第219話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その65

 長い開会式を終えて、紅組テントに移動する郁人達は、地面に座り自分達の出場種目の順番まで待機するのである。


「郁人君……見回り時間って、私達は午後からだったよねぇ」

「ああ……とりあえず、一通り校内を巡回すればいいだけだし……まぁ、問題ないだろ」


 友達同士みんなで、わいわいと固まって、体育祭の競技そっちのけで楽しくお話をするクラスメイト達を尻目に、我関せずと一人端の方でぽつんと寂しく座っていた郁人の横に、綺麗で艶々の黒上ロングヘアーを掻き分けながら、話しかけてくる梨緒に、そうぶっきらぼうに答える郁人なのである。


「郁人君一人ってことは……宏美ちゃんはどこかに行っているのかなぁ?」

「……俺とゆるふわが常に一緒に居ると思ってるのか? さぁ……ここに来るときはもういなかった気がするが……ゆるふわに用事でもあるのか?」

「う~ん……あるといえば、あるけどぉ……ないといえば、無いんだよねぇ」

「なんだ…それ?」


 郁人の隣に清楚体操座りしながら、陣取り、口元に人差し指を当て、首を傾げてそう聞いてくる梨緒に遺憾そうな表情の郁人が、逆に梨緒に質問するが、煮え切らない返答の梨緒に呆れる郁人は、白熱する三年生の玉入れ競争を眺めるのであった。


「郁人君……一つ聞いてもいいかなぁ?」

「…なんだ?」


 体操座りで、膝に顔を預けながら、郁人の方を見て、そう質問する梨緒の方を見向きもしない郁人なのである。


「もしも……郁人君が夜桜さんの幼馴染じゃなくてぇ……覇道君が夜桜さんと幼馴染だったらぁ……郁人君はどうしてたと思うかなぁ?」

「……さぁな……考えたこともないが……そもそも、美月と覇道が本当に幼馴染だったとしても、仲が良かったかは……わからないがな」


 清楚笑みを浮かべながら、郁人の横顔を覗き込む梨緒の問いに、競技を見ながら淡々と答える郁人に、真顔になる梨緒なのである。


「でも……もしも、そうだったらってぇ……少しは考えてみてくれないかなぁ……もしも、覇道君と夜桜さんが、本当に幼馴染で……もし、付き合っていたら……郁人君はどうしていたのかなぁって」

「……そもそも、幼馴染じゃなかったら……美月を好きになっていたかも、わからないしな……その、もしもは最初からおかしいだろ……でも……まぁ、もしもそうだったら……そうだな……俺は遠目から、美月が幸せそうに笑っている姿を見て……それだけで、終わってただろうな」


 今度は、真顔で真剣な口調でお願いする梨緒の方を一瞥すると、少し考えて、そう答える郁人の表情は浮かない感じなのである。


「……告白しようとかぁ……思わないんだねぇ……郁人君は……」


 そんな郁人の返答を意外という表情で聞く梨緒も、膝から顔を上げると、正面を見てそう疑問を口にするのである。


「そうだな……たぶん……できないだろうな……もともと、俺はそう言う情けない人間なんだよな……梨緒や、クラスの女子は俺の事……高く評価してくれるけど……好きな人に告白する度胸もない……そういうみっともない男なんだよな……俺は」


 自虐の笑みを浮かべながら、梨緒の疑問に答える郁人の方を、目を見開いて驚いた表情で見つめる梨緒は、なんて言っていいのかわからずに、無言なのであった。


「で……梨緒は何でそんな事…聞いてきたんだ?」

「……昨日……宏美ちゃんと郁人君が覇道君と揉めてるの……聞いちゃったんだよねぇ」

「そうか……」

「責めないんだねぇ……盗み聞ぎしていたのに……私の事」


 気まずそうな梨緒を察してか、郁人は梨緒に対して、いきなり訳の分からない質問をしてきた理由を問う意味もあってか、正面を見つめながら、話を適当に振るのである。そんな郁人に、気まずそうな笑顔で答える梨緒を一瞬だけ真顔で見て、納得する郁人に、少し寂しそうな梨緒は、罪を罰さないのかと郁人に問いかけるのである。


