第192話 南の国の王女

 教室塔を飛び出したウルリカ様は、見知らぬ少女とバッタリ遭遇。


「ポリポリ……うむ?」


「……なによアンタ?」


 年の頃はシャルロットと同じか少し上、特徴的な浅黒い肌は南方の出身者であることを表している。

 少女の斜め後ろには壮年の男が控えている。隙のない佇まい、鋭く光る眼光、そして腰に携えた剣、醸し出す雰囲気は只者ではない。


「お下がりくださいエリッサ様」


「はあ? なに言ってんのハミルカル?」


 エリッサと呼ばれた見知らぬ少女、ハミルカルと呼ばれた壮年の男。会話から察するに二人は主従の関係なのだろう。


「子供を相手に下がれって?」


「子供とて危険やもしれません」


「こんな平和ボケした国に、危険なんてあるものですか!」


 ムッと顔をしかめるエリッサ、警戒を怠らないハミルカル、そして呑気にクッキーを食べ続けるウルリカ様。なんとも奇妙な三竦みの完成である、とそこへ──


「見つけましたわよエリッサ、遠くへいかれると困りますの……って、ウルリカですの?」


「うむ? ロティなのじゃ!」


「なんと、ウルリカ様ではございませぬか!」


「ノイマンも一緒なのじゃ!」


 現れたのはシャルロットとノイマン学長だ。ウルリカ様を発見するや否や、ピョンと飛び跳ねるノイマン学長。


「ウルリカ様! お久しう御座いますぅ!」


 空中でグルグルと回転し、平伏す姿勢でウルリカ様の足元へと着地する。ウルリカ様を前にした時の動きは、相変わらず老人のものとは思えない。


「待ってくださいウルリカさん──えっ、シャルロット様?」


「あら、ナターシャですわ」


 一方教室塔からは、クラスメイト達が外へと出てくる。


「どうして外へ出ていますの? 今日は自習と聞いていましたわよ?」


「ウルリカさんを追いかけてきたのです」


「自習に不満だったらしく、外へ飛び出してしまったのですよ」


「退屈だと大騒ぎしてたよな、でもクッキーは絶対に手放さなかった」


「まあ、それはウルリカらしいですわ」


「ところでシャルロット様、今日はお休みのはずでは?」


「ええ、今日は学校を休んでエリッサの案内を──」


「ちょっと!」


 楽し気な会話の最中、エリッサは強引にシャルロットの前へと割って入る。


「私を差し置いて楽しそうにお喋りしないで!」


「あら、ごめんなさいエリッサ」


「ふーん……この連中がシャルロットのクラスメイトなのかしら?」


「ええ、ワタクシの大切なクラスメイトですわ」


「ふんっ、冴えないクラスメイトね!」


 エリッサの放った謗言のせいで楽し気だった空気は一変。険悪な空気の流れる中、しかしウルリカ様は構わずクッキーをポリポリ。

 そんなウルリカ様の態度は、エリッサを余計に苛立たせる。


「そこのあなた、クッキーを食べるのをやめなさい!」


「なぜじゃ?」


「なぜですって? 南ディナールの王女である私の前で、クッキーなんて食べていいと思っているのかしら?」


 南ディナール王国の王女であるという身分を明かし、勝ち誇ったように笑うエリッサ。

 だが当然ウルリカ様は、人間の身分など気にしない。


「ポリポリ……ポリポリ……」


「聞えなかったの? クッキーを食べるのをやめなさい!」


「いやなのじゃ」


「はあ? 王女である私の命令を聞けないの?」


「お主のことなど知らぬのじゃ、ポリポリ……」


「知らな……っ!?」


 次の瞬間ハミルカルは、目にも止まらぬ速度で剣を引き抜く。


「エリッサ様への不遜な態度、断じて許されぬ!」


「おおっ、妾に勝負を挑む気かの?」


 まさに一触即発の状況。

 喉元に剣を突きつけられ、それでも余裕綽々なウルリカ様はニッコリと不敵に笑うのだった。

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