第4話:伏見京香はお腹が痛い

 お昼を超えて、午後の授業になった。

 なぜか伏見のホログラムは無言でおとなしい。


 俺は授業に集中できていいのだけれど、どうしたのかとちょっと心配になる。


 実物の伏見は微動だにせずに、教師をガン見して授業を聞いてる。


 まったく微動だにしない。


 ……まだ微動だにしない。


 ……まだまだ微動だにしない。



 大丈夫か、伏見京香!?

 死んでやしないか!?


 チラッと横目でホログラム伏見を見た。

 こっくりこっくり、船を漕いでやがるっ!


 コイツ……目を開けたまま眠ってるな。


 おいおい、そんなだから、授業についていけないんだよ。


 どうしよう?

 起こしてやろうか?


 いや、このままの方が静かでいいな。

 でもコイツの成績が下がるのはかわいそうだし……


 うーん……

 やっぱり自分のことより、伏見のことを考えてやるべきだな。


「(おい、伏見)」


 教師に気づかれないように小声をかけたけど、伏見はまったく動かない。


 もう一度、二度と声をかけてみたが、やっぱり無反応。


 仕方ない。肩でも揺らすか。

 でも教師に気づかれないだろうか。


 どうしようかと思案して、チラチラと伏見を見た。


 ──ん?


 そう言えば今、伏見のホログラムは、ちょうど俺と伏見の席の間の通路に立ってる。


 ──と言うか、ふわふわと浮かんだ状態で、うつらうつらと眠ってる。


 ちょっと手を伸ばせば届く。

 これって……触れるのかな?


 俺は素朴な疑問に気づいた。

 そしてホログラムの伏見に向かってさっと手を伸ばす。


 ホログラム伏見の頭を撫でてみる。

 触った感触はない。

 だけど──


「ひゃん!」


 席に座ってる本物の伏見が、突然頭を手で押さえて、ぴょこんとお尻で飛び上がった。


 ホログラムにさわれる!

 ──って言うか、触った感触はないけど、触られた方は、それを感じ取るみたいだ!


 すげぇーぞ、このスキル。

 やっべぇぞ、この能力!


 伏見は誰に触られたのかと、周りをキョロキョロ見回してる。

 だけど誰もいないから、きょとんとしてる。


「おい伏見。キョロキョロするな。授業中だぞ」


 教師に気づかれるとヤバいから、そう言って伏見を牽制した。

 彼女はチラッとだけ俺を見て、何事もなかったかのように無表情のまま、また前を向く。


 ホログラム伏見は目をぱちくりさせてる。


『ふぇっ? はぁ……びっくらこいたぁー!』


 だからお前は、なんのキャラを真似てるんだ!?

 なんなんだ、その口調は?


『誰かに頭を撫で撫でされたような気がしたよ。気持ちいかったー もしも勇介君がこんな感じに頭撫で撫でしてくれたら、私溶けちゃうー! むふふ』


 だから頭を撫でたの、俺だよ。

 気づいてないだろうけど。



 その後は伏見もがんばって授業を聞いてる。

 時々ペンを走らせてるし、眠ってはいない。


 だけど眠いのだろう。

 ホログラムの方は時々『ふぁ〜』とあくびをしてる。


 でもその分ホログラム伏見も割と静かで、俺は勉強に集中できるから良かった。




 だけどその平安も、長くは続かなかった。


 その日最後の授業が、あと15分で終わろうという頃になって、それまで大人しかったホログラム伏見が唸り声を上げ始めた。


『うーん……ぐぅぅ……むむむ……』


 なんだ?

 どうした?


『お腹が……痛い……』


 腹痛か。

 大丈夫か?


 実物の伏見は、微動だにせずに教師を見つめてる。

 だけどその横顔から、こめかみがピクピク動いているのがわかる。


 薄っすらと汗も滲んでる。

 冷や汗か?


『う……うんち、したいっ……』


 トイレ行けよーっ!


『あと15分……が、我慢だ……』


 そっか。

 我慢するのか。


 まあ授業中にトイレ行くのって、勇気がいるもんな……


 ──がんばれ伏見!




 それからしばらく伏見はがんばって我慢をしてたけど。

 5分ほどして、ホログラムの声が大きくなり始めた。


『あああああぁぁぁ…… おおおおぉぉぉぉ……も……漏れそう……』


 やっぱトイレ行けよ!

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