第86話乙女ゲーのヒロインは、幼馴染と恋人同士になれたのに、よそよそしくなってしまうのである。 その11

 美悠から、衝撃の事実を聞いて、雅人から、告白され、頭がグルグルで、訳が分からなくなってしまう美月は、部屋に閉じこもって、ベッドで布団にくるまって、ふさぎこむ美月なのである。


 いつの間にか、夜になって、母の美里が心配して声をかけるが、美月は、その声すら、聞こえないのである。


 ずっと、懺悔と後悔に苛まれる美月なのである。美悠が、郁人の事を好きって言った時、自分は美悠に酷いことをしてきたと思い、雅人に告白され、戸惑い、困惑して、そして、正直、迷惑だと思ってしまった美月は、自分の嫌な部分に、嫌気がさすのである。


(こんな、酷い私は…郁人に好かれる権利があるのかな)


 弱気になってしま美月は、そんなことを考えてしまい胸が苦しくなるのである。


(苦しいよ…怖いよ…どうすればいいの? 郁人、助けてよ…郁人…私はどうすればいいの?)


 美月は、もはや、心の中で郁人にずっと、助けを求めるのだった。






 いつの間にか暗闇の中で、美月は一人膝を抱えて座りこんでいたのである。そして、ふと顔をあげると、そこには、小さい頃の郁人が居たのである。


 美月は、ジッと、小学生の頃の郁人を見ているのである。どうせ、置いて行かれるんだと、美月は、顔をまた伏せるのである。


 何度も昔見た夢だ。結果はわかっている美月にとって、悲しいけど、仕方ないことだと、割り切るのである。でも、やっぱり、一人は嫌で、郁人と一緒に居たい美月は、再度顔をあげるのである。


(ほら、郁人が……え? なんで郁人がいるの?)


 顔をあげた美月の前に、現在の郁人が立っているのである。ジッと、その郁人の顔を見ると、彼は笑いかけてくれて、手を差し伸べるのである。


 美月は、そっとその手を取ると、座りこんで、動けなくなっている自分を引き起こしてくれるのである。


「い、郁人…どこに行くの?」


 美月は、そう言葉を発するが、夢の中の郁人は無言で、美月の手を握り締め、暗闇の中を歩き続ける。


 ずっと、続く暗闇に心細くなりそうな美月だが、手を引いて歩いてくれる郁人の背中を見ると自然と安心して、歩き続けられる美月なのだ。


 行く当てもなく暗闇の中を彷徨う美月に、恐怖心や恐れはないのである。ただ、郁人に手を握られ、郁人と一緒にいるだけで、幸せな美月なのであった。


 そして、突然、郁人が立ち止まり、美月も、また、立ち止まるのである。


「郁人? どうしたの?」


 美月は、そう夢の中の郁人にそう言うが、郁人から返事はないのである。そして、郁人は突然振り向いて、美月をジッと見つめる。そんな郁人を、ジッと見返す美月は郁人がぎゅっと自分の手を握り締めていることに気がついて、自分も力を込めて、握り返すのである。


「郁人、私は……どうしたらいいの?」


 美月は心の中の不安を、夢の中の郁人に吐露するのである。そんな、美月をジッと見ているだけの郁人なのである。美月は、郁人の手を力強く握り締めて、ジッと郁人を見つめるのである。


「郁人…私は……郁人」


 郁人と名前を呼ぶと、美月は夢から覚めるのである。いつの間にか、寝てしまっていた美月は、目が覚めて、不安になるのだが、自分の右手に違和感を感じる美月は、ふとそちらを見ると、郁人が心配そうに美月の手を握っていたのであった。美月は、まだ夢の中なのかなとジッと郁人を見ていたのだが、だんだん、頭が覚醒してきて、現実に郁人が自分の目の前に居るという事に気がつき動揺する美月なのである。


