第119話 教主と国王

 深夜。

 吸血鬼もすやすや眠りについている時刻。


 ゼノン国王の執務室に、薄っすらと明かりが灯っていた。


「ガレウス邪教団……か……」


 アルテミア正教会での出来事をシャルロットから聞かされたゼノン王は、じっと物思いにふけっていた。


「吸血鬼や悪魔によって構成された闇の教団……、人々の命を生贄に儀式を繰り返す……、邪神ガレウス復活を目論む……、なんとも頭の痛い話だ……」


 独り言を呟きながらウロウロと歩き回るゼノン王。ガレウス邪教団に関する懸念が、頭の中をグルグルと巡る。

 と、その時──。


「ずいぶんと悩んでいるみたいっすね?」


「あぁ、実は問題が発生して……んんっ!?」


 あまりにも自然に話しかけられ、つい返事をしてしまったゼノン王。慌てて振り返るとそこには、白銀に輝く少女が立っていた。


「ゼノン君、久しぶりっす!」


「アルテミア様!?」


 アルテミア正教会の教主、アンナマリア・アルテミアである。


「いつの間に……どうやって俺の執務室へ入ってきた?」


「普通に扉をあけて入ってきたっすよ?」


「しかし扉の音は聞こえなかった、廊下には警備兵もいたはずだ」


「普通は気づかれるっすね、でも──」


 そう言うとアンナマリアは、パッとその場から姿を消してしまう。かと思いきや次の瞬間には、ゼノン王の背後でポフリとソファに座り込んでいる。


「──時空間魔法を使えば、どんな場所だって簡単に入れるっす」


「時空間魔法……勇者の転生体という話は本当だったのか……」


「おや? さてはシャルロットちゃんから話を聞いたっすね?」


 どうやらアンナマリアはゼノン王に対して、勇者の転生体であるという事実を隠す気はないようだ。

 アンナマリアに手招きされて、ゼノン王は向かいのソファに腰かける。


「久しぶりにゼノン君の顔を見たっすね、元気そうでなによりっす」


「そうか……それで?」


「?」


「まさか俺の顔を見るためだけに、警備を掻い潜ってきたわけではあるまい?」


「おっ、ゼノン君は察しがいいっすね」


 アンナマリアに問いかけるゼノン王の視線は鋭い。突如として現れたアンナマリアを、十分に警戒しているのだろう。


「ガレウス邪教団のことを忠告にきた、といったところか?」


「その通りっす、ホントにゼノン君は察しがいいっす」


「ガレウス邪教団のことはシャルロットから聞いた、世界中で暗躍している闇の組織だとな」


「ロムルス王国内でも暗躍しているはずっす、どこに潜んでいるか分からないっすよ」


「どこに潜んでいるか分からない、か……つまり王都内や王城内に潜んでいる可能性もあるということだな」


「そういうことっすね、気をつけてくださいっす」


「……分かった、十分に気をつけるとしよう」


 ゼノン王は「ふぅ」と息を吐き、再びアンナマリアへと視線を向ける。先ほどまでの鋭い視線とは違い、穏やかさを感じる目つきだ。


「それにしてもアルテミア様には恐れ入った。ガレウス邪教団が潜んでいるかもしれない中、護衛もつけずに出歩くとは」


「私に護衛なんて必要ないっすよ?」


「確かに時空間魔法とやらを使えば危険は少ないのだろう、しかし完全に危険を排除出来るわけではあるまい? それに教主という立場が──」


 問いかけるゼノン王に対して、アンナマリアは「違うっす」と首を横に振る。


「教主である前に私は勇者っす! 勇者は人々を守るために戦うものっす、誰かに守ってもらうなんてまっぴらごめんっす!」


 キッパリと強い口調で言い切るアンナマリア、その目言葉には強い意思が宿っている。思わぬ答えを聞かされて、ついつい笑みをこぼしてしまうゼノン王。


「ハッハッハッ! 流石は伝説の勇者様だ、まったくもって恐れ入る!」


 ゼノン王の笑い声で、執務室に満ちていた緊張感はすっかり消え失せてしまう。


「なあアルテミア様、俺から一つ提案がある」


「提案? なんすかね?」


「俺と手を組まないか?」


「手を組むっすか? ガレウス邪教団に対抗するため、アルテミア正教国とロムルス王国で同盟を結ぶってことっすか?」


「そういう意味ではなく、俺と友達になってほしいのだ」


「友達っすか!? それはまたどうして?」


「勇者としてのアルテミア様に心惹かれた、友達でありたいと思わされた、それだけだ!」


 ゼノン王は身を乗り出すと、力強い視線をアンナマリアへ向ける。一方のアンナマリアは、突然すぎる提案に目を丸くして驚いてしまう。しかしすぐに表情を緩めると、ニパッと満面の笑顔で答える。


「嬉しいっす! はじめての友達っす!」


「では今日から俺とアルテミア様……いや、アンナマリアは友達だ! よろしく頼むぞ、アンナマリア!」


「よろしくっす、ゼノン君!」


 握手を交わすゼノン王とアンナマリア。国王と教主という異例の友人関係が生まれた瞬間である。


「ゼノン君は変わり者っすね、まさか私と友達になりたいなんて……むむっ!?」


「ん? どうかしたか?」


「なんすかそれ! おいしそうなお酒っす!」


 アンナマリアは勢いよく立ちあがると、棚に飾ってあった酒の瓶を指差す。


「ゼノン君! 友達になった記念っす、今夜は一杯──」


「残念ながら子供に酒は飲ませられんな、子供は夜ふかしせず早く寝るべきだ」


「なっ、子供!?」


「どう見ても子供ではないか」


 驚くアンナマリアを見て、からかうように笑うゼノン王。


「勇者様は子供達の手本となるべきだろう?」


「くうぅ……っ」


 執務室に響く、アンナマリアの悔しそうな声。

 こうしてロームルス城の夜は更けていく。

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