第37話 深夜の執務室 その二

 深夜。

 吸血鬼もぐっすりお休みの時刻。

 ゼノン国王の執務室に、やわらかな明かりが灯っていた。


 ソファに腰かけているのは、ゼノン王とルードルフの二人。

 酒をあおりながら、静かに会話をしている。


「それにしても、シャルロットの成長には驚かされた」


「ええ、少し前までの危うい雰囲気は消え去りましたね。今は立派な王族です」


「ウルリカと出会えたおかげだ、あの小さな魔王には感謝してもしきれんな」


 カランッと、グラスの鳴る音が響く。


「ところでルードルフよ……」


「はい、なんでしょう?」


「ウルリカの言葉を覚えているか?」


 グラスを傾けながら、ゼノン王は問いかける。

 問われたルードルフは首をかしげて考え込む。


「ウルリカの言葉ですか……爆弾発言だらけで覚えきれませんよ……」


 ルードルフの返答に、ゼノン王は「クククッ」と笑みをこぼす。


「天井裏に潜んでいた吸血鬼を捕えた時だ。城内の吸血鬼の存在を問うただろう?」


「あの時ですか、確かウルリカは『いない』と言っていましたね」


 ぐっと酒を飲み干すゼノン王。

 そして、ルードルフへと真剣な視線を向ける。


「正確には『今はいない』と言ったのだ……」


 口元を手で押さえ、じっと考え込むルードルフ。

 静かな執務室に、時計の針の進む音だけが聞こえる。


「確かに……『今は』と言っていましたね……なるほど、そういうことですか……」


「流石に察しがいいな」


「つまり陛下は、『今はいない、しかし普段はもっといるぞ?』という風に解釈しているわけですね」


「その通りだ」


 執務室に、ピリついた空気が流れる。


「シャルロット達の倒した吸血鬼は、戦闘中に『あのお方』と言っていたそうだ」


「あのお方……何者でしょうか?」


「さあな……少なくとも、我々人間にとっては敵だろうな」


「危機は去っていない、ということですね……」


「ああ、気は抜けないぞ……」


 酒を注ぎ、カラカラと氷を鳴らす。

 そして「はぁ……」と深いため息をつくゼノン王。


「陛下?」


 ゼノン王の様子に、ルードルフは首をかしげる。

 先ほどまでの緊張感はどこへやら、急に緩い雰囲気だ。


「あぁ……いろいろ問題はあるな……だが、まずは……」


「まずは?」


「ウルリカの初登校を、無事に終わらせなければな」


「あぁ……はい、そうですね……」


 執務室に響く、ルードルフの呆れた声。


 こうして、ロームルス城の夜は更けていく。

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