「別に……責める理由がないからな」


 そんな、責めて欲しそうな梨緒に、ぶっきらぼうにそう言い放つ郁人は、もう、この話には興味がないと言わんばかりに、また、運動場で行われる競技を眺めるのである。


「私と……覇道君って……似ていると思うんだよねぇ」

「……そうだな……ストーカー気質のとことかそっくりだな……まぁ、覇道の方がこじらせてる感じするがな」

「郁人君……私のは純愛だよぉ……間違えないでねぇ」

「そんな歪な純愛があるか……はぁ……結局、梨緒は何が言いたいんだ?」


 だが、梨緒の話は終わってないのか、また、膝に顎を置いて、そうぼそりと呟くと、それに郁人がツッコミのだが、それが気に入らない梨緒は、ムッと頬を膨らませて、怒りながらそう言うと、その梨緒の言葉にも呆れた表情でツッコム郁人は、早く話の本題に入って欲しいと言うのである。


「ねぇ……郁人君……もしも、夜桜さんじゃなくて……私が郁人君の幼馴染だったら、どうなっていたのかなぁ」


 面倒そうな感じを醸し出している郁人の横顔を見た後に、梨緒は、頭を膝に埋めて。そうもしもの話を郁人に振るのである。


「……どうもなってないだろ……正直……梨緒みたいなヤンデレはお断りだ」


 そんな梨緒のもしもの話を一蹴する郁人に、タハハと乾いた笑みを浮かべる梨緒は、顔をあげて郁人の方を見つめるのである。


「私……ヤンデレじゃないんだけどなぁ……でも……夜桜さんを見ているとねぇ……そんな風に考えちゃうんだよねぇ……だから、たぶん……覇道君もそんなんじゃないかなぁ」

「……そうか」


 梨緒は清楚笑みを浮かべながら、そう自分はヤンデレじゃないと否定しながら、真剣な口調で自分の心の中を吐露するのである。そんな梨緒を、横目でチラリと見る郁人は、興味なさげに適当に一言で返すのである。


「そうだよぉ……ねぇ……最後にも一つだけ……もしもの話してもいいかなぁ?」

「どうせ、断っても、話し出すだろ……梨緒は……」


 郁人が話題に興味がないことをわかっていても、まだ、この話を続ける梨緒は、真顔で郁人にお願いするのである。そんな梨緒にため息をつく郁人は、呆れながらもそう言って了承するのであった。


「そうだねぇ……ねぇ……郁人君、もしも、私と郁人君が付き合っていたとしたら……郁人君に恋する夜桜さんはどうしていたと思うかなぁ?」

「……梨緒と俺が付き合う可能性はないからな……そのもしもは知らん」


 梨緒の口から発せられたもしも話に、呆れる郁人は考えることもなく、そう返答して、話を終らそうとするが、真剣な表情の梨緒がそれを拒むのである。


「いいからぁ、夜桜さんの幼馴染として……夜桜さんがどうしたと思うかぁ……真面目に考えてぇ……真剣に答えて欲しいなぁ」

「……はぁ……もしもか……まぁ…美月は俺と似てるからな……そうだな……たぶん……美月も告白はしてこないんじゃないか……そもそも、美月は人見知りだからな……幼馴染じゃなかったら……仲良くなっていたかもわからないけどな」


 真剣に、強い口調で真面目に聞いてくる梨緒の圧に、負けたのか、ため息をつきながら、少し考えて答えると、真顔の郁人に、梨緒は衝動的にじゃあ、私でもと言おうとするが、その言葉が梨緒の口から出る前に、郁人が強い口調で遮るのでる。


「でも、それは、もしもの話だ……俺は美月と幼馴染だし……俺は美月のことが好きで、美月と俺は付き合っている……そのもしもに…意味はないだろ」

「……そうだ…よねぇ……さっき…覇道君がぁ……私に似ているって話したよねぇ」

「……ああ」

「だからねぇ……わかるんだよねぇ……覇道君も……夜桜さんのこと……諦めないと思うよぉ……絶対にねぇ」


 その郁人の言葉を聞いて、儚げな表情を浮かべる梨緒は、また、覇道の話をするので、黙って聞く郁人に、真顔ではっきりとそう言い切る梨緒なのである。


「……そうか……でも、悪いがアイツだけには美月を渡したくないんだよな……俺は……アイツは美月を不幸にする……悪いが、俺は覇道の事は絶対に許さないし……認めない……もしも、美月が好きになってもな」


