第2話 紙の製造と販売
「さて……まずは何をするにも金が必要だな。税収をあげる必要がある」
「そんなの絶対だめよ!民から重税をしぼりあげるなんて!」
エリザベスが騒ぎ出すので、サクセスは再び脳天にチョップを食らわせた。
「いたっ!」
「馬鹿かお前は。金を持ってない奴らからどうやって重税をしぼりあげるんだ」
彼の言うとおり、ヴァルハラ領の民衆は貧しい。というより、王都から遠く離れて交通の便がよくない上に特産物がないこの土地では、貨幣経済自体があまり浸透していなかった。
庶民の間では、未だに物々交換が交易の大きなウェイトを占めている。金を使える大きな商店はサクセスのゴールドマン商会のみという有様で、町でもあまり金はつかわれてなかった。
当然ながら、他から流れてきた難民が金を持っているわけがない。
「搾取するなら労働力だろ」
そういって、サクセスは暗い笑みを浮かべる。
「ろ、労働力?みんなに何をさせるつもりなの?」
「俺もいろいろ考えて、ようやく金になるものを見つけた。ついてこい」
サクセスにつれられて、町の東を流れるレーテ川に行く。満々と清らかな水をたたえる大河の側には、多くの木が生い茂っていた。
「お金になるものって?」
「これさ」
サクセスは近くに生えている大きな木に手を触れる。少し押しただけで簡単に折れ曲がり、大きな音を立てて倒れた。
「それって『樹草』?そんなものが売れるの?脆すぎて建材としては使えないわよ」
エリザベスの言うことは正しい。川に沿って生えている木は、実は草の一種で、中身が空洞で非常にもろい。少し触っただけで崩れるので、何の役にも立たないものだとされていた。
「そんな脆くてすぐ倒れる木が、どうしてこんなに高くなるか考えたことがあるか?ほら、見てみろ」
サクセスは倒れた木の幹を指差す。中から白いスライムが這い出してきた。
「それって糊スライム?」
「そうだ。こいつらは『樹草』の中に巣をつくり、その体液は糊のように接着効果がある。それが補強するおかげで木が立っていられるというわけさ」
「それは分かったけど、どうするの?」
エリザベスは首をかしげる。
「すぐにわかるさ。転生者の俺を信じろ」
「はあ……またホラ話?」
エリザベスはちょっと呆れた顔になる。昔からサクセスは「俺は前世では日本という進んだ世界に生きていて……」と意味の分からない話をするのだ。そのせいで、生前の領主やサクセスの両親から腫れ物扱いされていた。
まともに相手してくれるのは幼馴染の彼女だけだったのである。
「まあいい。すぐに分かるさ」
「いいわ。とりあえずやってみて」
ちょっと笑って、彼に全権を委ねることにするのだった。
次の日
炊き出しに並んだ貧民や流民たちの前に、メガネをした陰険そう
な少年がたつ。彼は特に北の炎竜の国から流れてきた流民たちに注目していた
(『鑑定』開始。えっと……奴らの元の職業は……。『大工』『職人』その他か。やはり商工業者が多いな)
北の国では戦争に加えて寒波による飢饉の影響により、経済破綻した職人が多くヴァルハラ領に流れてきている。ここに来るまでに持っていた金を使い切ってしまったので、王都までいけずに足止めされている者もおおかった。
「よし。奴らに声をかけて」
サクセスは他の者たちに気づかれないよう、彼らが食べ物をもらって列を離れた時に声をかける。
「少し話があるんだが、いいか?頼みたい仕事があるんだが」
「仕事?」
それを聞いて、安易な乞食生活に慣れきっていた彼らの目に少し光が戻る。
「そうだ。俺はヴァルハラ領家宰ゴールドマンだ。お前たちの中から従業員を募集したい」
「従業員って……俺たちみたいなよそ者に、そんなうまい話があるわけない」
従業員と聞いて少し興味を示したものの、ここにくるまで散々苦渋をなめてきた彼らは信じなかった。
「それに、今のままでも食べることぐらいはできるし……」
そんな彼らに、サクセスは脅しをかける。
「お前たち、哀れだな。いつまでも飯を恵んでもらえるとでも思っているのか?」
「えっ?」
それを聞いた流民たちは真っ青になる。
