第90話乙女ゲーのヒロインは、幼馴染と恋人同士になれたのに、よそよそしくなってしまうのである。 その15

 台所に、二人で並んで立つ郁人と美月は、とりあえず、夕食兼夜食を作ろうとするのである。


「郁人、今日は何作るつもりだったの?」

「今日は、生姜焼きと適当にサラダ作って、みそ汁だな…とりあえず、ご飯炊いとくな」


 美月は、ふむと腕を組んで考え込むのである。そんな、美月をチラリと見ながら、ご飯を研ぎだす郁人なのである。


「じゃあ、少しアレンジしよう…ほら、梅干しあるし、生姜焼きに梅干し入れようよ」

「美月に任せる…美月の料理は美味しいしな」


 そう人差し指を口元に当てながら、可愛く郁人に提案する美月に、ニッコリな郁人は、美月に全てお任せするのである。


「ねぇ…郁人…私ね…郁人のおかげで立ち直れたよ……本当にありがとう」

「俺は何もしてないけどな…正直…よくわかってないしな」


 料理をしている中、美月は郁人にそうお礼を言うが、郁人としては、何かしたつもりはないのである。


「…郁人…郁人は、何もしたつもりないかもだけど…私にとっては、嬉しかったんだよ…ねぇ、郁人……高校生になって…私達の関係性が変わってしまったよね」

「そうだな…恋人同士になったし…学校ではあまり一緒に居られないし…美月は、挙動不審だしな」


 美月の発言に、郁人はニヤリと美月を揶揄うのである。そんな郁人をキッと睨む美月の顔は恥ずかしさから少し赤いのである。


「郁人…怒るよ!!」

「もう怒ってるけどな」

「郁人!!」

「…悪かったな…美月」


 頬を膨らませて郁人を睨み怒る美月に、素直に謝る郁人なのである。まったくと呆れる美月は、怒りを鎮めて、料理を再開するのである。


「……私…真面目な話してるんだからね…黙って聞いてよね」

「悪かったって」

「……ねえ…昔…覚えてる? あの時の事…あの時…私達の関係が…変わってしまいそうになった時…郁人が…全部郁人のおかげだよね……私…何をやっても郁人に負けてばっかり…だから……私も頑張ろうって…また、頑張ろうって思ったんだよ」

「……美月」


 手を止めて、心の中の想いを吐露する美月を、郁人もジッと見つめるのである。


「わかったんだよ…郁人…想うだけじゃ、思うだけだと…ずっと、一緒には居られないって…一緒に居るには覚悟がいるって……ねぇ…郁人、私は…絶対に郁人と一緒にいるよ…何があっても」

「……美月…俺も、ずっと美月と一緒に居るからな…大丈夫…美月、俺達なら…きっと、何があっても大丈夫だ…あの時も…乗り越えてきただろ? 俺は、ずっと、一緒に居るからな」


 美月は、実の妹の美悠を傷つけ、雅人の想いを否定して、それでも、自分の願いを叶える覚悟を決めたのである。その決意を、郁人に伝えた美月だが、郁人は疾うの昔に覚悟を決めていたのである。


「うん…ずっと…一緒だよ」


 美月は、そう言って微笑みながら、心の底から安心して、料理を作るのである。そんな、美月に郁人も微笑んで、作業を再開して、それからは、二人は、無言で料理を作るのであった。


 そして、二人でご飯を作り、二人で、配膳して、二人で、向かい合って座り、仲良くいただきますして、夕食兼夜食を食べる郁人と美月は、ただ、ご飯を一緒に作って、一緒に食べるだけなのに、物凄く幸せを感じる二人なのである。


 二人にとって、当たり前の関係が戻ってきたのであった。美月も、郁人をチラリと見ても、恥ずかしさより、嬉しさと幸福と、そして愛おしさを強く感じるのである。


「郁人」

「なんだ? 美月…」

「えへへへ、呼んでみただけだよ」

「なんだそれ?」


 嬉しそうに郁人の名前を呼ぶ美月に、呆れながらも笑う郁人は、美月を見つめながら、本当に良かったと思うのである。美月が笑っていてくれることが、郁人にとって、何よりも大切なことで、幸せなことなのである。