 そんな梨緒の発言に、郁人の瞳を鋭くなり、怒った表情を浮かべ、激しく強い口調で、梨緒にそう言い放つ郁人に、儚げな清楚笑みを浮かべる梨緒なのである。


「……そっかぁ……覇道君も嫌われたねぇ……まぁ、正直……私と似ているって言ったけどぉ……覇道君の行動はあからさまに悪手だよねぇ……でも、どうしてあんな行動をとるんだろうねぇ?」

「……梨緒?」

「たぶん……何か理由があると思うよぉ……ねぇ……郁人君……きちんと、夜桜さんが……彼とは向き合うべきなんだよねぇ……いずれ、郁人君が…私と向き合ってくれないといけないよにねぇ」

「……そうだな……だが……悪いが……その前に、一度徹底的に叩き潰しておかないとな」


 梨緒はそう言うと、立ち上がり、おしりを叩きながら、疑問顔でそう意味深に言うので、梨緒の顔を疑問気に見上げ、梨緒の名前を呼ぶ郁人の正面に立って、郁人の顔を真顔見つめてそう言い放つ梨緒から、視線を逸らし、考える郁人だが、政宗に対して郁人がやる事はもうすでに決まっているのであった。


「そっかぁ……フフフ、じゃあ、頑張ってねぇ……100m走……応援しているからねぇ」

「……どこに行くんだ?」

「う~ん……宏美ちゃんを待っていたんだけどねぇ……来ないからぁ……もしかして逃げたのかなぁ? でも、自分から提案したことだしねぇ……まぁ、いっかぁ……じゃあ、郁人君、また後でねぇ」


 そう言って、立ち去る梨緒の後姿を見て、結局何が言いたかったのかと考える郁人だが、面倒になって考えるのをやめて、また一人寂しく、体育祭の競技を眺めるのであった。







「じゃあ、美月さん……一緒に着替えましょうか~」

「ほ、本当に着るの!? ひろみん!! こ、こんな衣装……は、破廉恥だよ!!」


 ゆるふわ宏美は、あらかじめ頼んでおいた浩二に美月を、美月ちゃんファンクラブ部室まで連れてきてもらって、今現在、部室の中で美月とゆるふわ宏美の二人きりなのである。そして、あらかじめ、美月ちゃんファンクラブ部室に用意したチア衣装を取り出して、ゆるふわ宏美が、美月に着替えを迫るのであった。



「し、仕方ないじゃないですか~!! もう着るしかないんですよ~!! 全部、美月さんのせいですからね~!! 早く着替えましょう~!! 永田さんが見張ってる間に~」


 廊下で、誰か来ないかを見張っている浩二だが、誰かに美月とゆるふわ宏美が一緒に居ることがバレたらいけないと急かすゆるふわ宏美に、顔を真っ赤にして恥ずかしがる美月なのである。


 そして、恥ずかしながらも、チア衣装に着替える美月とゆるふわ宏美なのである。


「ううう~、恥ずかしよ~!!」

「そ、そうですね~……いちよ……わたしぃと美月さんの衣装は露出控えめなんですけどね~」


 美月とゆるふわ宏美が着ているのは、半袖チア衣装で、オーバーニーソを履いてるので露出は控えめなのである。しかし、郁人様ファンクラブが着るチア衣装は、ノースリーブのへそだしで、生足チア衣装なので、そんなものは着られないと、ゆるふわ宏美がひっそり準備した自分と美月用のチア衣装なのである。


 作りは似ているがカラーや柄が少し違うので、きちんと別のチア衣装なのである。


「こ、こんな恥ずかしい格好で外になんて出れないよ!!」

「我慢してください~!! わたしぃだって~、恥ずかしいんですよ~!!」


 両手に持ったボンボンで、恥ずかしくて真っ赤になった顔を半分隠しながら、そう言う美月に、同じく顔を赤くしているゆるふわ宏美が、叫ぶのであった。


「じゃ、じゃあ、もうやめようよ……今なら、まだ、引き返せるよ……ひろみん」

「……美月さん」

「ひろみん!!」


 最後の抵抗をする美月は、必死に恥ずかしがるゆるふわ宏美を説得すると、ニッコリゆるふわ笑みを浮かべて、美月の方を見ながら、美月名を口にするゆるふわ宏美を、希望の眼差しで見つめる美月なのである。


