もし霞詩子がノベライズの話を受けたら

羽海野渉

第1話

 不死川書房の会議室に女子高生ライトノベル作家・霞詩子こと霞ヶ丘詩羽と、イラストレーター・嵯峨野文雄こと相楽真由の姿はあった。そして会議机を挟んで向かいに座っているのは二人の担当編集である町田苑子だ。


「詩ちゃん、どう、この話」


 机の上には企画書と漫画単行本が出されている。


「何で私と嵯峨野さんが一緒に呼ばれたのかと思ったら『純情ヘクトパスカル』の最新刊打ち合わせじゃなくてノベライズの話なの?」

「まさかすぎるわ……しかも、不死川じゃなくて他社の、漫画……」


 唖然とする二人の前には、いつも通りの笑顔を披露する町田の姿がある。


「今度その『ひとりぼっちの侵略者』っていう月刊漫画がアニメになるんだけど、その出版元とは別に不死川書房が製作委員会に入っちゃってさ」

「不死川が製作委員会に入る必要もないでしょうに。どうせ円盤を売るのはアニプ○ックスなんでしょう? なら」

「上層部の考えだしそこは解らないわよ。けど、そこでノベライズの話が貴方たち二人に来たってわけ。ほら、『純ヘク』も売れてるし? 人気作家に任せてアニメもファン増大みたいな」


 自然の摂理だというように、話を進める。


「……こんなシリアスしか書けない作家に一巻完結の差しさわりのない番外編を書け、だなんて人選ミスも甚だしいわね。もっと不死川にはノベライズに向いた作家がいるでしょう。嵯峨野さん、あなたはどう? さっきから黙ってるけど」


 この空気を変えようと詩羽は隣の席の真由に助けを求める。


「——『ぼっち侵略』、でしょ? わたし、犬山先生の作品は『とある魔術士への追憶』から『羊の見る夢』『GRREN TEA』、もちろんこれも読んでるけど同人じゃなくてオフィシャルでやっていいなんて畏れ多すぎて」


 いつのまにか笑顔で顔をひきつらせていた真由は嬉しそうにそう答える。

 いやったぁ……! と声を隠しながらも、気持ちは同じ部屋にいる二人には伝わってきた。


「読者だったのね、それはいい化学反応になりそうだわ?」


 やったわ、と言わんばかりにゲン○ウポーズで告げる町田。


「でも本当に私でいいんですか? 私、アキラの日常が描きたいんですよ! 良くないですかアキラ、もちろん希海先輩可愛いし描きたいけど、そこよりアキラですよねアキラ!」

「だって、どう詩ちゃん」

「さっきから何も言わないからっていい気になってそのふざけたあだ名で呼ばないで頂戴。このノベライズ受けないわよ」

「ということは呼び方変えたら受けてくれるの? 霞センセ」

「ですからそもそも私に何故その『ぼっち侵略』とやらのノベライズの話が来たんですか? 明らかに畑違いでしょう?」

「あぁ、それね? 実は某ブロガーさんのブログにこの『ひとりぼっちの侵略者』の記事が書いてあって……これでどう?」


 そう言っておもむろにブログ記事をプリントアウトした紙を鞄から出す、と同時に詩羽は顔の色を一気に豹変させた。


「……? いきなり町田さん、プリント持ってどうしたんですか? 霞先生も」

「『TAKIのブログ』……「ノベライズは霞詩子先生にぜひともしてほしい」……やってくれたわね、町田さん……」


 プリントを奪い取り、一文一句繰り返し読む。


「え、何のこと? それで受けてくれるのかしら、霞センセ」


 口笛を吹き、しらばっくれる逃げの体勢に入るが、プリントの存在に詩羽は無力だった。


「う、受けるわよ……そりゃ倫理くんに頼まれちゃ仕方ないし……」


 顔を赤くしつつ詩羽は答える。


「ありがと。で、嵯峨野先生は?」

「……喜んで受けさせて頂きます……プレッシャー凄いけど」

「ありがとね」


       ※ ※ ※


「ところで霞先生、その『TAKIのブログ』って何なんですか? そのプリント見た途端にモチベーション変わりましたけど」

「あぁ、それ? それはアレよ、『純情ヘクトパスカル』を立ち上げたバイト編集の……」

「町田さん、それ以上口を開くようなら再来月の雑誌インタビュー受けないわよ……?」

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