「ヴァルハラ家の聖女がいくら心優しいといっても限界はある。お前たちみたいな無駄飯ぐらいにいつまでも施しが与えれるとおもっているのか?見捨てられたらどうする気なんだ。暴動でも起こすのか?」
「……」
そういわれて、流民たちは目をそらす。
「仮にそうした時、恩を仇で返そうとするお前たちに町の人間が味方するわけがない。すぐに鎮圧されて追放されるぞ。町を追い出されたら、餓死するか魔物の餌になるかだな」
それを聞いた流民たちは、ガタガタと震えだした。
「今なら俺が雇ってやる。正当な仕事をするなら生活の面倒を見てやる。よく考えろ」
「……わかりました。なんでもします」
こうして、技術を持つ職人たちはサクセスの下に集まるのだった。
ヴァルハラ家 執務室
「レーテ川沿いに技術村を作ったぞ。そこでできたサンプルがこれだ」
サクセスが差し出したのは、茶色の薄い紙だった。
「え?これって魔皮紙じゃないよね。手触りが違うわ」
この世界では、ハンターが狩った魔物の皮を乾燥させてつくった紙が使われている。当然ながら高価で、貴族や富裕な商人しか使うことができなかった。
「原料は『樹草』と『木』だ」
「え?樹からどうやって作ったの?」
エリザベスは目を丸くしている。
「今から視察に行くが、お前も来るか?」
「うん」
こうして、二人は新たにできた村に赴く。ヴァルハラ町の東レーテ川に沿って作られた村では、何台もの水車が稼動していた。
「これはお坊ちゃま。ご領主様。ようこそいらっしゃいました」
ほっそりとしたエルフの男性が、笑顔で迎えてくる。
「村長、紙作りは順調みたいだな」
「おかげさまで。やりがいのある仕事を与えてくださいましたお坊ちゃまに感謝いたします」
村長はそういって、深く頭を下げた。
村では多くの男女が働いている。彼らはせっせと周囲の樹草を刈り取り、水車がある小屋に運んでいた。
「どうやって紙を作っているの?」
「まず、刈り取った樹草や木屑を細かく砕く」
小屋の中では、重そうな石でできた杵が水車の動きに連動して上下している。それによって砕かれた木片は、その下に設置させている臼に自動で落ちるようになっており、製粉されていた。
「この木や草でできた細かいチップを『パルプ』という。これを捕まえてきた糊スライムと一緒に大釜で煮る」
大量の木片とスライムが茹でられると、やがて茶色の柔らかい塊ができた。
そうしてできた塊を、四角い枠に入れて形を整え、水車に連動しているベルトコンベアーに乗せる。その先には回転する石製のローラーがいくつも並んでおり、その間を通り抜けることでどんどん薄くなっていった。
「あとは、太陽の光で乾かせば完成だ」
流れ作業で仕事をしているので、効率よく大量に紙を作ることができていた。
「すごいすごい。早速商人を呼んで売りましょう」
そう喜ぶエリザベスの脳天に、サクセスはチョップを食らわせた。
「いたっ!」
「馬鹿かお前は。根回しもせずにそんな事したら、欲深い商人たちに技術を盗まれるぞ。最悪、国の高官に賄賂を送られて、形だけ昇進の名目で領地替えを命じられるかも知れんぞ。能天気もいい加減にしろ」
「うう……いたい……」
エリザベスは涙目でにらむが、サクセスは平然としている。
「それじゃ、どうするの?」
「商人に紙を卸すのは、強力なケツもちを手に入れてからだ。いいか、お前にも協力してもらうからな。駄聖女」
「ふええん」
エリザベスは涙目になりながらも、しぶしぶ協力を約束するのだった。
サクセスとエリザベス、それと護衛騎士のエレルは、魔の森を抜けた所にある、エラン砦にやってきていた。
ここは魔の森のモンスターたちが王都周辺地域に侵入しないように、軍隊が駐留している。
「はあ、はあ。ようやく魔の森を抜けました。死ぬかと思いました」
エラン砦に到着した時、護衛騎士エレンは傷だらけだった。
「エレン姉様。いつも私を守ってくれてありがとう。ヒール」
エリザベスは、そんなエレンを気遣って治療魔法をかける。
「あ、ありがとうございます。私なんか治療していただいて……」
