第3話 ケツもちと交易

エジンバラ王国 王城

女王ビクトリアは、軍を統括する将軍から報告を受けていた。

「陛下。こちらが本年度の軍の予算でございます」

予算案を受け取った女王は、違和感に気づく。

「なんじゃ?この魔皮紙は。つるつるしておるのぉ」

「恐れながら申しあげます。これは魔物の皮から作った紙ではございません。木や草から作った樹皮紙と申すものでございます」

年老いた大将軍は、慇懃に答えた。

「ほう。木から紙ができるのか」

「はっ。軍ではすべての書類を樹皮紙に切り替えました。こちらのほうが軽く、書きやすい上に入手しやすいからでございます」

渡された予算案を見ると、紙にかかる予算は今までと同じものだったが、項目は「樹皮紙」に書き換えられていた。

「これはよいものじゃの。どこの領地で作っておるのじゃ」

「はっ。ヴァルハラ男爵家でございます」

それを聞いた女王は、ふっと微笑んだ。

「あの聖女の血を引く一族か。両親が早死にしたと聞いて心配しておったが。新たな紙を発明するとは、なかなか天晴れじゃの。これは褒めてやらねばなるまい」

女王はそういうと、ヴァルハラ家に対して手紙を書いた。


数日後、伝書鳩で手紙が届く。

「サクセス!女王様からのお褒めの手紙よ。よくやったわ!」

エリザベスは喜んでいるが、サクセスは少し警戒していた。

「どれどれ。ちょっと読ませろ。えっと……『新しい紙を発明したことを褒めて取らす。これからも忠誠を尽くすように』か。困ったな。ケツもちは軍だけでよかったんだか、女王にまで話が行ってしまったか」

手紙を持ったまま難しい顔をする彼をみて、エリザベスは首をかしげた。

「何よ。名誉なことじゃない。何が不満なの?」

「忠誠を求められているわけだ。これは言外に『紙を献上しろ』といわれているも同然なんだよ。売るのはいいけど、ただで巻きあげられるのはごめんだ」

サクセスは頭を抱えて困り果てている。

「いいじゃない。王国に忠誠を尽くすのは貴族の義務よ」

「俺は貴族じゃない。御用商人だ。見返りがない無料奉仕なんてするつもりはないさ」

頑なに拒否するサクセスに、エリザベスはあきれてしまった。

「まったく、あなたってお金にがめついわね……あたっ!」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

サクセスはエリザベスにチョップすると、腹を決める。

「ええい。仕方ない。だけど、できるだけの見返りを引き出すぞ。いいか、俺が使者になるからな」

「は、はい。おまかせします」

その迫力に押されて、エリザベスは思わず頷くのだった。


王城に、ヴァルハラ領からの馬車がやってくる。

「女王陛下への献上物を持参しました」

緊張した様子の商人は、手紙と共に箱を差し出す。

さっそく城に招き入れられ、女王との謁見が開始された。

「ヴァルハラ領御用商人、ゴールドマンとやら。苦しゅうない。面をあげい」

「は、ははっ」

平伏していたサクセスは体を起こす。

「この箱が、ワラワへの献上物か?」

「は、はい」

そばに控えていた衛士が箱を開く。

その箱から、真っ白い紙が出てきた。

「ほう。軍に卸しておる茶色い紙とは違うようじゃの……ここまで美しい白い紙は見たことがない」

「それは貴重な白鷲の羽根を織り込んだ特別製の紙で、ほんのわずかしか生産できないものでございます」

サクセスはそういうが、実は嘘で茶色の樹皮紙を白スライムで漂白しただけのものである。

しかし、女王は貴重な紙と聞いて機嫌よく頷いた。

「それでは、毎年白い紙を献上するがよい」

「はっ。では、陛下のお墨付が得られたということで、その紙の名前を賜りたく存じます」

サクセスはさりげなくそう要求した。

「名前とな?」

「ははっ。何せ名前もついていない紙でございますので」

それを聞いて、女王はふっと笑う。

「よかろう。ではこの白い紙を『貴公紙(ロイヤルペーパー)』と名づけよう」

「ありがとうございます。今後はその名前で商売に励まさせていただきます。陛下が名付け親となったこの紙を、粗略には扱わないことを誓います」

「好きにするがよい」

女王は鷹揚に頷く。サクセスは深く頭を下げるが、心の中ではほっとしていた。

(くくく。女王に名前をつけてもらうことで、独占的に取り扱うという許可をもらった。これで白い紙を一定量献上するだけで紙市場を独占することができるな)

