第141話 第七階梯魔法

 時は少し遡る──。


 ロアーナの町を吸血鬼が襲っていたころ、ロアーナ高原では死んだはずの魔物が蘇り、ロアーナ軍へと襲いかかっていた。

 どす黒く変色した魔物は以前よりも凶暴性を増している。血と肉を撒き散らしながら暴れ回る姿は、この上なく悍ましい。

 しかしロアーナ軍の兵士は誰一人として怯んではいない。


「常に一対多の戦いを心がけろ! 血を浴びないよう注意しろ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 聖騎士ゴーヴァンによる指揮の元、ロアーナ軍は見事な戦いを見せていた。突然の事態にもかかわらず素晴らしい対応力と統率力である。

 しかし蘇った魔物はアンデットと化しており、そう簡単に倒すことは出来ない。どれだけ攻撃を加えても、瞬時に回復してしまうのである。


「くっ……ダメです! 斬撃が効いていません!」


「構わん! とにかく足止めに専念するのだ!」


 ゴーヴァンは一対多による足止めを徹底している、どうやら最初から魔物を倒すつもりはないらしい。一見すると不可解にも思える指示だが、その理由はすぐに明らかとなる。


「第五階梯……赤熱魔法、グロリオッサブレイス……」


 クリスティーナの魔法が炸裂したのである。全て焼き尽くす赤色の炎を前に、アンデットはなす術もない。


「次……次……次……」


 絶え間なく放たれる赤色の炎。驚くべきことにクリスティーナは、上位魔法である第五階梯魔法を連発しているのである。流石は国内屈指の実力を持つ魔法の使い手である。

 ロアーナ軍による足止めとクリスティーナの魔法によって、蘇った魔物はあっという間に数を減らしていく。しかし──。


「ジュルオォォッ!」


「っ……やっぱりタイラントドラゴンは……そう簡単には倒せないわね……」


 タイラントドラゴンは討伐難易度Aに分類される強力な魔物である。アンデットの不死性を手に入れたことで、いよいよ手がつけられない。


「困ったわね……うん……」


 クリスティーナは静かに考えを巡らせる。そうしている間にも魔法を放ち続けているのだから、まったくもって凄まじい。


「決めた……タイラントドラゴンは私が片づける……、少し集中するから……ゴーヴァンは時間稼ぎをお願い……」


「承知しました!」


 ゴーヴァンはすぐさまロアーナ兵を集めると、タイラントドラゴンへと突撃していく。


「「「「「うおぉーっ!!」」」」」


「いくぞ! 奥義、疾風双刃!」


 乱れ飛ぶ疾風の刃は、タイラントドラゴンに大きな傷跡を残す。しかしアンデットと化したタイラントドラゴンは瞬時に回復してしまう。


「倒せなくとも構わん! とにかく時間を稼ぐんだ!」


「「「「「はっ!」」」」」


「ジュラッ! ジュラアァッ!」


 暴れ狂うタイラントドラゴンの前に、ロアーナ兵は一人、また一人と吹き飛ばされていく。鎧によって命こそ守られているものの、戦闘に復帰することは難しいだろう。

 十数名いたはずのロアーナ兵は、ゴーヴァンを含めて数名しか残っていない。とてもではないがタイラントドラゴンを倒すことなど出来ないだろう。それでもゴーヴァンとロアーナ兵は決死の攻撃を続ける。


「必ずやクリスティーナ様がタイラントドラゴンを倒してくださる! もう少し時間を稼ぐのだ!」


「「「はっ!」」」


「ジュラアァーッ!」


 ゴーヴァンとて無事ではない、立っているのが不思議なほど負傷している。それでもゴーヴァンは諦めない。


「ははっ……この程度の相手、魔王に比べればどうということはない!」


 ボロボロの体を引きずって攻撃を仕掛けよとした、その時──。


「タイラントドラゴンから離れて!」


 声をあげたのはクリスティーナである。

 ただならぬ様子を察して、ゴーヴァンは慌てて指示を出す。


「総員退避! 急げ!」


 ゴーヴァンの指示でロアーナ兵は、蜘蛛の子を散らしたように戦場から退避する。

 残されたタイラントドラゴンはクリスティーナへと襲いかかる、しかしクリスティーナの表情に焦りの色はない。構えた杖を振り下ろし、静かに魔力を解き放つ。

 そして──。


「いくわよ……第七階梯……!」


 第七階梯魔法。

 全ての魔法の最高位、選ばれし者のみが扱える最強の魔法。


「焦熱魔法……クランベリーファイア……!!」


 それはまるで地上に太陽が落ちてきたかのような光景だった。

 超高温の炎がうなりをあげ、紅蓮の火柱がのたうち回り、発せられる熱波は何もかもを一瞬で焼き尽くす。


「ジュロオォ……ッ!?」


 燃え盛る炎に包まれながら、それでもタイラントドラゴンは肉体を維持していた。流石は討伐難易度Aの魔物だ、尋常ではない耐久力である。

 しかしそれも長くは続かない。第七階梯魔法の前には、アンデットの不死性などあってないようなものなのである。


「ジュ……オォ……」


 肉は融解し、骨は灰と化す。ものの数秒でタイラントドラゴンは、この世から完全に姿を消してしまう。

 ようやく炎が収まったころには、黒く焼け焦げた大地だけが残っていた。


「やった……やったぞ……!」


「タイラントドラゴンを倒した! 倒したぞ!!」


「クリスティーナ様がやってくれたぞ!」


「「「「「うおぉーっ! クリスティーナ様ーっ!!」」」」」


 勝利に沸くロアーナ軍。

 一方のクリスティーナは、魔力を使い果たしてフラフラだ。


「はぁ……はぁ……終わったわ……」


「お疲れ様でした、クリスティーナ様」


 全ての力を出し切ったクリスティーナとゴーヴァンは、すてんとその場に座り込んでしまう。

 全員ボロボロになりながら、それでも戦いはロアーナ軍の勝利に終わった──と、誰もがそう思った次の瞬間──。


「ほう……まさかタイラントドラゴンを倒してしまうとはな……」


 不気味に響く男の声。

 黒いローブに身を包んだ集団がロアーナ軍を取り囲む。


「なんだこいつらは!?」


「もしかして……敵……?」


 未だ危機は去っていない。


 そしてその様子を、一匹のコウモリがじっと観察していた。

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