「さぁ、行きますよ~!! 郁人様の100m走が始まってしまいますからね~!!」

「いやぁぁぁぁー!! ひろみん!! 私はこんな格好で外出たくないよ~!!」


 ゆるふわ宏美の発言に、絶望の表情を浮かべ、抵抗し続ける美月を無理やり引っ張って、美月ちゃんファンクラブ部室から無理やり連れだすのである。


「ほ、細田……美月ちゃん!! そ、その……め、滅茶苦茶似合ってるぜ!!」


 そして、外に出ると、見張りをしていた浩二が、少し顔を赤らめて、視線を逸らしながら、美月とゆるふわ宏美を褒めると、ジト目で、嫌そうな表情を浮かべるゆるふわ宏美なのである。


「……さぁ、美月さん……行きますよ~!!」

「いやぁぁぁぁ!! ひろみん!! 着替えるー!! それか、せめて、ジャージ上から着させてぇぇ!!」

「ダメに決まってるじゃないですか~!! もう、諦めてください~!!」


 そして、廊下に出てまで抵抗を続ける美月を、無理やり運動場に連れて行くゆるふわ宏美と、その後を気まずそうについて行く浩二なのであった。







 郁人は、梨緒が居なくなったことで、一人寂しく、ボーっと運動場で繰り広げられる競技を眺めていると、周りが騒がしくなったことに気がつくのである。


「やべぇ~!! 超やる気出てきたぜ!!」

「三橋さん……可愛すぎるだろ!! ていうか……あの胸……エロいぜ!!」

「見ろ!! 委員長もチア衣装だぜ!! 真面目そうな委員長が……チア衣装……三つ編み眼鏡……そして……チア衣装……最高だぜ!!」

「小鳥遊さん……可愛い……やばい……マジで、可愛い!!」

「三橋さんに並んで、四月一日さんの胸もデカいぜ……ああ、生きててよかった!!」

「いや……やっぱり、東雲だろ……超可愛い!! マジ天使!!」


 そうクラスの男子生徒達が騒いでいるので、郁人も何があったのかと、騒ぎが起こっている方を見ると、大勢の女子生徒達が、なぜか、チア衣装を着ているのである。しかも、ノースリーブ、へそ出し、生足で、スカート丈も超ミニなのである。


「……何してるんだ? まぁ、俺には関係ないか」


 梨緒達が、男子生徒達に囲まれてチヤホヤされているのを目撃するも、自分は関係ないと、視線を逸らして、今やっている2年生の綱引きを見る郁人は、風紀委員長率いる1組と、生徒会長率いる7組が、激しい攻防を繰り広げているのを見て、ため息をつくのであった。


「郁人君……どうかなぁ? 似合っているかなぁ?」

「……梨緒か……なんで、チア衣装なんか着てるんだ?」

「フフフフ、それは、郁人君の100m走を応援するためだよぉ!! ほら、みんな、郁人君のために、着替えてきたんだよぉ」


 そんな、郁人の所に清楚笑みを浮かべて、再びやって来た梨緒は、自慢の谷間を郁人に見せつけながら、座っている郁人に前かがみで話しかけるのである。そんな、梨緒を真顔で見て、真顔で質問をする郁人に、口元に可愛らしく人差し指を当てながら、答えると、梨緒は両手を広げながらそう言うのである。


「いいいい、郁人様!! が、頑張ってくださいね!! ふぁ、ファンクラブ一同みんなで応援していますから!!」


 そう恥ずかしそうに、ボンボンを持った両手を、後で組んで、郁人の近くに来てそう言うクラス委員長の副会長なのである。


「郁人様!! 頑張ってくださいね!! 私達、親衛隊は、郁人様のためなら、どんな恥ずかしい格好でも、郁人様のために、着こなし、郁人様を一生懸命応援しますから!!」

「尊い郁人様のために!! 少し恥ずかしいですけれど……郁人様のためにも、チア衣装で応援させていただきますわ……ええ、一生懸命応援致しますわね!!」

「一生郁人様推しの私は、郁人様のために破廉恥な衣装でも勇気を出して着ました!! 郁人様のためなら、どんな衣装も着ますから!! 任せてくださいね!!」


 そして、郁人様親衛隊三人娘も、郁人にそう言って、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めるのである。そんな、光景を見ていた男子生徒は、嫉妬と憎悪の視線を向けるのである。


