第144話 黒き竜と銀の星

 ロアーナ地方の遥か上空。

 分厚い雲を切り裂きながら、高速で飛行する黒い影。


「うむ、もう少しじゃ」


 クリスティーナとエリザベスの救援に向かうウルリカ様は、すでにロアーナ高原とロアーナ要塞の近くまで到達していた。

 ロアーナの町を飛び立って数分も経っていないというのに、まったく凄まじい速度である。


「クリスティーナとエリザベス、どちらを先に助けるべきか……。ここは分身して両方とも助けてしまおうかの……むむっ?」


 高速で飛行していたウルリカ様は、どういうわけか空中でフワリと動きを止めてしまう。風圧や慣性を感じさせない、異次元の止まり方である。


「なにやら妙な魔力を感じるのじゃ、これは……なるほどなのじゃ」


 ロアーナ高原とロアーナ要塞は、ロアーナの町から北の方角に位置する。しかしウルリカ様の視線はロアーナの町から北東の方角へと向いている。


「確かクリスティーナは……、そしてワイバーンの群れか……」


 そびえる山々を眺めながらじっと考え事をするウルリカ様。かと思いきや、不意にポンッと手を叩く。


「よし、決めたのじゃ!」


 そう言うとウルリカ様は空に向かって両手を広げる、と同時に膨大な魔力が解き放たれる。その衝撃は凄まじく、空を覆っていた分厚い雲を吹き飛ばしてしまうほどである。そして──。


「ゆくのじゃ……時空間魔法!」


 発動する時空間魔法。

 幾重にも重なった魔法陣は、光の柱となって周囲を眩く照らす。迸る衝撃によって、大地は唸り空は騒めく。


「グルル……ココハドコダ……?」


 舞い上がる土埃の中から、漆黒の巨大なドラゴンが姿を現す。同じドラゴンであるアグニスとは比べ物にならないほどの大きさだ。


「ケホケホッ……今の衝撃は一体……?」


 さらにもう一人、こちらは一見するとただの少年である。艶やかな銀色の髪と夜空のように煌めく瞳は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。


「うまく呼び出せたようじゃ!」


「グルルッ、ソノ声ハマサカ!?」


「ウルリカ様ですか!」


「うむ! 久しぶりじゃなドラルグ、そしてエミリオ!」


 “黒竜”ドラルグ・ドラニアクロス、“銀星”エミリオ・アステルクロス。魔界においては大公爵と呼ばれる、最強格の魔物である。


「グルオォッ! ウルリカ様ダ! ウルリカ様ダ!!」


「ここは人間界ですか! ボク達を人間界に召喚してくれたのですね!」


「うむ! その通りじゃ!」


 ドラルグとエミリオは「わっ」と声を揃えて、歓喜と感動に打ち震える。久しぶりの生ウルリカ様を前にして、激しく興奮しているようだ。


「モシヤ! 我ニ会イタクナッテ召喚シテクレタノカ!」


「違いますよ! ウルリカ様はボクに会いたくなって召喚してくれたのですよ!」


「うむ! どちらも違うのじゃ!」


 ドラルグとエミリオは「あぁ……」と声を揃えて、ションボリ落ち込んでしまう。

 ウルリカ様はフワフワと飛びあがり、ドラルグとエミリオの頭をポンポンと撫でてあげる。


「まあまあ、そう落ち込むでない」


「はぁ……それではウルリカ様、どうしてボク達を召喚してくださったのですか?」


「うむ、お主等に頼みたいことがあるのじゃ」


「オォ! 何ナリトオ申シ付ケクダサイ!」


「どのようなご依頼にも応えてみせますとも!」


 ウルリカ様からの頼み事と聞いて、ドラルグとエミリオは大喜びである。

 一方ウルリカ様は、ロアーナ高原とロアーナ要塞の方角を指で指し示す。


「助けてやってほしい者達がおるのじゃ、その者達は妾の大切な人間なのじゃ」


「ウルリカ様の大切な方々ですか、ならば今すぐ助けにいかなければ!」


「どうやら邪悪な者共に襲われておるようでの……」


「ナヌゥ? 邪悪ナ者共?」


「うむ……その者共のせいで、妾の楽しみにしておった課外授業も台無しでの……」


「「!!」」


 次の瞬間、ドラルグとエミリオから怒りの魔力が迸る。と同時に目にも止まらぬ速度で、遥か北方へと飛び去ってしまう。


「ウルリカ様の楽しみを奪うとは許せません! 皆殺し確定です!!」


「グルオォォーッ! ウルリカ様ヲ悲シマセル者共メ、コノ世カラ滅ボシテクレルワ!!」


 叫び声をあげながら、二体はあっという間に地平線へと消えてしまう。ウルリカ様に負けず劣らずとんでもない速度である。


「まだ話は途中じゃったのに……まあよいかの、二人とも都合よく北方へ飛んでいったのじゃ。あとはいい具合に分担してクリスティーナとエリザベスを助けてくれるじゃろう」


 そう言うとウルリカ様は、北東にそびえる山々へと視線を移す。


「さて妾は、裏で手を引いておる者共を懲らしめにいくかの……」


 木々の生い茂る山々を見つめながら、ニヤリと迫力のこもった笑みを浮かべる。


「妾の大切な友達に危害を加えたこと、楽しみにしておった課外授業を台無しにしたこと、絶対に許さぬのじゃ……コテンパンにしてやるのじゃ!」


 そしてウルリカ様もまた、あっという間にその場から飛び去っていくのだった。

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