オートマチック・ピープル
海野ぴゅう
前編
僕は電車とバスを乗り継ぎ、田舎にある今は誰も住んでいない実家に帰省した。蝉が暴力的に騒いでいる。夏だ。
久しぶりの実家の前に立つと、本当にこれが自分の家か、というくらいイメージが違っていた。祖父・両親と妹二人で暮らしていた頃はもうずいぶん前だ。
祖父が死んだ後、両親が離婚し、母が妹二人を連れて家を出て行ったのは僕が25歳の時だった。妹たちは23と21歳、二人とも手に職があった。もう手も全くかからない妹たちと3人で暮らしたほうが楽だと母は判断したのだろう。母は僕にもくるように言ったが、父が僕を離さなかった。
父と僕はこの家に取り残された。しかし、僕の務める地元の会社が倒産し、仕方なく転職の為に家を出た1か月後、父が死んだ。自宅の車庫で首つり自殺していたそうだ。死んで半月経っていた父の遺体は夏だったので酷く腐乱しており、警察が近所の通報で見に来てくれて発見された。
僕は帰省して父の葬儀をした。母も妹も来なかった。
僕は久しぶりの家に入った。中は夏なのにひんやりしている。軒が深いせいだろう、昔の家は総じて夏に過ごしやすいように出来ているのだ。
そう言ったのは誰だったろうか。そうだ、祖父だ。
僕は少し縁側でゆっくりした後、村の共同の墓に向かった。
「久しぶり、おじいちゃん。お父さんも葬式ぶり」
『川村家代々の墓』と御影石に書かれた墓石を探し、正面に立って手を合わせた。
祖父は僕が小学校に入学するまで大工をしていた。でも戦争で左足を悪くしており、そのせいで仕事中にはしごから落ちてからというもの誰かの介助なしには全く歩けなくなっていた。もちろん仕事にも付けず、ずっと家にいるようになった。
介助は主に母の仕事だったので、母は働きにも出ることが出来なかった。母と祖父はいつも一緒で、痩せた二人はいつも本物の親子に間違われた。太った父や叔母とは血がつながっているようには見えなかった。
毎日祖父を介助する母に父は全く感謝しなかった。父の3人の姉妹も「長男の嫁なんだから」と面と向かって言うような女性達で、自分たちは都会でちゃっかり次男と結婚していた。僕はぎゃいぎゃい五月蠅い叔母たちのせいで女性というものが嫌いになってしまい、結婚に全く興味がもてなくなった。
綺麗ななりをしても、女は一皮
そう思っていた。
「夏だよ、おじいちゃん。いつもお小遣いをもらって選挙に二人で行ったのを思い出すね…おじいちゃんは歩くのが遅かったから、友達との約束に間に合うか心配だったなあ…おじいちゃんはいつも選挙には必ず行ってたよね…」
目を閉じると祖父がパリッとした白い半袖シャツと濃いグレーのスラックス、細いウエストに黒い革のベルトをし、茶色のハット(てっぺんが凹んでいる奴だ)をかぶって杖を突きながら小学校の体育館までよちよちと少しずつ前に進む姿を思い出す。左足が不自由だったが、僕が小学校の時はまだ少しづつでも歩けたのだ。
祖父は72歳の夏に亡くなった。
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