【亡国の皇女】〜帝国最後の日〜(ぼっち姫、外伝その弐)
monaka
第一皇女:リン・シャオラン。
この世界にはいくつかの大陸がある。
その最たる物がユーフォリア大陸……そこは魔物、そして人間達が住み暮らしていた。
あまり知られてはいないが、かつてはそれらを神々が管理し、バランスを取る事でこの世界は成り立っていた。
それも今は昔の出来事であり、この世界に神は存在しない。
ただ1人、悪神を除いては。
その悪神、自らをアルプトラウムと名乗り、ただ自分が楽しむ為に世界を混乱に陥れた。
やがてその悪神も封印される事となるのだが、長い時を経てローゼリアという国に生まれ落ちた魔女により復活を遂げる。
その魔女は魔物を率いる魔王を蹴落とし、新たな魔王として君臨した。
これはその直後、海の向こうで起きた些細なお話。
ほんの些細な、国が一つ滅びたというだけのお話である。
その国はロンシャンといい、卓越した科学力により兵器を量産、ユーフォリア大陸を手中に納めるべく暗躍していた。
「父上、お呼びですか?」
荘厳な調度品に囲まれた玉座ではなく、王の自室へと呼び出されたのはこの国の第一皇女、リン・シャオラン。
彼女は長い黒髪を頭の上に丸め上げたこの国では定番の髪型、細くつり上がった意志の強い瞳、無駄な部分をそぎ落としつつ引き締められた体を露出の多いドレスに包み、目の前の王へ傅く。
「この部屋にいる時はそうかしこまらんでいい。それよりリンロンはその後どうなっておる?」
彼女の父、リン・ワンファンは、一国の主ではなくただの父親の顔で娘の心配をしていた。
リン・リンロン。それはこのロンシャンの第二皇女であり、ワンファンの娘、つまりシャオランの妹である。
「偵察は順調のようです。……しかし、第二皇女自らユーフォリアを偵察などとどうしてお許しに?」
ワンファンは瞳を閉じて顎髭をひと撫でしながら困ったように呟いた。
「儂もまだリンロンには早いと思ったのだが……アレがどうしてもと言うのでな。近い将来我らの物になる大陸を見せておくのも悪くないと思ったのだ。……あの時は」
ワンファンが後悔しているのは親としての心配もあるが、思いの外偵察期間が長くなっているからだった。
「本来なら既に帰還していてもおかしくはありませんからね。何かあったと心配するのもわかります」
「ふむ……リンロンの事だから開戦前にディレクシアを刺激してしまわないか心配なのだ」
ディレクシアというのはユーフォリア大陸を統べる王都。
戦力はほぼ王都に集結しており、鉄壁の防御を誇ると言われている。
そこさえ落とせばロンシャンの大陸制覇は実現するであろう。
「刺激……と申されますと……やはり、例の件ですか?」
「ああ、アレは少々血の気が多い。王としてならばあのくらいの気概が有ってもいいのだが、偵察にはこれ程向かん人材もおらぬ」
「確かにあちらで何か揉め事をおこし拘束されるような事があれば我が国が攻め込む手筈なのもバレてしまいますね」
しかしワンファンは首を横に振る。
「いや、アレはどんな拷問を受けようと口は割らんだろうよ」
「では……何をご心配に?」
「父が娘を心配しないはずがなかろう。……それに、……いや、それはよい」
ワンファンは言葉を濁したが、シャオランにはその続きが分かっていた。
『リンロンはこの国を統べる王になるのだから』
ワンファンの言葉にはその言葉が隠されている。
いや、隠せてると思っているだけで、娘であるシャオランには透けて見える思惑だった。
リンロンは幼い頃より王の資質に溢れていた。
決断力に優れ、やると決めたら即行動に移す。しかし分が悪いと見るや即座に手を引き、逆境を覆す手を用意してから全力で相手を潰す。
非道な行いを好む性質であるが、彼女の力になりたいと志願する者は跡を絶たない。
それだけのカリスマ性を秘めているのだ。
そんな事は百も承知の上で、シャオランはリンロンが苦手だった。
勿論姉としての情はある。しかし、全てにおいて妹は彼女を凌駕していた。
ワンファンはシャオランがそのような劣等感に苛まれているのを知っている為、言葉には出せないでいる。
しかし、シャオランにはその気遣いこそがさらに自分を惨めにさせた。
この国は自分ではなく妹の物になる。
ユーフォリア大陸制覇が叶った暁にはこの世界が妹のものとなる。
シャオランはそれがどうしょうもなく許せなかった。
だから、つい悪魔の誘いに乗ってしまった。
いや、正確には利用するだけ利用し、その悪魔さえも滅ぼすつもりであった。
「それにしてもシャオランや。あれ程の技術をどこで手に入れた?」
ワンファンが言う技術、というのはこの国に配備された兵器、魔力を込めた砲弾を射出する魔導弾、そして魔力により操る事のできる大型機械の魔導兵装の事である。
「それは……私の知り合いに魔導術を極めた研究者がおりまして」
「是非ともその者を我軍に招きたいのだが……」
「い、いえ……その者は争いごとに一切の興味も無く、この度も無理を言ってその知を借りたまでですので……」
無論シャオランにその者を軍属にする事ができよう筈もなかった。
ここで言うところの知り合いと言うのは悪魔であり、その悪魔とは神、アルプトラウムの事だからである。
「そうか……それ程の研究者ならば是非ともと思ったのだが……まぁいい。今後もそやつから利になる知識を引き出せそうなら頼むぞ。この国の軍事力はシャオラン、お前にかかっていると言ってもいい」
「あ、有り難き幸せ!!」
このままリンロンが帰らなければ必然的にこの国の跡継ぎはシャオランになる。
そして、今はその為の点数稼ぎにもってこいだった。
勿論妹がなかなか帰ってこないのは、シャオランが裏で手を回し、彼女を暗殺しようと刺客を次々に送り込んでいるからに他ならない。
シャオランは王に跪きながら、心では笑いが止まらなかった。
神が技術提供に際し提示した条件はたった一つ。
ユーフォリア大陸に攻め込み、王都ディレクシア以外を壊滅させる事。
ディレクシアに手を出してはならない。
詳しくは分からないがディレクシアには強力な防御結界のようなものがあるらしい。
しかしシャオランはその約束など守る気は無かった。
防御結界などたかが知れている。わざわざユーフォリアへ攻め込むのに王都を残したのでは全く意味がない。
反撃のチャンスを残してどうする?
むしろ王都から攻め落とす事こそが大事なのだ。
ほかなどどうでもいいし、残しておいた方が占領後に甘い汁を吸えるではないか。
神の逆鱗に触れる事も勿論理解しているが、現在開発中の新兵器があれば神などどうということもない。
与えられた技術をそのまま使うだけなどという馬鹿では無いのだ。
シャオランは神から力を得るだけ得て、発展させさらなる力を手にし、ユーフォリア大陸を手に入れ、神すら滅ぼすつもりだった。
しかし彼女には誤算があった。
一つは、数日の後妹のリンロンが暗殺部隊を全て返り討ちにし、無事に帰ってきてしまった事。
もう一つは、彼女の企みが最初から全てアルプトラウムに筒抜けだった事。
そして、裁きの日は訪れる。
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