短編 in2020
宇曽井 誠
生首
宮廷魔術師のメタナールの部屋には生首がある。といってもそのままあるのではない。曇り一つない瓶に入れられて、飾ってあるのだ。私がそれを見たのは偶然だった。彼女に所用があり、部屋を訪ねた。そして、細く開かれた扉の向こうに金髪の首を見た。
一瞬だったので本当に生首なのかは分からないが、それでも自分は信じている。
あれは我が王が滅ぼした国、北の王国の王子の首だ。
メタナールには怪しい噂が数多にあった。部屋に生首がある、夜な夜な人体実験をしている、悪魔と契約している、王を操っている等々。
そも、出自も怪しい。平民の出だというが、それにしては教養がありすぎる。貴族でも知らないような事、魔術の根本ついて詳しすぎる。魔術があまりにも達者すぎる。唯一考えられるのは王家の血を引いている事、だがしかし、我らの王とは似ても似つかぬ顔をしている。髪の色も目の色も、肌も体格も全然違う。だから、その考えも否定されてしまう。
彼女はどうあがいても怪しいままだ。それでも、メタナールは宮廷魔術師として登用され続けている。北の王国を滅ぼす際に王を手助けしたからだ。
戦場で彼女は軍師として、一兵として働き、生き残った。そして、一人奇襲をかけてきた王子を殺した、そうだ。私は現場にいなかったから知らない。いや、誰も現場にいなかった。彼女一人のところを王子は狙ったのだ。
その王子の首が、メタナールの部屋にある。なぜかは分からない。
彼女はどうあがいても怪しいままだ。
「メタナールは王の師だったという」
そういう話を聞いたのは真夜中だった。
人のいなくなった研究室。生きているのは自分と相手、トーリクだけ、聞こえるのは研究結果の写しをとるペンの音のみ。そんな空間で、そう呟かれた。
「二十年前の政変で王は行方不明になられた。それから我々の前に出るまでに五年の空白期間があるだろう? その間に王はメタナールと出会い、師弟となったらしい」
「師弟といったって、何の師弟だ? 王は魔術師ではないし、メタナールは帝王学を知っている訳ではないだろう」
「人生の師、らしい。……先日の酒宴で王自らが言われた。あの人といると強くなれる、と」
トーリクの手が止まる。
ややあって、言葉が聞こえた。
「……だから。これ以上メタナールを調べるのはやめた方が良い」
私の手も止まる。どんな表情を浮かべているかは分からないが、おそらく驚愕だ。何とも言えぬ感情のまま、走り書きのメモに近い研究結果を睨んでいた。
深呼吸をして、顔を上げる。トーリクの緑の目が私を見つめていた。
「もう、お前くらいだよ。あの魔術師を疑ってるのは」
「……信じられないんだ。あの女といると生きた心地がしない」
「それでも、やめた方が良い」
「なぜ」
「なぜって、理由がないといけないのか?」
「ああ、いけないとも。感情論で語れば、事象の真の姿は見えないからな」
「だが!」
ガタリ、と立ち上がり、そのままトーリクは止まった。よく見れば目は私の向こう、出入り口を向いている。
振り返るとメタナールが立っていた。普段通り陰気な顔をした、死を体現したような女だ。黒曜石の瞳は北の王子の亡霊でも見ているのか、私もトーリクも映っていなかった。
「邪魔をしてしまったようだな」
陰気な声が言う。
立ち去ろうとするメタナールを呼び止めたのは、なぜだろうか。しかし疑問に思っても仕方ない。してしまった事は、起きた事はどうしようもない。
トーリクが私を止めようとしているのが見えた。
「__あなたの部屋にある首は、なんなんですか」
「良き友人。それ以上でもそれ以下でもないよ」
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