第3話:伏見京香はわからない

 授業に集中するように注意したら、伏見はしばらくは教師の話に耳を傾けていた。


 だけど少し時間が経って、練習問題を10問、各自で解くように先生から指示が出ると……

 今度は小声でボソボソと喋りだした。


 あ、喋ってるのはホログラムの方。

 声がちょっとこもってるからすぐわかる。

 本物の伏見は口を真一文字に結んで、無言で問題に取り組んでる。


『うーむ……えーっと……ふーむ……ひえーん、わきゃらない……』


 ──ええいっ、うるさい!

 こんな基礎的な問題を、東大の入試のように取り組むな!


『ああーん……もしも答えなさいって当てられたらどうしよう。ふぇーん……全然わかんないから恥ずすぎるー これは……私の高校生活、おわた』


 いやいや!

 諦めるの早すぎだろっ!


『隣で勇介君はスラスラ答えを書いてるし。やっぱり凄いなぁー それに比べて私なんか……クソだ』


 伏見はお手上げ状態みたいだな。

 ちょっとかわいそうになってきた。

 それにしても、美人女子高生が『クソ』とか言うな!


「あの……伏見さん? この問題わかる?」


 伏見はゆっくりとこちらに顔を向けた。

 そして口角を少し上げて、ふっと鼻から息を吐いた。


「なにが? 当たり前でしょ。朝日が東から昇るくらい当たり前」


 なーにーがー?

 何が当たり前だって?


 せっかく助け船を出してやろうと思ったのに。

 もう、教えてやらん!


東雲しののめ君。わからないから教えて欲しいの?」


 おいおーい、伏見さんよ。

 もしも俺が、「はいそうです」と言って教えを乞うたら、君はどう対処するつもりだ?


「いや、そうじゃない。俺はトイレに行きたいんだ」

「何をわけのわからないことを言ってるのかしら、東雲しののめ君は」


 伏見は──もちろん本物の方の伏見は──呆れた顔をして、また前を向いてしまった。


「あ、先生! すいません。俺、トイレに行ってきます」


 早く帰って来いよ、という教師の言葉を受けて、俺はトイレに行った。






 教室に戻ってきて席に座る際に、伏見の机の上を何気なく見る。

 練習問題の解答は10問とも、ちゃんと彼女のノートに記入されてる。


 よしよし。

 俺がトイレに行ってる間に、伏見はちゃんと答えを書いたな。


 ──俺のノートの答え、そのままに。


 俺はとっくに全問解答し終わったノートを、伏見から見やすい位置に開いて置いて、トイレに行った。


 目論見どおり、彼女はそれを書き写したようだ。



「じゃあそろそろ、答えてもらおうか」


 教師が1問目から順番に、一人ずつ生徒を当てて、答えを言わせる。


 最後の10問目にまで来た時に、教師はこう言った。


「この10問目は特に難しかったろう。これは難易度高いぞー しかも引っ掛けまで入ってる。これは……伏見、答えろ」


 数学教師がニヤリと笑って、伏見を指名した。

 彼女は「はい」とクールに答えて起立する。そしてノートを見ながら、スラスラと答えを発表した。


 教師はそれを聞いて、感心した声を上げる。


「おお、よくわかったな! 完璧な正解だ! 凄いぞ伏見!」


 伏見は、さも当然といったクールな表情のまま着席する。


 教室内が俄かにざわめいた。


「おおっ、すげーな伏見さん」

「美人な上に、頭までいいのかよ」

「スーパー美少女だなっ!」


 伏見はみんなの声が聞こえてるのか聞こえてないのか、まったく表情を変えない。


 だけど横に立つホログラム伏見が、急にガッツポーズをして、はしゃいだ声を出した。


 よっしゃーっ! やったよ! みんなが絶賛!! まあ勇介君のノートのおかげだけどねー おほほー』


 ──って、みんなの声をめちゃくちゃ、ちゃんと聞いてるじゃんか!


 いやいや、それ、自分の解答じゃないでしょ!

 それなのに、なんで君はガッツポーズまでしてる?


 俺なら恥ずかしくてできない。


『でも勇介君って、ホント凄いなぁー 先生が解答を完璧だって絶賛してるし。やっぱり勇介君カッコいいよ! サイコー!』


 ホログラム伏見がポーッと火照った顔で、俺を見つめてる。


 いやいや、それほどでも。あはは。


 ──って、俺も単純だな。


 これだけ可愛い子にこんな憧れの目で見つめられたら、無邪気に喜んでる姿も許してしまう。




 この日の授業は、二時間目も三時間目も、午前中はずっとこんな感じで過ぎていった。

 うーん……あんまり授業に集中できない。

 可愛いのはいいんだけど、この授業に集中できない状況だけは、なんとかしたい。


 俺はちょっと、小さくため息をついた。

 ずっとこんな調子が……続くんだろうか?

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