第174話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その19
郁人の作戦が裏で順調に進んでいることなど、全く知らない美月は、本日も上機嫌で生徒会の仕事を終らせ、上機嫌で、生徒会を後にするのである。
「夜桜さん……最近機嫌が良いですか……覇道君……何かあったのかご存じですか?」
「いえ……俺も、よくわからないんですが……正直、あまりいい予感はしていませんね」
「そうですか……ああ、そう言えば、例の件……私の方で何とかしておきましたよ」
美月が生徒会室から出て行った後に、そう会話する生徒会長と政宗なのである。生徒会長が眼鏡をクイっとしながら言った一言で、政宗の表情がみるみる険しくなるのである。
「ありがとうございます……生徒会長……これで、やっと……美月の役に立てる」
「……風紀委員会が無理やり、体育祭実行委員に入ってきて、体育祭の見回り担当になって……せめても、あの風紀委員長のお気に入りの朝宮君の負け姿を見せてあげる事が最大の報復ですからね……覇道君……期待していますよ」
生徒会長は、物凄く個人的な理由から、郁人と政宗が100m走で対決できるように、手配したのであった。だが、政宗は、理由など、どうでもよく、ただ、郁人と対決できることに、闘志を燃やすのであった。
「生徒会長……安心してください……必ず、美月に勝利をプレゼントするのだから……」
「それを、聞いて安心しましたよ……そう言えば、なにやら、風紀委員会も裏から手を回している様子で……夜桜さんの相手が、三橋さんになっているそうです……こちらも、変更を訴えてみたのですが……正式にクジで決まったことと言われましてね……こちらも、覇道君の件がある以上……深くは追及できませんでした……ああ、忌々しい風紀委員長が……しかも、今年から、男女混合クラス対抗リレーなるものまで、提案して……表向きは体育教師達発案らしいが、絶対にあのメギツネが絡んでいるに違いありませんよ!!」
だんだんと、怒りが込み上げてきたのか、声を荒らげ、そう言う生徒会長に、疑問顔の政宗なのである。
「その……男女混合クラス対抗リレーが……なぜ、風紀委員長の提案だと?」
「……いえ、そもそも、紅白で行われる時ノ瀬の体育祭で、クラス対抗など今までなかったことですからね……しかも、開催まで後、一週間となるこのタイミングで風紀委員会が体育祭実行委員会に入ってから、提案され可決されたとなれば、風紀委員長を疑うでしょう」
「……それは……そうか……しかし、風紀委員会に……そんなことをして、何のメリットがあると?」
「……朝宮君でしょうね……彼の1組が実質的支配権を強めるための作戦でしょう……あのクラスは、朝宮君と三橋さんが居ますからね……実質今でも1年生でのスクールカーストトップクラスで、二人とも、人気者ですから……そして、クラス対抗リレーで勝てば、名実ともに1年トップとなる訳です」
「……そんな小賢しいことを……やはり、朝宮と三橋……油断ならない奴らだ」
「ええ……特に、三橋さんには利点でしょう……美月さんという強力なライバルに、大打撃を与えることができるのですからね」
「……なんて卑怯な奴らだ……だが、その作戦は失敗に終わりますよ……安心してください……生徒会長」
両手を組んで口元を隠して、シリアスに眼鏡を光らせながら、そう説明する生徒会長に、自信満々にそう言い放つ政宗なのである。
「ほぉ……それは……どうしてですか?」
「簡単ですよ……勝つのは、間違いなく……俺達7組だからさ」
そう自信満々に言い放つ政宗に、眼鏡をクイっとして、期待の視線を向ける生徒会長なのである。
「そうですか……では、この件でも、風紀委員長に一泡吹かせられる訳ですか……それは愉快ですね」
「ああ……1組の卑怯者どもの浅はかな策など……真正面から叩き潰して見せるさ」
悪役よろしく、邪悪な笑みをお互い浮かべてそう言い合う政宗と生徒会長なのであった。
自分が帰った後に、生徒会室で、悪役同士の会話みたいなのが繰り広げられているなど、考えもしない美月は、ノリノリで、いつも通り、公園の前で郁人を待つのである。美月は公園の中を覗くと、いつも通り、まだ、主婦たちが井戸端会議をしており、夕方の犬の散歩をしている人達もいるので、安心して、公園の前で待つのである。
(全く……郁人も私が、ただ、ボーっと何も考えないで、ここで待ってるって思ってるんだよね……私だって、きちんと考えてるんだからね)
毎回、心配そうにする郁人に、そう心の中で少しムッとする美月だが、郁人には内緒なのである。なぜなら、心配されるのは、それは、それで嬉しいからなのである。
案の定、郁人が、公園前で待っている美月を見つけると、心配そうな表情で駆け寄ってきて、こう言うのである。
「美月……また、ここで待っていたのか? 嬉しいが……先に帰っていいんだぞ」
「べ、別に待ってないよ……ただ、たまたま、公園から、出てきたんだよ」
心配そうな郁人の表情を見て、美月は満足気な表情になるが、それを悟られまいと、プイっとそっぽを向いてそう言うのである。
「待っていてくれるのは嬉しいが……もう、遅い時間だし……今度から、先に俺の部屋に行ってていいからな」
「待ってないもん……公園で時間潰していただけだもん……明日も、公園で時間潰すからね!! 絶対に、絶対だからね!!」
両手を握り締めて、胸元にもっていってそう必死に言い放つ美月の頭を撫でる郁人なのである。
「はい、はい……これは、俺が早く先に風紀委員会の仕事を終らせて、ここで待つしかないか」