 そして、次から次にチア衣装の女子生徒達が郁人に話しかけ、チア衣装の女子生徒達に囲まれる郁人に、ますます、男子生徒から、嫉妬と殺意の視線を向けられ、白組テントからは、男子の怒りの声が聞こえてくるのである。


「朝宮!! てめぇー!! 白組の女子まで奪ってくんじゃねー!!」

「ていうか!! 気がついたら、白組の女子全然いなくなってるじゃねーか!!」

「くそーーー!! 紅組の奴ら、間近で女子のチア衣装見れて羨ましーぜ!!」

「白組女子は、白組応援しろよ!!」


 チア衣装を着ている女子生徒にはどうやら、白組の子もいるようで、白組男子が騒いでいるのであった。


「あ……郁人様……と……皆さん……すみません~……お、遅れました~」


 そう叫びながら、チア衣装の郁人様ファンクラブ女子生徒に囲まれ、男子から批難の声を聞いて、げんなりする郁人の元にチア衣装で走って駆け寄るゆるふわ宏美なのである。


「ゆるふわ……お前まで……何でこんなことになってるんだ?」

「い、郁人様のためですよ~!! さて、みなさん……郁人様を応援する場所を確保していますから~、そちらに素早く移動してくださいね~……後は、わたしぃに任せてくださいね~」


 チア衣装姿のゆるふわ宏美を見て、頭を抱える郁人に、恥ずかしそうにそう言い切るゆるふわ宏美は、郁人様ファンクラブ女子生徒達にそう言うのである。


「宏美ちゃん……宏美ちゃんだけ……衣装違うよねぇ? どういうことなのかなぁ?」

「き、気のせいですよ~!! ほら~、梨緒さん……皆さんをお願いしますね~!! い、郁人様は今から、精神統一に入りますから~!! 後は、わたしぃに任せてくださいね~!!」


 そんな、ゆるふわ宏美をジッと見つめていた梨緒が、おかしくないかなぁと疑問を口にして、鋭い視線でゆるふわ宏美を睨むと、冷や汗ダラダラで誤魔化すゆるふわ宏美なのである。


「はぁ~、仕方ないなぁ……じゃあ、後は宏美ちゃんに郁人君のことは任せてぇ、私達は移動しようかぁ……郁人君を応援するためにねぇ」


 あらかじめ、打ち合わせ通り、確保していた場所に、梨緒の指示で移動する郁人様ファンクラブメンバーなのである。


「おい……ゆるふわ…これはどういうことだ……滅茶苦茶、男子に睨まれてるだろ」

「郁人様のためですよ~!! あ……ほら~、来ましたよ~!!」


 ゆるふわ宏美に詰め寄ってそう問い詰めるが、ゆるふわ宏美は、一点を見つめて、完全にスルーしていると、白組男子生徒の歓声が上がると同時に、指をさして、郁人にそう言うのである。


「み、美月ちゃんがチア衣装着てる!!」

「天使だ!! 白組に天使が舞い降りたぜ!!」

「こ、浩二さんが言ってたじゃねーか……美月ちゃんが俺達のために、チア衣装着てくれるって……」

「あれ……マジだったのか……最近、ファンクラブ活動してなかったから、期待してなかったけど……俺、感動で目に汗が……」

「白組でよかったぜ!!」


 先ほどとは打って変わって、大盛り上がりの白組サイドの方を見る郁人は、なんと、チア衣装を着た美月が、白組テントに向かって、浩二と一緒に歩いて行っている姿を目撃して、ジッと遠目から見つめるのである。


