第12話:特等席の座り心地

 ある日の昼休み。

 嵐山は学食のうどんをちゅるちゅるとすすりながら、突然聞いてきた。


「どうだ、勇介。特等席の座り心地は?」

「はっ? なんの話?」

「伏見さんの隣の席は快適か?」

「あ、いや……」


 全然快適じゃない。

 彼女の心の声がうるさくて、勉強に集中できーん!


 今日も午前の授業では、

『わー勇介君カッコいい』だの、

『きゅんきゅんするー』だの、

『大好きー』だの。


 伏見の心の声がうるさくって、勉強に集中できなかった。


 いや、決して俺は自慢したいわけじゃない。

 自慢したいわけじゃないぞ!



 だけどいきなり嵐山にそんなことを言っても。


 ──はっ? 心の声が聞こえる?


 ってバカにされるだけだから、そんなことは言えない。


「嵐山には、快適そうに見えるのか?」

「ああ、そりゃもちろん! なんてったって、伏見さんは学年イチの美少女だからなー!」

「ああ、そうだな」


 それは間違いない。


「なんだよ勇介。興味なさげに言いやがって。ホントはもう、お前も既にやられてるんじゃないのかー?」

「やられてる? 何を……?」

「いや、一説によるとさ。伏見さんの隣に座った男子は、ほぼ全員が彼女に惚れるって噂なんだわ」

「えっ? マジか?」

「ああ。普段のクールビューティから、時々ふと可愛い姿を垣間見せることがあって、それでみんなきゅんとするらしいぜ」

「ふーん」

「伏見さんは、自分だけにこんな姿を見せてくれるんだ、って勘違いして惚れてしまうんだな。男ってバカだよなぁ。でもそんな噂があっても、また新たな男子が好きになるくらい、彼女は魅力的だってことだ!」


 ──ん?

 そういえば、今のクラスになって最初の席順の時は、嵐山は伏見の隣だったような……


「そう言えば、嵐山。お前も以前、伏見の隣に……」

「ああっ、いやいや! 俺は別な。女扱いに慣れた俺が、そんなあざとい方法にやられるわけがない!」

「あ……ああ、そうだな」

「今まで伏見さんの隣に座った男5人のうち、俺以外の4人が彼女に惚れちまった……って話だ」

「なるほどな」


 すげぇな、伏見。

 さすがトップアイドル級の美少女だ。


 だけどツンデレな態度は、俺にだけ仕掛けてきてるのかと思ってたけど……


 違うのか?

 隣の席になった男子には、みんなにそんなことをしてたのか。


 俺を大好きだって言ってたあの態度……

 もちろん心の中でだけど。


 あの態度はいったい、なんなのだろう?



『はぁー、やべえやべえ』


 ──ん?

 これは、嵐山のホログラムの声か。


『思わず墓穴を掘るところだったぜぇ。俺が伏見さんの隣になったことがあったって、勇介はよく覚えてたなぁ』


 嵐山本人を見ると、無言でうどんをすすってる。

 その隣でホログラム嵐山は、必死になって手の甲で額の汗を拭ってる。

 何を焦ってるんだ、コイツ?


『俺も伏見さんに惚れて告ったけど、あっさりフラれたことは勇介には黙っとこう』


 おーい!

 やっぱお前も、惚れたんかーい!


 しかも早速こくって振られたなんて。

 女慣れしてる、が聞いて呆れるぞ。


 だけど──嵐山は割とイケメンだし明るく元気だから、モテるタイプなのに。

 コイツですら、伏見には振られるのか?


 恐るべし、伏見 京香っ!

 格が違うってことか。


 でもそれほどモテる伏見が、俺を好きだってことが不思議すぎる。

 ホントに俺のことを好きなんだろうか……?



「で、どうなんだ、勇介? お前はもう、伏見さんに惚れたか?」

「いや、嵐山。お前の今の話を聞いて、俺も惚れました……なんて言ったら、単なるバカだろ?」

「おおっ? その言い草は……やっぱり伏見さんに惚れたな!

「だから違うって!」

「あはは、そういうことにしといてやろう。なんてったって、俺は心の広い男だからな。無粋なツッコミはこれくらいにしといてやるよ」

「なんだよ、偉そうに」


 嵐山は、ふふーんとか言ってニヤついてる。俺の言うことを、信じてないなコイツ。


『まあお前も伏見さんに告って、振られろ振られろ! 俺だけが玉砕なんて、悔しすぎるからな』


 おいおい。お前の本音はそれか!

 こっちはちゃんとホログラムで、お前の本音が聞こえてるんだからな!


 どこが心の広い男なんだよっ!


「ん? どうした?」

「あ、いや……」


 うつむいてうどんをすする嵐山をじっと睨んでたら、俺の視線に気づいて顔を上げた。


 怪訝な顔をしてやがる。

 まあ今は、知らんふりをしとこう。


「いや、別に」

「そっか」


 伏見が俺を好きって思ってくれてるけど、他の男子に対してもおんなじなのか?


 いや……


 心の中が見えてるんだから、単なるあざとさじゃないことは確かだな、うん。


 ──っていうか、これまで見てきた伏見の心の中からすると、アイツは単なる天然だ。

 いや、はっきり言おう。

 ヤツはポンコツちゃんだ。


 だからたぶん、わざとじゃなくて、無意識のうちに誤解を受けてるんだろう。

 きっとそうだ。


 だけど、あんまり誤解を受けるような態度を取るのは良くないな。

 そのうち、酷い女だとか言われかねないぞ。


 注意してやるとか、なんとかしなきゃいけないな。



 その後は嵐山はまったく別の話をしだして、もう伏見の話題にはならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る