「いえ。姉様にはいつもすまないと思っているわ。まともに俸給も払えないせいで、他の家臣たちはみな逃げ出してしまったのに、あなただけは残っていただけて……」
「エリザベス様……私はお金なんていりません」
二人は涙ぐみながら抱き合う。
しかし、そこに冷たい声が掛かった。
「はいはい。そういうのは良いから。さっさと行くぞ」
二人を無理やり引き剥がしたのは、サクセスだった。
「あら、もしかして妬いているの?」
エリザベスが少しうれしそうになったが、サクセスは冷たく首を振る。
「そんな訳があるか。だが、戦えるのがエレンさんだけってのも問題だな。難民たちの中から戦えそうな奴を集めて、安くこき使える兵士を作るしかないか……」
サクセスはメガネをくいっとしながら、何事かつぶやいている。
「また何かろくでもないことを考えているみたいですよ」
「民に迷惑が掛からなければいいんだけど……」
そんな彼を見て、二人はひそひそとささやき合う。三人は砦の中に入っていった。
「これはこれは聖女様。本日はわが部隊にどのような御用でしょうか?」
エリザベスたちを迎えたのは、エラン砦の司令官である。有能だが軍隊内の出世競争に敗れ、この辺境の最前線にまで左遷されてきた人物だった。
「あなた方が体を張って魔物たちから民を守ってくださっているおかげで、私たちヴァルハラ男爵領の者たちが安心して暮らせています。今日は、そのお礼として傷ついた方々を治療しに参りました」
エリザベスは聖女らしく、慈悲深い顔をして礼をした。
それを聞いて、司令官は警戒する顔になる。
「そ、それはありがたいのですが、その、当部隊は予算が厳しく、お支払いするお布施がとぼしく……」
「い、いえ、お布施など不要ですわ」
それを聞いて、司令官はほっとした顔になった。
「ありがとうございます。魔物によって傷ついた兵士たちは、聖女様に感謝するでしょう。治療室にお連れしろ」
エリザベスとエレンは兵士たちに案内されて退出し、残ったのは司令官とサクセスのみになった。
二人がいなくなったら、司令官の表情が変わる。
「……それで、本当の目的は何かね?御用商人が一緒に来たということは、何か商談があるのだろう?」
「さすがは司令官閣下。お話が早い」
サクセスはメイドが入れたお茶を飲み干すと、真剣な顔になる。
「このエラン砦の役目は、もちろん王都近辺地域の防衛もありますが、一番の目的は魔物の素材ですね」
「ああ。肉や爪、骨にいたるまで、貴重な資源になるからな。兵士たちが狩った魔物を王都に運んでオークションにかけ、軍の予算の一部にしておる」
「その中でも一番高く売れるのは、皮ですね。紙の原料として。しかし、その一方で服の素材にもなるので、なかなか必要な紙が確保できない。その結果、紙の販売価格が高くなり、軍を含めたすべての国の部門で、書類が不足しているのではありませんか」
サクセスの指摘に、司令官は頷く。
「そのとおりだ。軍の予算のかなりの割合が、魔皮紙購入に使われておるが、到底足りはしない。だからますます魔物を倒して皮を送れと催促されておる。我々が命がけで狩った魔物の皮を安値で売り、高値で買い戻しているようなものだ」
司令官は不快そうにはき捨てる。魔物皮を紙に加工する技術は紙商人しかもってないので仕方ないとはいえ、あまりいい気持ちはしなかった。
それでも、お役所仕事に書類は必要である。日々の日誌からちょっとした連絡のための手紙まで、紙が無いとなにもできない。
「わざわざ指摘するということは、何か提案があるのかね?」
司令官がそう水を向けると、サクセスは持ってきた袋から包みを取り出した。
「ご確認ください。木から作り出した『樹皮紙』です」
司令官が包みを開けると、茶色の薄い紙が出てきた。
「ほう。木から紙ができるのかね?」
「ええ。詳細は秘密ですが、魔物を狩って皮を加工するより、はるかに簡単に作れます」
ペンにインクを浸して文字を書くと、ザラザラとした魔皮紙よりはるかに滑らかで書きやすかった。
「この商品が優れているのは認めよう。だが、軍の予算は限られておる。あまり高い値をつけるようでは……」
