第11話:伏見京香は泣きそうな顔をしている

 俺が伏見の選んだ解答、2番は間違いだという説明をしたら、伏見は なんだか泣きそうな顔で、唇を結んでる。

 いったい、どうしたんだろう?



「そんなの……やだ」


 ──やだ?

 何を言ってんだコイツ。


 国語の問題なんて、ヤダとか嬉しいとかいうことじゃないだろ。


「だって……」


 伏見は無言で文章問題を見つめてる。

 何を考えてるんだコイツ?


 ──いや待てよ。

 今の俺は、伏見の気持ちが見えない。


 だけど想像するんだ。

 ここ数日、伏見の心中が丸見えだったじゃないか。


 だったら想像できるはずだ……





 ──そっか。

 そうだよな。


 コイツは、俺が親切にしたことを、ホントに大げさなくらい喜んでくれてた。


 伏見にとっちゃ、主人公の男の子は、ヒロインの女の子に対して、とことん優しくあって欲しいってことか。


「ああ、そっか。わかったよ伏見。お前の言う通りだ。俺も答えは、2番であるべき。そう思うよ」


 伏見はハッとしたような顔を俺に見せた。

 そしてふっと優しい笑顔を浮かべる。


 コイツがいつも心の中で企んでる、ツンデレの演技とかじゃない、ホントの笑顔って感じ。


 ──少なくとも、俺にはそう見えた。


 だから……

 ああ、めっちゃカワユイ!!


 伏見の笑顔が、サイコーに可愛い!

 やっぱ可愛い女の子の、心からの笑顔って最強だよな!


「じゃあ、もしも俺たちが先生に当てられたら、そういうふうに答えるぞ」

「うん」




 だけど、残念ながら、俺たちは先生に当てられなかった。

 他の生徒が当てられて、4番だと答えた。

 理由も俺が言ったのとまったく同じだ。


 そして教師はそれが正解だと言って、その答えを褒めそやした。


 伏見の横顔を見ると、憮然とした表情で教師を睨んでる。

 どうやら納得できないみたいだ。


「なあ伏見」


 伏見は前を向いたまま、チラッとだけ俺に視線を寄越して、冷たく返事する。


「なに?」

「受験の現代文は、そんなものだ。だから入試ではあれが正解だ」

「何が言いたいの?」

「でも俺は、伏見の答えの方が好きだ。言いたいのはそれだけ」


 伏見はハッとした顔を一瞬俺に向けて、また教師の方を向いた。

 顔が耳まで苺みたいに真っ赤だ。


 コイツはアホだから。

 きっと俺の言葉を『伏見が好きだ』なんて聞き間違えたんだろう。


 俺が言ったのは『伏見の答えの方が好き』だよ、バーカ。


 まあでも……

 相手の心がわからないって、こんなに苦しいもんなんだな。

 ついこの前までは、それが当たり前だったのに。



 顔を真っ赤にしてる伏見の心中。

 それはきっと……


『勇介君、すごーい! 私の気持ちがわかってるー! 大好きー!』


 ──きっとこうだよな。

 いや、こうであって欲しい。


 そんなことを考えながら見る伏見の横顔は、いつもよりも一層可愛く見えた。






 翌朝。体調はすっかり元に戻っていた。


 リビングに行ったら、母さんの横に、母さんのホログラムが見えた。


『もう、朝からホントに忙しいわーっ!』


 ちゃんと声も聞こえる。


 昨日ホログラムが見えなくなったのは、一時的なことらしい。

 体調が悪かったせいなのかも。


 よかった……

 ホッとした。





 登校して自分の席に座る。

 クールな表情で座ったままの隣の伏見。

 しかしその横に立つ、ホログラム伏見が──


『きゃーっ、おっはよーっ、勇介くーん! 今日もクールでカッコいいわー! そして人の気持ちがわかる優しい勇介くーん! 今日もヨロピクねー!』


 なんだよ、ヨロピクって。


 ちょっとウザいと思う時もあるけど、伏見のこのテンションを聞いて、またいつもの日常が戻ってきたような、そんな気がする。


 ──ああ、わかったよ伏見。

 こちらこそ、今日もヨロピクな。

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