 二人で笑い合って食事をとると、美月は、郁人の事を真直ぐに見つめて、ニッコリ笑うのである。


「じゃあ、郁人、次は別のゲームで勝負だよ!」

「美月!? まだやるのか!?」

「もちろんだよ!! 郁人には、絶対に負けないんだからね!!」


 ドヤ顔でそう言う美月は、食べ終わった食器をノリノリで片付けながらそう言うのである。郁人は、呆れながら、自分の食器を片付けて、台所に向かう美月を追うのである。


「美月…ゲームはまたにしないか?」

「ダメだよ…郁人…私は、絶対に郁人には負けないって決めたんだからね…まずは、ゲームで勝負だよ!!」

「…そ、そうか…でも…美月…ゲームよわ…」


 そう、食べ終わった食器を一緒に洗いながら、会話していると、郁人の発言にムッとなる美月は、ジト目で郁人を睨むのである。


「言っておくけど、私は弱くないからね…まだ、ちょっと、コツをつかんでないだけなんだよ」

「いや…美月の場合…コツって以前に…そもそも…ゲームが向いてな…」


 またも、郁人の発言を、鋭い視線で遮る美月なのである。


「ねぇ…郁人、前から言おうと思ってたけどね……はっきり言うね」

「あ…ああ」

「私の方が絶対、郁人の事好きだからね!!」

「……え!?」


 美月の突然の愛の告白と、自分の方があなたの事を愛してる宣言に戸惑う郁人に、ドヤ顔でニッコリな美月なのである。


「美月…どうしたんだ? 突然?」

「だから、私の方が、郁人の事、絶対好きだってことだよ!!」

「い、いや…それは、いいけど…その…な、なんで突然そんなこと言いだすんだ?」


 郁人は、そう言われて嬉しいが、戸惑いの方が強いため、そう疑問を口にするが、美月は、疑問顔で首を傾げるのである。


「突然じゃないよ…だって、ずっと、私が思ってることだもん…ここで、はっきり郁人に宣言しとこうと思って…だから、私……美月は絶対に、郁人には負けないよ!!」

「……よくわからんが…よし、わかった…なら、俺から言えることはただ一つだ…俺の方が、美月の事大好きだからな…これだけは、負けないからな」


 ムッとする美月に、余裕の笑みを浮かべる郁人なのである。ここに、郁人と美月の、どっちの愛が重いか対戦が勃発するのである。


「だから、まず、ゲームで勝負だよ!! 郁人」

「いや…だから…それは、美月が不利だって」

「不利じゃないよ!! それに、ちょっとだけ、ちょっとだけ、苦手なことで勝った方が、勝ったって感じがするでしょ」

「ちょっとだけ…苦手?」


 美月の発言に疑問を口にする郁人だが、やはり美月の圧の込められた視線に黙る郁人なのであった。


「じゃあ、郁人、勝負の続きだよ!!」

「あ…ああ…美月がそれでいいなら…いいけど」


 やる気満々な美月に対して、乗り気じゃない郁人は、片づけを終えて、ノリノリで二階の郁人の部屋に向かう美月を追うのであった。


 そして、美月が勝てば別の対戦ゲームをプレイして、美月が勝てば、別の対戦ゲームをして、という繰り返しを朝まで続ける二人なのであった。


「もう、朝だな…さすがにもう眠いな……美月は元気だな」

「私は、まだまだやれるよ!! ていうか、やるよ!! 私が連勝できるゲームがあるはずだよ!!」

「いや…ないとおも……いや、きっと…探せばあるな…うん…でも、今日はもうやめような」


 ジト目で、ジッと睨んでくる美月に、そう捲し立てる郁人なのである。美月は、渋々引き下がるのである。


「全く…郁人は、体力無いよね…今から走り行かなくていいの?」

「美月……お前昼寝てただろ…ていうか、さすがに今から走りに行かせるとか鬼か…いや、美月は天使だが…」


 もはや、徹夜明けのテンションで訳わからないことを言う郁人なのである。


「じゃあ、今日は引き分けだね」

「いや…どう考えても…美月のま……そうだな…引き分けだな」


 やはり、美月の鋭い視線に、美月ちゃん絶対肯定BOTと化す郁人なのであった。そんな郁人に満足気な美月は、ニッコリ微笑むのである。


「じゃあ、今日は、一旦帰るね……また、お昼過ぎに遊びに来るからね…決着つけないとだしね」

「あ…ああ、わかった…俺はそれまで、とりあえず、寝てるからな」


 そう言って、美月を家まで送るために、二人で外に出ると、もうすでに、陽は上っており、7時を過ぎているのであった。そして、美月を家まで送り、お風呂に入り、自分のベッドに横になり、布団をかぶると、安心する郁人なのである。


「久しぶりに……安心して寝れそうだな」


 そう独り言を言って、安らかな眠りに落ちる郁人なのであった。

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