第185話 お仕置き

 大通りから遠く離れた建物の屋根、リィアンはヴァーミリアとサンダーバードの戦いを観察していた。


「ヤバいヤバい、何なのよアレ!?」


 見るも恐ろしい巨大な蠕虫、そして無残にも食い尽くされるサンダーバード。ヴァーミリアの異次元な力を目撃し、リィアンは顔面蒼白である。


「あんな怪物どうしろってのよ……ん?」


 オロオロと狼狽えていたリィアンは、ふと違和感に気づく。


「あれ? あの怪物はどこへいったの?」


 数秒目を離した隙に、ヴァーミリアの姿を見失ってしまったのだ。

 怪訝に思い首を傾げるリィアン、次の瞬間──。


「怪物って私のことかしらぁ?」


「ひへっ!?」


 底冷えする静かな声、圧し掛かるような気配。振り返った先で佇むニッコリ笑顔のヴァーミリア。

 そこからのリィアンの行動は早かった。突風でヴァーミリアを牽制しつつ、全速力で逃走を図る。風の魔人を名乗るだけあって、その速度は風のようだ。


「撤退──」


「どこへいくのかしらぁ?」


「──ひやぁ!」


 しかしヴァーミリアの動きはさらに早く、触手に変化させた両腕であっさりとリィアンを捕まえてしまう。


「ぐ……どうして……」


「あら、なにかしらぁ?」


「リィは魔法で姿を消してる、認識阻害の魔法で守られてる。なのにどうしてリィの居場所を……」


「匂いと温度でバレバレよぉ」


「匂いと温度!?」


「姿を消したくらいで、私からは逃れられないわよぉ」


「そんな……」


 あまりにも絶望的な状況に、リィアンは放心状態だ。


「ところで質問よぉ」


「な、なによ」


「一連の大騒ぎ、首謀者はあなたねぇ?」


「……」


「黙ってるつもりかしらぁ、だったらぁ……」


 黙秘を続けるリィアンに向かって、ヴァーミリアは大きく口を開ける。耳まで裂けた口から覗く大小無数の鋭い牙に、リィアンは思わず身を震わせる。


「は、はい私です! 私が首謀者です、謝るから許してください!」


「ふふっ、正直に言えて偉いわねぇ……」


 ヴァーミリアは触手を伸ばし、リィアンの頭を優しくナデナデ。

 この世で最も恐ろしいナデナデだ。


「でもウルリカ様を泣かせたのは許せないわぁ、お仕置きしなくちゃねぇ」


「ひっ、お仕置き!?」


「大丈夫よぉ、命までは奪わないわぁ」


 伸ばされた触手は数を増やし、ニュルニュルとリィアンを飲み込んでいく。

 身動きの取れないリィアンは、弱々しく悲鳴をあげることしか出来ない。


「ひいいぃ……」


 不気味に脈動する触手の繭からは、リィアンのくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 そして数分後──。


「そろそろねぇ……ぺっ」


 触手の繭から吐き出されるリィアン。衣服は溶けてしまっており、白い素肌が丸見えだ。


「生命力と魔力を根こそぎ吸い取ってあげたわぁ、気分はどうかしらぁ?」


「あ……はぁ……」


 満身創痍のリィアンは、立ちあがるどころか指一本すら動かせない。


「あなたは可愛らしいから、これくらいで許してあげるわぁ。でもねぇ……」


「は……はっ……」


「次また悪いことしたらぁ……」


 動けないリィアンの耳元へ、ヴァーミリアはそっと口を近づける。


「その時は骨も残さず食べちゃうからねぇ……」


「ひっ、ひいぃ……」


 恐怖のあまり体を震わせ、ボロボロと涙を流すリィアン。

 そんなリィアンを放置して、ヴァーミリアはその場を去っていくのだった。

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