第145話 銀星の輝き

「「「「「ガレウス様のために……ガレウス様のために……」」」」」


 タイラントドラゴンを退けたクリスティーナとロアーナ軍。しかし勝利の喜びも冷めぬ間に、黒いローブを纏った男達による襲撃を受けていた。


「「「「「紫炎魔法、デスブレイス!」」」」」


 ロアーナ軍を取り囲んだ黒装束の集団は、全包囲から紫色の火球を放つ。

 一つ一つの火球はそれほど強力なものではないが、タイラントドラゴンとの戦いで疲弊しきったロアーナ軍にとっては十分な驚異である。


「クリスティーナ様をお守りするのだ!」


「「「おぉぉっ!」」」


 ロアーナ軍の兵士達は最後の力を振り絞りクリスティーナを必死に守る、ゴーヴァンもボロボロの体を引きずって火球へと立ち向う。しかしいつまでも耐えられるものではない。


「みんな下がって……私も戦うわ……」


「クリスティーナ様は王族なのです、危険な目にはあわせられません。ここは我々にお任せを──」


「王族だからこそ……守られるばかりではダメなのよ……、私もみんなを守って戦うわ……」


「クリスティーナ様……っ」


 第七階梯魔法の発動によってクリスティーナは魔力を使い切ったはずである。にもかかわらずゴーヴァンの制止を振り切ると、漆黒の杖を天高く構える。


「第六階梯……暴風魔法、トロピカルサイクロン……!」


 そして驚くべきことに、クリスティーナは魔力を使い切った状態から第六階梯魔法を放ったのである。

 放たれた魔法の威力は万全には程遠い、しかし襲いくる火球を消し飛ばすには十分な威力だ。吹き荒れる暴風にあおられて、男達の纏っていたローブが宙を舞う。


「ほう、第六階梯魔法か……」


「あの状態から魔法を放つとは、流石と言うべきだな。はあぁ……」


 邪悪な笑みを浮かべる男達、その口元から鋭い犬歯が顔を覗かせる。


「あの牙は……吸血鬼……、うっ……」


「クリスティーナ様!」


 限界を超えたクリスティーナは、フラフラと地面に倒れ込んでしまう。顔色は青く目は虚ろで、意識を失いかけているようだ。


「ははぁ……第一王女は限界か、ならば一気にトドメを刺すぞ!」


「「「「「ガレウス様のために……ガレウス様のために……!」」」」」


 不気味な囁きに呼応して、吸血鬼達の魔力が増幅していく。


「「「「「紫炎魔法、デスフレア!」」」」」


 再び放たれる紫色の火球、その大きさは先ほどまでとは比べ物にならない。巨大な紫色の火球がロアーナ軍を一飲みにする、その時──。


「銀星魔法、アステル・ロアー!」


 銀色に輝く光の柱。

 突如として降り注いだ魔法攻撃によって、吸血鬼達の放った火球は跡形もなく消し飛ばされる。


「どうやら間にあったようですね」


 輝く粒子が舞い踊る中、一人の少年が姿を現す。

 艶やかな銀色の髪をなびかせ、星空を映したようなマントをはためかせ、少年は静かに地面へと降り立つ。両手に構える青紫の王笏は、先端から光を放つ不思議な杖だ。


「今の光はなんだ? 貴様は何者だ!?」


「あぁ、どうやらあなた方は吸血鬼のようですね……ということは、ウルリカ様の言っていた“大切な人間”というのはそちらの方々ですかね?」


「うっ……あなたは誰……? ウルリカの知り合い……?」


「挨拶が遅れましたね、ボクの名はエミリオ・アステルクロス。ウルリカ様にお仕えする、大公爵の一人ですよ」


 王笏を下げペコリとお辞儀をするエミリオ、とても大公爵とは思えない殊勝な態度である。

 一方のクリスティーナは、エミリオの名前を聞いてギョッと目を見開いている。


「エミリオ……大公爵……、まさか……銀星エミリオ……?」


「おや、ボクのことをご存知なのですか?」