サクセスが仕掛けたのは、紙のブランド化である。

名前を女王につけてもらうことで、ブランド価値がつく。こうして女王が関わっていることを示せば、他の商人たちが取り扱うことができなくなるだろう。

「ヴァルハラ領の忠誠、見せてもらった。今後も励むがよい」

こうして女王との謁見をおえるのだった。


エラン砦には、紙商人たちが押し寄せていた。

「司令官閣下、今後は私たちから紙を購入しないとおっしゃるのですか。なぜ?」

必死な顔をしてつめよるが、司令官は冷たかった。

「貴様たちより高品質の紙が手に入るようになったからだ。また、今後は魔物の皮の販売も、皮商人たちに向けてすることにする。そちらの方が買い取り価格が高いのでな」

それを聞いて、紙商人たちは絶望する。魔皮紙を買い取ってもらえなくなる上に、原料の仕入れまでできなくなってしまうからだ。

「そんな!私たちに破産しろとおっしゃるのですか?」

魔皮紙ギルドの長、オールドが悲痛な顔になる。

「知らぬ。商売に競争はつきものであろう」

どれだけ哀願しても相手にされないので、オールドはついにキックバックの交渉に乗り出した。

「で、では、今まで売り上げ額3%の寄付だったのを、5%に上げさせていただきますから」

それを聞いて、司令官は哀れんだ顔になった。

「哀れだな。そんなことに血道をあげるより、紙の品質向上を怠った自分たちの不明を反省するがいい。話は終わりだ」

紙商人たちは問答無用で追い出される。

「くそっ!いったいどこの商人が俺たちの商売に手を突っ込んだんだ!」

「長年築いた軍との取引を横取りするとは、見つけたら絶対につぶしてやる」

オールドたちは必死で新しい紙の出所をさぐる。多額の賄賂を軍の役人にばらまき、ようやくその出所を探り当てた。

「新しい紙の出所は、ヴァルハラ男爵家なのか!」

商人たちは、団体でヴァルハラ領に押し寄せるのだった。


ヴァルハラ領

「王都から商人たちがやってきました」

護衛騎士のエレルがそう報告すると、エリザベスはうれしそうな顔になった。

「へえ。商売に来てくれたんだ。やった。これでこの領も少しは豊かになるかな。丁重に案内して……あたっ!」

隣にいたサクセスのチョップが脳天に決まる。

「どうしてお前はそんなに能天気なんだ」

「え?でも、今まで商人さんたちはこの領をほとんど無視していたでしょ?わざわざ来てくれたってことは、交易にきてくれたんじゃないの?」

怒られたエリザベスは不思議そうな顔をしている。

「違う。軍との取引を切られた紙商人たちが、難癖でもつけにきたんだ。あわよくば、紙の技術を横取りしようとしているんだろう」

それを聞いて、エリザベスは困った顔になった。

「そ、そんな。どうすればいいの?」

「いいから俺に任せておけ。お前は絶対に出てくるなよ」

そう釘を刺して、サクセスは応接室に向かう。

そこには10人以上の商人がいて、殺気立った雰囲気が漂っていた。

「ヴァルハラ領御用商人、サクセス・ゴールドマンです。わざわざ呼ばれもしないのに押し掛けてきて、何の御用ですかな」

紙商人たちは、出てきたのが年若い小僧だったので最初から高圧的に接してきた。

「われわれは、王都の紙商人たちで構成している魔皮紙ギルドのものたちだ。ヴァルハラ女男爵に会いたい」

「残念ですが、わが主人は『聖女』の異名を持つ貴人。商売といった俗なことは、家宰である私にすべて一任されています」

サクセスと名乗った少年は、若い年齢に似合わない堂々とした態度で言い放った。

「なら貴様に聞く。誰の許可を取って紙の商売に手を出した!」

「王都での商売は、まずわがギルドに属して加盟料と月会費を払った上で、ギルドが決めた商売先に卸すのが決まりだ!」

魔皮紙ギルドの会員たちは、自分たちが勝手に決めたルールを守らないと非難する。サクセスはそれを黙って聞いていた。

散々罵倒を続けたが、彼が相手にしないので言葉が続かなくなる。

「どうした。黙っていないで何か言ってみろ」

「まあ、辺境の田舎小僧に商売のルールを守れというのは無理かもな」

「仕方がない。我々が礼儀知らずの小僧に教えてやろう。とりあえず、新しい紙の技術を提供しろ。そうしたら、辺境での商売を許してやらんでもない」

挙句の果てには無償で技術をよこせと要求してくる。サクセスは冷たく笑うと、その要求を拒否した。

「言いたいことはそれだけですかな?ご苦労様でした。それではお帰りください」

席を立とうとしたサクセスを、商人たちは脅しつけた。