「美月ちゃんがチア衣装着てる!!」

「マジか!! 白組いいな!!」

「間近で美月ちゃんのチア衣装姿見て~!!」

「白組羨ましすぎだろ!!」


 今度は、紅組から、男子生徒達の嫉妬の声が上がるのである。そして、郁人も心の底から、同意するのであった。


「美月のチア衣装……クソ……近くで見たい」

「フフフフ、美月さんにチア衣装を着せるために~、わたしぃ頑張ったんですからね~、褒めてくれてもいいんですよ~」


 郁人は、嫉妬と悔しさと、白組に対しての羨ましさで顔を歪めながらそう言うと、そんな郁人を見てドヤ顔のゆるふわ宏美なのである。


「でも、美月……あの姿で白組応援するんだよな……悪い……走る気……失せてきた」

「い、郁人様!! な、何言ってるんですか~!! 露骨にやる気失くさないでくださいよ~!! ほら~、わたしぃ達もチア衣装で郁人様応援しますから~!!」


 しかし、露骨にテンションが下がって、やる気をなくしている郁人に対して、焦るゆるふわ宏美は、必死にフォローするのである。


「……いや……美月と比べたら……はぁ~」

「なんですか~!! みんなに失礼ですよ~!!」


 郁人は、ゆるふわ宏美と、ゾロゾロと移動している郁人様ファンクラブメンバーと美月を見て、そう呟くと、あからさまに不満顔のゆるふわ宏美が怒りの声をあげるのであった。


 そして、美月は顔を真っ赤にして、男子生徒に囲まれ、そして、政宗もイケメンスマイルでチア衣装の美月に馴れ馴れしく近寄って、間近で話しかけるのである。その姿を見た郁人は怒りで震えだし、悔しさで顔を歪ませるのであった。


「なるほど……ゆるふわ……お前、これが狙いか……俺を精神的に追い詰めて、やる気をなくさせようって魂胆か……そうか・…俺を裏切ったな……これはマジで……効くな…」


 怒りで声を震わせる郁人は胸を押さえて、苦しそうにしながらも、激昂の眼差しでゆるふわ宏美を睨むと、ひぃと恐怖の表情を浮かべるゆるふわ宏美なのである。


「ち、違いますよ~!! わ、わたしぃは郁人様のためにですね~」

「ゆるふわ……絶対に許さないからな……覚悟はできてるんだろうな?」

「いいいいいい、郁人様!! ほ、本当にわたしぃは、郁人様のためを思ってですね~!! や、やめてください~!! アイアンクローだけは~、それだけは許してください~!!」

「問答無用だ……覚悟しろ……ゆるふわ……今日の俺は、優しくはないぞ」

「いや―――!! 美月さんの嘘つき!! 郁人様、すぐに怒るじゃないですか~!! 昨日の時より怒ってますよ~!! 許して~!!」


 必死に言い訳をするゆるふわ宏美に、本気で怒っている郁人に、涙目で必死に命乞いを始めるゆるふわ宏美だが、激昂した郁人には何を言っても無駄なのである。そして、ゆるふわ宏美は恐怖で涙を流して叫び声をあげるのであった。






 その頃、白組テントはと言うと、美月のチア衣装をまじまじと見ながら、感激する政宗が、爽やかイケメンで、キョロキョロ辺りを見まわして、何かを探している美月に声をかけるのである。


「美月……俺のために、チア衣装を……嬉しいよ……必ず、朝宮を倒して、君の期待に応えて見せるから」


 そんな、キザなセリフを、髪を掻き分けながら言い放つ政宗にイラっとした美月ちゃんファンクラブ男子生徒達なのである。


「てめぇ!! 覇道!! 何言ってる!! 美月ちゃんは白組のために、チア衣装を着てくれたんだよ!!」

「そうだぜ!! お前のためじゃねーから!! 美月ちゃんの幼馴染だからって、自惚れんじゃねー」


 そう言って、美月ちゃんファンクラブ男子生徒達は、政宗を美月から引き離そうとするが、迷惑そうに抵抗する政宗なのである。


「おい、政宗……あんまり、美月ちゃんに近づくんじゃねーぞ!! テメェ等もだ!! 美月ちゃんには無理言って、チア衣装着てもらったんだからな……あんま、近づくと、着替えに戻ってもらうぜ!! いいな!!」


 暴れる政宗と男子生徒達を睨んで注意する浩二に、不満そうな政宗はとりあえず黙り、美月ちゃんファンクラブ男子生徒達も大人しくなるのである。


(ぜってぇーに美月ちゃんを守らねーと……そう、細田は僕を信じて、美月ちゃんにチア衣装を着せてくれたんだ……細田の信頼を裏切る訳にはいかねーぜ!!)


