四人の背中を眺めながら、ウルリカ様はクッキーをポリポリ。先ほどまでの殺気はどこへやら、相変わらず呑気なものである。


「むぅ、また退屈になってしまったのじゃ」


 クッキーを頬張りながら、小さく不満を口にするウルリカ様なのであった。

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