「べ、別に待ってないよ!! 待ってないからね!! 郁人も、待たなくてもいいんだよ……ううん……よくないけど……いいんだよ!!」
「なんだそれ? でも、現状、風紀委員会の方が終わるの遅いんだよな……風紀委員長の話が長いだけだけどな」
「え?」
「いや……なんでもない……次こそは、風紀委員長の愚痴から逃げて見せる」
頭を撫でられながら、美月は郁人の独り言に、キョトンと疑問顔を浮かべ、その美月の表情を見て、郁人は、美月の頭をなでなでしながら、そう決意を固めるのであった。
「あ……郁人!! 郁人にね!! 大事な、大事なお話があるんだよ!!」
「大事な話?」
頭を撫でられながら、上目遣いで美月が、ワクワク表情でそう郁人に言うと、なぜか、不安そうな表情の郁人なのである。
「だ、大事な話って……なんだ?」
「えへへへへ、郁人、郁人……あのね!! 明日ね」
「明日?」
「えへへへへ……明日、郁人お昼に一緒にお弁当食べれるよ!!」
「は?」
何を言われるのかと構えていた郁人が、突然、美月にそう言われて、呆気にとられた表情になるのである。そんな、郁人に美月は、明日の作戦内容を事細かに説明すると、郁人がなるほどと納得して、えへへと笑う美月にこう言うのである。
「美月……よくやった!!」
「えへへへへ、郁人、もっと、私を褒めてもいいんだ!!」
郁人に褒められ、鼻が高くなり、もっと、褒めてと郁人にドヤる美月の頭を、よくやったな美月と、わしゃわし、勢いよく撫でまくる郁人なのである。すごい勢いで髪が乱れていく美月だが、物凄く嬉しそうなのであった。
そして、郁人も久しぶりに機嫌が良さそうに、上機嫌な美月と手をつないで一緒に帰り、上機嫌なまま、二人はお互いの家に帰り、美月はただいまと上機嫌に言うと、リビングに居る美悠に、今日も郁人の家に行ってくると伝えるのである。
「ちょ……お姉ちゃん!? か、髪……す、凄いことになってるよ!?」
テレビを見ながら、今日もでしょと聞き流そうとした美悠だが、姉の美月の髪が、物凄くぼさぼさになっていることに驚き、突っ込むのである。
「えへへへへ、そうだね」
「そうだねって……凄いことになってるって!!」
なぜか、嬉しそうにそう言う姉の美月に、この姉、気が狂ったのかと、心配になる美悠なのである。リビングに居た母の美里も、美月のぼさぼさの髪を見て、驚くのである。
「み、美月ちゃん!? ど、どうしたの!? その髪!?」
「……別にどうでもいいでしょ……じゃあ、私郁人の家に行ってくるから」
心配そうに声をかける母の美里をジッと見て、急にテンションが下がる美月は、真顔でそう言って、バタバタ手を洗いに洗面所に向かうのであった。
「ちょっと……美月ちゃん、話しはまだ……」
「お母さん……お姉ちゃん機嫌良さそうだし……大丈夫でしょ……どうせ、お兄ちゃんの機嫌がよくなって、頭撫でまわされたんだよ……たまにあるじゃん……さすがに久しぶりすぎて、驚いたけど……」
母の美里は、確かに子供の頃から、幼馴染の郁人に、凄い勢いで頭を撫でられて、髪がぼさぼさになって、物凄く喜ぶ美月を思い出すのである。
「た、確かに……そうだったわね……でも、心配なのよね……美月ちゃん」
「でも、今あんまり、何かお姉ちゃんに言うと、もっと、お姉ちゃん怒ると思うよ……今はそっとしておいた方が良いよ」
母の美里が、そう言って、やっぱり、本人の口から聞き出そうと、美月の所に行こうとするが、美悠がテレビを見ながら、そう言って止めるのである。
「でも……」
「……まぁ、今以上に、お姉ちゃんと気まずくなりたいなら、私は止めないけどね」
美悠は、心配そうな母の美里を見て、最後の忠告とそう言うと、もう何も言わずにテレビを見るのである。
「……」
そう言われて、母の美里はどうしようと悩むのだが、その間に、美月は、すでに自分の部屋に行って、私服に着替えて、ぼさぼさの髪もきちっと直して、二階から下りてくるのである。
「……じゃあ、行ってくるね……すぐに戻ってくるから」
美月は、そう言って、バタバタと玄関から出て行くのである。そんな、美月に結局何も言えなかった母の美里なのである。
(それでいいと思うけどね……あんだけ、放任主義しといて、今更過保護になられても、お姉ちゃんだって、それは怒るよ)
頭を抱えながら、ダイニングテーブルの自分の席に座る母の美里に、心の中でそう呟く美悠は、テレビを消して、自分の部屋に行くのである。
美悠は、お兄ちゃんが大好きで、姉の美月も好きなのである。子供の頃から、仕事で忙しかった母や父の代わりに、いつも一緒に居てくれたからだ。実際、美悠は子供の頃は、郁人の事を実の兄と思っていたほどに、面倒を見てもらったのである。姉の美月も、いつも、美悠の事を気にかけていてくれたから、大好きなお兄ちゃんといつも一緒に居る姉の事を、嫉妬はしても、嫌いにはならなかったのである。
だから、別に両親が嫌いなわけではないが、子供の頃に、ずっと、雅人と一緒に遊ばされて、姉の美月と、お隣の郁人君が仲良いから、あなた達も、仲良しよねとばかりに、お隣の雅人とセットにされ、放置されていたことを、未だに根に持っている美悠なのである
だからこそ、今更、何故か、美月の心配をしだす母の美里に、美悠は呆れるのである。
「そんなに心配するなら、あの時もっとお姉ちゃんの事……そうすれば、私だって……もっと、お兄ちゃんと……」
美悠は、階段を上りながら、ぼそりと恨み言を呟くと、ため息をついて、自分の部屋に向かうのであった。
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