 浩二は心の中で、ここに来る前に、美月さんをよろしくお願いしますね~と、嫌がり恥ずかしがる美月を、ゆるふわジト目で、任してくれたゆるふわ宏美を思い出して、使命感に燃える浩二なのであった。


(えっと、郁人、どこにいるのかな? えっと……あ!! いた!! あれ……なんか、すごく怖い顔でひろみんと揉めてる……な、なにかあったのかな?)


 そして、美月はと言うと、恥ずかしがりながらも、男子生徒の会話など右から左とばかりに、聞き流して、キョロキョロと白組テントの方を見て、郁人の姿を探していて、やっと見つけたと思ったら、何やら郁人とゆるふわ宏美はもめている姿を目撃するのである。


(あ……こ、こっち見た……ううううう~、恥ずかしいよ……い、郁人……ど、どう思ってるかな? うううう、でも、郁人のために着たんだもんね……郁人……100m走…頑張ってね)


 そして、美月がジッと郁人の方を見つけて、恥ずかしがっていると、郁人も美月の方を見て、視線が合って、視線を逸らしては、見て、視線を逸らしては、見てを繰り返す美月は、恥ずかしさで、顔を真っ赤になりながらも、郁人の方をジッと見て、ボンボンで顔を隠しながら、ボンボンをちょんちょんと小さく振って、心の中で郁人を応援する美月なのである。


 そんな、可愛い美月をジッと凝視していた郁人は、天を仰ぐのである。


「……ゆるふわ……お前に最後のチャンスをやろう」

「ひゃう~、ちゃ、チャンスですか~!?」


 恐怖で泣いているゆるふわ宏美に、空を見上げながらそう言う郁人に、涙をボンボンで拭いながらそう聞き直すゆるふわ宏美なのである。


「ああ……美月の……美月のチア衣装の写真を撮ってこい……そしたら……許してやる」

「ほ、本当ですか~!?」


 郁人は、きりっと、真面目で真剣な表情で、ゆるふわ宏美の方を見て、そう言い放つと、それを聞いたゆるふわ宏美は希望に満ちた表情を浮かべるのである。


「ああ……だが、撮ってこれなかったら……わかるな?」

「は、はい~!! ま、任せてください~!!」


 そして、ゆるふわ宏美の両肩をガッシリ掴んで、物凄い形相で圧をかける郁人に気圧されるゆるふわ宏美は、軍人よろしくな元気な返事を返すのである。


「いいか、全身と、バストアップの最低2枚は撮ってこい……言っとくが、最低だ……俺が望むのはそれ以上だ……枚数次第で俺の機嫌は左右される……言ってる意味がわかるか? ゆるふわ?」

「は、はい~!! もちろんですよ~!! お任せください~!! わたしぃのα9はこの時のために存在していたんですよ~!! 動画もついでに撮りますからね~!! 4Kですよ~!! 任せてください~!! 郁人様!!」

「そうか……ゆるふわ……頼んだぞ」


 ゆるふわ宏美の瞳を見つめて、細かい注文をつけて、やはり物凄い形相で圧をかける郁人に、気合のポーズで引き受けるゆるふわ宏美は、ここで名誉挽回とばかりに張り切るのである。


 そんな気合十分のゆるふわ宏美と固い契約の握手を交わす郁人は、物凄く嬉しそうで満足気な表情なのであった。


(郁人達……何で握手なんてしるのかな? というか……なんで、あんなに嬉しそうな表情してるのかな……郁人……あ!! そうか、私のチア衣装見れて喜んでるんだね……フフフ、郁人は……全く……えへへへへへ)


 この後、ゆるふわ宏美に部室に監禁されて、チア衣装姿を撮影されるとも知らずに呑気な美月は、郁人が喜んでくれたと小さくガッツポーズをして、デレデレな政宗や男子生徒達を完全に無視して、嬉しそうに喜んでいるのであった。

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