「なんだと!貴様がそんな態度をとるならこっちにも考えがあるぞ。大臣に直訴して、この領を召し上げさせて……」

そこまで言った所で、サクセスが手を上げて制する。

「それ以上の発言はしないほうがよろしいでしょう。これが何か分かりますか?」

そういって取り出したのは、ヴィクトリア女王の紋章が入った勅許証だった。

「そ。それは!」

「ごらんのとおり、すでに陛下の勅許はいただいております」

そういわれたギルドの会員たちは、真っ青になって震える。

「くっ。だ、だが、ギルドは長年紙市場を支えてきた……」

「魔皮紙ギルドとは、女王陛下の権威を否定できるほどすばらしいものなのですかな」

サクセスはお茶を飲むと、とどめの一言を放った。

「ギルドの許可など必要ありませんな。そもそも何を買って何を買わないかなど、購入者が決めるもの。すでに役所や軍はわが紙を取り扱うことを決定しました。あなた方が何をしようが、それは覆せません」

それを聞いたほとんどの商人は、絶望して項垂れる。しかし、ギルド長オールドは往生際が悪かった。

「図にのるなよ小僧。わがギルドは王都のほかの商品を扱うギルドとも良好な関係を築いているんだ。もしワシらに従わないと、ヴァルハラ領と取引している商人に命じて取引を中止して……」

「ふっ。はははは」

それを聞いたサクセスは思わず笑ってしまう。

「小僧!何がおかしい!」

「これが笑わずにいられますか。あなた方を含めた王都商人たちはわが領を無視していたではありませんか。ヴァルハラ領はもともと貨幣経済が浸透しておらず、貧しいながらも自給自足で賄っております。あなた方の圧力など痛くも痒くもありませんよ」

それを聞いて、オールドは悔しそうに歯軋りした。

「まあ、あなた方の身の振り方をよく考えておくのですな。これ以上言いたいことがあるのなら、個別に時間をとりましょう。今日のところはお引き取りください」

サクセスはそういって商人たちを追い出す。オールドたちは悔しそうに退席していった。

彼らがいなくなると、隣の部屋から不安そうなエリザベスが出てくる。

「あれでよかったの?商人たちを怒らせちゃったみたいだけど」

「問題ない。才能ある商人なら、俺の言葉の中にあるいくつかのキーワードを読み取って、それなりの対応をするはずだ」

サクセスはエリザベスを安心させるように告げるのだった。


数日後、何人かの紙商人がやってくる。

彼らはこの間とうって変わって低姿勢だった。

「ゴールドマン殿。ヴァルハラ女男爵にお取次ぎください」

彼らは次々に贈り物を差し出す。それらは服や医薬品、砂糖・武器などなかなかヴァルハラ領では手に入らない貴重品ばかりだった。

「ふふ、これはどういった意味ですかな?」

「この数日、ヴァルハラ領で足りない物を調べておりました。今後は他のギルドと連携して、王都からこれらの品物を運ばせようと思います」

商人たちは、今まで辺境すぎて半ば孤立していたヴァルハラ領を交易ルートに乗せると約束してくる。それこそサクセスの狙い通りだった。

「なるほど。しかし魔皮紙ギルドはよろしいのですか?」

「どの道、魔皮紙ギルドはおしまいです。私たちはゴールドマン様を中心とした新たなギルドを設立したいと思います。これは出資金です。これからよろしくお願いします」

商人たちは、金貨1000枚をサクセスに向けて差し出した。

サクセスはニヤリと笑って受け取ると、彼らに宣言する。

「王家や上級貴族に納めている、白くて上品な『貴公紙』は陛下のお墨付きがあるので分けることはできませんが、それ以外の紙ならお譲りしましょう」

そういって、茶色の紙と灰色の紙を渡した。

「木から作れる茶色の紙が『樹皮紙』です。丈夫なので下級貴族や商会などが喜んで購入するでしょう。灰色の紙が麦の藁から作られる『藁皮紙』です。こちらは少々もろくて破れやすいのですが、安価でつくれるので庶民向けに売れるでしょう。どちらも我々で製造できますので、いくらでも注文を受け付けます」

それを聞いて商人たちは喜ぶ。上級貴族や軍に向けた紙商売は成り立たなくなったが、市場を他の商会や庶民にまで広げることで、なんとか生き残れそうだったからである。サクセスは紙自体を品質により差別化することで、社会のあらゆる階級をターゲットにしようとしていた。

「ありがとうございます」

商人たちは紙を仕入れて帰っていく。こうしてサクセスは国の紙市場を独占することになるのだった。

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