「魔法学大全の……著者……、銀星術式の……生みの親……?」


「あぁ、もしやボクの書いた本を読んでくれたのですか? これは嬉しいですね、まさか人間界にまで読者様がいてくれたとは」


 思わぬところで自著の読者と出会い、エミリオは凄く嬉しそうだ。


「クリスティーナ様はあの少年をご存知なのですか?」


「彼は銀星エミリオ・アステルクロス……ウルリカに仕える魔界の大公爵よ……。そして魔界一の魔法の使い手……一度お会いしたかったわ……」


「いやぁ、魔界一の魔法の使い手だなんて! そんなに褒められると照れてしまいますね!」


 思わぬところで称賛を受け、エミリオはもの凄く嬉しそうだ。顔を赤くしてデレデレである、ちょっとだけ気持ち悪い。

 すっかり気分をよくしたエミリオだったが、不意に横やりを入れられてしまう。


「おい貴様! 我々の邪魔をするな!」


「あぁ、せっかくいい気分でしたのに……そちらこそ邪魔をしないでくださいよ……」


 横やりを入れてきた吸血鬼を、エミリオはキッと睨みつける。先程までのデレデレとした雰囲気はどこへやら、まるで別人のような迫力である。


「さて、ウルリカ様の楽しみを奪ったのはあなた方ですね?」


「楽しみ? 貴様は一体なにを言っている?」


「ウルリカ様は課外授業とやらを楽しみにしておられたそうです、しかしあなた方のせいで台無しだと……許せませんね……」


「ウルリカ? 課外授業? そんなものは知らん、そんなことより我々には邪神ガレウス様復活という大命が──」


「黙りなさい! ウルリカ様の楽しみに勝る事柄などありえません!」


 怒りに燃えるエミリオは、シャンッと王笏を地面に叩きつける。と同時に銀色の光が四方へと放たれる。


「星杖ウラノス解放! 銀星術式展開!!」


 放たれた銀色の光は、小さな光の塊となってグルグルと周囲を飛び回る。よく見ると光の塊は規則性のある動きをとっている、どうやらその軌道によって無数の魔法陣を空中に描いているようだ。

 次々と描かれる魔法陣は重なりあい、いつしか大きな輝きへと膨れあがる。そして──。


「いきますよ……銀星魔法、アステロ・ジェイル!」


 それはまるで星空の牢獄。

 ロアーナ高原は薄暗い闇と、無数の星々に包み込まれる。


「さてそれでは、殲滅開始!」


 エミリオの号令に従い、散りばめられた星々は吸血鬼達へと襲いかかる。


「なんだこれは、一体なにが──ぎゃあぁっ!?」


「ぐはぁっ!? どういうことだ、体を再生出来ない!」


 キラキラと美しい星の輝き、その実体は超高密度に圧縮された魔力の塊である。吸血鬼の再生能力をもってしても受けきることなど出来はしない。


「一時撤退だ、撤退しろ──があぁっ!?」


「ちくしょう、逃げ切れない──うあぁぁーっ!?」


 エミリオの放った銀星魔法は、霧へと変化した吸血鬼すらも無慈悲に消し飛ばしてしまう。美しい見た目とは対照的に、なんとも恐るべき威力の魔法攻撃である。


「あぁ、大したことありませんでしたね」


 ロアーナ高原を襲撃した吸血鬼達は、ものの数秒でこの世から姿を消してしまった。あまりにも見事な殲滅劇に、ロアーナ兵もゴーヴァンも開いた口が塞がらない。


「銀星エミリオ……、やっぱり凄かったわ……想像以上ね……」


「いやぁ、そんなに褒められると照れてしまいますって!」


 静まり返ったロアーナ高原に、エミリオのデレデレとした声だけが響き渡る。

 こうして銀星の輝きによって、ロアーナ高原を襲った邪悪なる者達は一掃されたのであった。

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