「ご安心ください。現在購入されている魔皮紙と同金額で卸させていただきます」
それを聞いて、司令官は目をパチクリとさせた。
「よいのか?明らかに品質に優れているものを同程度の値で提供するなど」
「我々の提供する紙は、魔物由来の物よりはるかに低コストで大量に製造できます。もっと安い値で卸すことも可能ですが」
サクセスはそこでいったん言葉を切って、意味ありげな表情を作る。
「せっかく獲得した紙購入のための予算が来期から縮小されるのも好ましくないでしょうから」
「……ほう、若いのに、軍内部の事情にも詳しいのか」
司令官はニヤリと笑う。軍を含めた役人の内部政治において、予算獲得は重要なウェイトを占めている。効率化を進めて備品購入費を節約させてもたいした手柄にはならず、むしろ来年からその分だけ予算が削られて自分の首を絞めかねない。
「だが、今現在魔皮紙を軍に卸している紙商人たちからは反発されるだろう。はてさて、どうしたものかな……?」
何かを期待した目を向けられると、サクセスはゆっくり頷いた。
「司令官閣下にはご迷惑をおかけいたします。その分は、私から軍への寄付という形でお返しさせていただきましょう。10%でいかかでしょうか」
サクセスが暗にキックバックをほのめかすと、司令官は笑顔で頷いた。
「……君は大人の交渉ができるようだな」
「世間知らずの聖女様の面倒を見ないといけないので。司令官様もご理解いただけると思います。組織を維持するには、綺麗ごとだけではすまないと」
「それが早くわかっていたなら、私もこんな所に左遷されることはなかったのだがな……」
司令官はため息をつく。実は、彼がこの辺境の地に左遷されてきたのは、軍内部に存在する商人との癒着-寄付を名目としたキックバックを厳しく非難したため、上層部に疎まれたのである。
しかし、皮肉にも半ば独立した部隊を率いることになってから、組織を維持するには帳簿には載せられない取引も必要悪として容認しないといけないことがわかってきた。
兵士の医療費・激しい戦いで消耗する武器の修繕費など、組織を維持するには莫大な費用がかかるが、予算は限られていて臨時の出費には対応しきれていない。馬鹿正直にすべての経費を国に要求しても、認められないことの方が多いのである。
「兵や民を守るためには、清濁をあわせもたねばならぬ。商人からのキックバックは、上層部の賄賂ではなくて非常用の費用だったのだ。ワシの個人的な正義感など、部下の命を守るための大義に比べれば如何ほどの価値ももたぬ」
「そのことをご理解できた閣下ならば、やがては中央に復帰してより高い地位につくことも可能でしょう。私からの寄付をご存分にご活用ください」
二人は笑顔で握手を交わす。こうしてサクセスは、軍という巨大組織に紙を卸すことができたのだった。
治療室
シスター服を着たオレンジ色の髪の美少女が、傷ついた兵士たちを治療している。
「重症の方はこちらに来てくださいね。ハイヒールをかけますので」
エリザベスは骨折などで動けない兵士たちの体に手を触れて、治療魔法をかける。
「ありがとうございます。聖女様……」
辺境の地でろくに薬も届かないままほうって置かれていた兵士たちは、涙を流してエリザベスに感謝した。
「エリザベス様。マジ天使……一生ついていきます」
憧憬の視線を投げかける順番待ちの兵士たちに、厳しい声がかけられた。
「あなた方、大した怪我じゃないなら出て行きなさい。エリザベス様の治療の邪魔です」
凛とした態度の女騎士エレルが、あつまってきた兵士たちを𠮟咤する。
「ご、誤解です。ほら、スライムに噛まれてしまって!」
「フェアリービーに刺されちゃったんです。痛くて痛くて!」
兵士たちは自分の傷を指し示す。それはかすり傷ばかりだった。
美少女の聖女に治療してもらおうとする兵士たち。
結局、エリザベスはその日一日中治療魔法を使い続けることになるのだった。
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