第147話 極炎魔法

 旧ロアーナ要塞。

 ロアーナの町から遥か北東、ロアーナ山脈中腹に位置する石造りの古びた砦である。

 はるか昔に放棄され、廃墟と化しているの要塞。しかし実態は闇の組織、ガレウス邪教団によって改造された秘密基地である。


「「「ガレウス様のために……ガレウス様のために……」」」


 怪しげな囁きを繰り返す、黒いローブに身を包んだ吸血鬼達。傍らに積まれた檻の中では、たくさんの魔物が閉じ込められている。


「「「ガレウス様のために……ガレウス様のために……」」」


 吸血鬼達は巨大な注射器を用いて、怪しく光る液体を魔物達へと注入していく。液体を注入された魔物達は苦しそうなうめき声をあげ、その後グッタリと動かなくなってしまう。よく見ると魔物達の体はどす黒く変色しているようだ。


「「「ガレウス様のために……邪神ガレウス様のために……!」」」


 吸血鬼の不気味な囁きは一層力強さを増してく。とその時、燕尾服に身を包んだ悪魔、エゼルレッドが現れる。


「計画は順調か?」


「はっ!」


 現れたエゼルレッドの前に、一人の吸血鬼が膝をつく。


「魔物共を操り、ロアーナ高原、ロアーナ要塞、ロアーナの町を襲撃しております。薬によってアンデット化した魔物の群れです。第一王女と第二王女、そしてロアーナ軍を相手にしても十二分に戦えます!」


「ふうむ……」


「薬の改良にも成功しました、この新薬は魔物を暴れさせることなく一瞬でアンデットへと変質させます。現在アンデット軍団の増強を進めており、明日にもアンデット化した魔物を解き放つ予定です。ロアーナ地方を地獄と変えて見せましょう!」


 報告を受けたエゼルレッドは、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。


「クククッ、素晴らしい働きだ」


「はっ、ありがたきお言葉!」


「一人でも多く……一人でも多くの人間を殺すのだ。殺した人間の魂を集め、儀式を通じて魔力へと変換するのだ」


「その魔力を糧として邪神ガレウス様は復活なされるのですね、しかし魂が足りなければ……?」


「心配はいらん、別の復活方法も考えている。例の物さえ手に入れば……クククハハッ!」


 両手を広げ高笑いをあげるエゼルレッド、もはや目的を達成したかのような態度である。しかし残念ながら、いつまでもエゼルレッドの思い通りにはならない。


「見つけたのじゃ……」


 どこからともなく聞えてくる可愛らしい少女の声。


「ぬっ、誰だ!?」


 部屋の四隅、机の下、照明の死角。影という影がドロドロと溶けあい、底なしの暗闇を作り出す。そして作り出された暗闇の中から、小さな影がヌルリと這い出てくる。


「どうやらお主等はガレウスの信奉者じゃな?」


 少女の姿をした魔王、ウルリカ様である。

 思いもよらぬ事態に吸血鬼達は口を開けたまま固まってしまう。一方エゼルレッドの反応は早かった。


「くっ……氷瀑魔法、アイスフォール!」


 ウルリカ様の異常性に気づいたエゼルレッドは、間髪入れず第六階梯に位置する強力な魔法を放ったのである。

 要塞内部は瞬く間に巨大な氷の滝に覆われる。巻き込まれた吸血鬼達は氷漬けとなってしまうが、エゼルレッドは気にもとめない。


「こいつは何者だ? どこから侵入した?」


 氷の滝に閉じ込められ、身動きを封じられてしまったウルリカ様。かと思いきやバキバキと氷を割り、テクテクと氷から出てきてしまったではないか。


「なんじゃ、こんなのものか?」


「なっ、バカな!?」


「ふんっ、こんなものでは妾の怒りは冷めんぞ?」


 焦るエゼルレッドをそっちのけにして、ウルリカ様は要塞内部をグルリと見渡す。


「怪しげな薬を使って魔物達をアンデットに変えておるのじゃな。あの魔物達は……もはや助からんか……」


 グッタリと倒れる魔物を、ウルリカ様は悲しそうな目で見つめている。しかし次の瞬間には、別人のように鋭い目でエゼルレッドを睨みつける。


「魔物達を苦しめおって……楽しい楽しい課外授業を台無しにしおって……、それに……」


 あまりにも強大な魔力の気配に、エゼルレッドは「ひっ」と悲鳴を漏らしてしまう。


「妾の大切な者達を傷つけようとしおって、許さんのじゃ!」


 解き放たれる強大な魔力。その衝撃は凄まじく、要塞内部を覆っていた氷の滝は粉々に砕け散る。


「ゆくのじゃ、第七階梯魔法──」


 手の平に灯る小さな火球。

 その小さな見た目とは対照的に、放たれる熱量は常軌を逸していた。じりじりと焼けつく熱波によって要塞内部は炎に包まれる。

 危険を察知したエゼルレッドは即座に逃走を図ろうとする、しかし怒りに燃えるウルリカ様から逃れられるはずはない。そして──。


「──極炎魔法、デモニカ・フレア──!」


 ロアーナ山脈に響き渡る凄まじい衝撃音。

 巨大に膨れあがった火球は、一瞬にして旧ロアーナ要塞を包み込む。すっかり日も落ちているというのに、旧ロアーナ要塞周辺は日中であるかのような明るさだ。

 石造りの建造物であるはずの旧ロアーナ要塞。しかし石造りだろうとなんだろうと、極炎魔法は全てを焼き滅ぼしてしまう。

 まさに極炎、炎の極みと呼ぶにふさわしい。


「そろそろ十分じゃな」


 ウルリカ様の言葉を合図に、膨れあがっていた火球はウルリカ様の手の平へと吸い込まれていく。

 あれほど激しく燃え盛っていた炎は、すっかり消え去ってしまった。そしてロアーナ要塞もすっかり消え去ってしまった。

 極炎魔法に触れた山肌はドロドロに融解し、まるで隕石でも衝突したかのような光景である。魔王の放つ第七階梯魔法とはかくも恐ろしい。


「うむ、少しスッキリしたのじゃ!」


 降りしきる灰の中、ウルリカ様はボロボロの布切れを掴んで立っていた。


「う……ぅ……」


 よく見るとそれは布切れではなく、真っ黒に焼け焦げたエゼルレッドのようである。


「お主はゼノンとアンナへの手土産なのじゃ」


 エゼルレッドは極炎魔法を耐え抜いたわけではない、ウルリカ様に生かされただけである。しかし極炎魔法の炎に焼かれ、今にも灰となって消えてしまいそうだ。


「ガレウスのことを喋ってもらうのじゃ、それまで死ぬことは許さんのじゃ」


 そう言うとウルリカ様は、ボロボロのエゼルレッドをポイッと地面に放り投げる。まるでゴミをポイ捨てする子供のようである。


「さて、みんなのところへ戻るかの!」


 そして、スッキリとした表情でニパッと笑うウルリカ様。

 この日、闇に蠢く邪悪な集団は、魔王の怒りに触れこの世から姿を消した。


 そしてロアーナ山脈の一帯も、地図の上から姿を消した。

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