第2話 ウルリカ様、襲来

 ──ズズンッ!!──。


 ここはロムルス王国。

 豊かな自然に囲まれた、人間界でも歴史の古い王国だ。

 その首都である王都ロームルスに、衝撃が走っていた。


 揺れる大地。

 震える空気。

 渦巻く暗雲。


 王都全体を、天変地異のような現象が襲う。

 特に国王の住むロームルス城は被害が大きい。城壁は剥がれ、窓は粉々に割れていく。

 ロームルス城の謁見の間は、悲鳴に包まれていた。


「今の揺れは一体なんだ?」


「地震か? 火山の噴火? 天災の類か!?」


「どけ! 邪魔だ! 早く避難しなければ!」


 悲鳴を上げているのは、豪華な衣装に身を包んだ貴族の男達だ。

 でっぷりと太った腹を揺らしながら、我先に逃げ出そうとする貴族達。

 その時、玉座から威厳のある声が上がる。


「落ち着け、まずは状況を確認するのだ!」


 声の主はロムルス王国の国王、ゼノン王。

 銀色の髪が特徴的な、壮年の国王だ。

 ゼノン王のどっしりと落ち着いた態度を見て、貴族達も冷静さを取り戻す。

 徐々に混乱が収まっていく謁見の間、そこに若い兵士が飛び込んでくる。


「国王陛下、大変です!」


「どうした?」


「はぁっ……はぁっ……城の前に……ま……ま……」


「ま?」


「城の前に、魔王が現れました!!」


 シンと静まり返る謁見の間。

 しばらく沈黙が流れたあと、貴族達から呆れ半分の声が上がる。


「魔王とは……伝説に出てくるあの魔王のことかな?」


「魔王はおとぎ話の中の存在だ、現実に現れるなどあり得ないことだ」


「まったく、報告は正確にして貰わねば困るな、ハハハッ」


 笑いながら軽口を叩きあう貴族達。

 ゼノン王だけが真剣な表情で若い兵士を見つめている。


「兵士よ、先ほどの報告に間違いは──」


「国王はおるかー?」


 ゼノン王が兵士に問いかけようとしたその時、可愛らしい声と共に、一人の少女が飛び込んでくる。


「おおっ! お主が人間の国王だな!!」


「……確かに俺はこの国の王だが、そういうお前は何者だ?」


「妾の名はウルリカ・デモニカ・ヴァニラクロス、魔界の王じゃ! 国王よ、お主に頼みがあるのじゃ!」


 謁見の間の中央で仁王立ちをするウルリカ様。

 そんなウルリカ様へ、貴族達から失笑まじりの声がかけられる。


「ハハハッ、面白いお嬢さんだ」


「これはこれは、可愛らしい魔王様もいたものだな」


「この子が伝説の魔王様か……クククッ……おっと失礼」


 笑いに包まれる謁見の間。

 キョトンとするウルリカ様の前に、一人の騎士が歩み出る。


「陛下の前で戯言を吐いた罪、幼い少女といえども許されるものではないぞ……?」


「おお! ゴーヴァン殿ではないか!!」


「ゴーヴァン殿といえば、騎士の最高峰である“聖騎士”! そして王国屈指の実力者ですな!!」


「聖騎士殿、そちらの魔王様を優しく捕まえて差し上げるのだ」


 聖騎士の登場に歓声を上げる貴族達。

 歓声の中、ゴーヴァンは鋭い目つきでウルリカ様を睨みつける。


「俺は相手が子供だろうと手加減はしない、力づくで貴様を拘束する。怪我をしたくなければ抵抗しないことだ」


「おお! 妾に勝負を挑む気か? そんな命知らずは魔界にはおらんかったからのう、嬉しいのじゃ!」


「魔界? 魔王? そんなものは実在しない! 戯言もいい加減にしろ!!」


 目にも止まらぬ速度で駆け出すゴーヴァン。

 一瞬にしてウルリカ様との距離を詰め、強引に掴みかかる。

 常人では反応すら出来ない速度、しかしウルリカ様は軽やかな動作で、逆にゴーヴァンの腕を掴みとってしまう。


「なっ!?」


 驚きのあまり、ピタリと動きを止めるゴーヴァン。


「ほれ、しっかり踏ん張れ!」


 次の瞬間、重い鎧と屈強な筋肉に覆われたゴーヴァンの体が、フワリと浮かび上がる。

 なんとウルリカ様は、片手の力だけで軽々とゴーヴァンを持ち上げてしまったのだ。


「うおぉ!? ぐおあぁっ!!」


「どうしたのじゃ? もっと踏ん張らぬか」


 ブンブンと布きれのように振り回されるゴーヴァン。

 大の男を幼い少女のようなウルリカ様が軽々と振り回して見せる。その異様な光景に、ゼノン王も貴族達も言葉を失って固まってしまう。


「う……ぐおぉ……」


「む? 気を失ってしまったのじゃ」


 ポイッと手を放すウルリカ様。

 空中で放り投げられたゴーヴァンは、壁を突き破り消え去ってしまう。


「もう終わりか、つまらぬのう……」


「馬鹿な、王国屈指の聖騎士があっさりと……」


「今のは一体……なにが起きたんだ?」


「まさか……本物の魔王!?」


 ウルリカ様の強さを目の当たりにして、表情を凍り付かせる貴族達。

 誰もが顔を青くする中、ゼノン王だけが落ち着いた表情を崩さない。


「ゴーヴァンを軽々と……本物の魔王かどうかはさておき、お前の実力は十分に分かった。で、俺になんの用だ?」


「そうじゃ、肝心の要件を忘れるところじゃった!」


「悪いが無理な要求はのめないぞ、暴力に屈することも絶対にない。それを踏まえたうえで──」


「妾は学校にいきたいのじゃ!」


「おい、そんな無理な要求は……んん?」


 ウルリカ様の要求を聞いて、首を傾げるゼノン王。


「待て、今なんと言った?」


「だから! 妾は学校にいきたいのじゃ!!」


「「「「が、学校!?」」」」


 予想外の要求に、ゼノン王も貴族達もそろって驚きの声を上げる。


 こうして、王国に乗り込んだウルリカ様。

 王国の混乱は続く。

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