「い、いいいい、郁人!? な、なんで? なんでいるの?」


 美月は、恥ずかしくなって、布団で自分の顔を半分隠しながら、郁人の方をジッと見つめながらそう言うのである。もうすでに、夜もあけて、お昼も過ぎていたのである。


「美月の事が心配でな……見舞いに来た……美月に連絡しても、返事がないから、心配したんだぞ」


 心配そうな表情でそう言う郁人だが、慌てる美月を見て、安心して、微笑む郁人なのである。


「そそそそそ、そう言う事じゃなくて…こ、ここ、わ、私の部屋だよ!?」

「心配でな…合鍵使わせてもらった……まぁ、美月と俺は、幼馴染で、恋人同士だから…いいよな?」


 そうはっきり言われて、美月は、恥ずかしさで顔が赤くなり、でも、嬉しくて、コクンと頷いて郁人の方をジッと見つめるのである。


「最近、調子悪そうだったから、心配だったんだよな……大丈夫か美月? 何か欲しい物でもあるか?」


 郁人は、ペットボトルのミネラルウォーターを美月に手渡して、そう尋ねると、美月は、首を左右に振って、渡されたミネラルウォーターを飲むのである。


「……い、郁人……ごめんね…心配かけたよね」

「……気にするな」


 そう美月の事を見つめる郁人に、やはり、恥ずかしくなる美月は、昨日の出来事を思い出して、胸が痛むのである。


「美月……何かあったのか?」


 酷く落ち込む美月に、そう尋ねる郁人だが、美月は何も言わない、言える訳がないのであった。


「ごめんね……郁人…私…」

「言えないことなのか…そうか……美月…俺から、一つだけ、いいか?」


 俯き、郁人から目を背けて、背徳感に苛まれる美月を、真剣な表情で見て、美月にそう尋ねる郁人に、コクンと頷く美月なのである。


「美月……俺は、美月の笑顔が好きだ…美月が笑っていてくれるなら…他に何もいらない…美月には笑っていて欲しんだ……悪いな…我儘言って」

「郁人?」


 そう言う郁人に、驚きの表情を浮かべて郁人の方を見る美月なのである。


「い、郁人…わ、私……」

「最近…美月の様子が変だから……少し不安だったんだ……嫌な夢も見て…なぁ…美月、俺と美月は……幼馴染だよな?」


 郁人も、最近、ずっと悩んでいたのだった。美月との付き合い方を、接し方を、どうすればいいのか…ずっと、不安で、昔見ていた嫌な夢を見てしまうほどに、悩んでいた郁人なのである。そんな郁人の不安を感じた美月は、ジッと郁人の事を見つめるのである。


「……そうだよ…郁人?」

「なぁ…美月……俺達、最近…すれ違ってばかりだよな…昔は、ただ、一緒に居れればそれでよかったはずなのに…」


 郁人の発言に、美月もそうかもと思うのである。美月もまた、ただ一緒に居れればよかっただけなのに、最近は普通の恋人同士って何するのとか、どうすれば恋人同士に見えるかなど、周りの事ばかり気にしていた美月なのである。


「そうだね…昔は……」


 美月は、昔は郁人に言えないことなんてなかったのに、最近は言えないことばかりである。そんな、自分に嫌気がさす美月なのである。そんな落ち込む美月を見つめる郁人の表情は、とても落ち着いているのである。


「でも、照れる美月も可愛いけどな」


 そう、にやりと笑い突然そう揶揄ってくる郁人に、顔を真っ赤にして照れる美月は、ムッとなるのである。


「そ、それは…い、郁人が悪いんだよ!!」

「なんで、俺が悪いんだ?」

「だ、だって…い、郁人が…か、カッコよすぎるのが悪いよ!!」

「なんだそれ?」


 美月の理不尽な言い分に呆れる郁人なのである。


「美月……俺と美月は…幼馴染でさ…普通の恋人とは…たぶん違うんだって、思ったんだ」

「…郁人?」

「美月…俺と美月の絆って…幼馴染として、築いてきた絆って…ただの、そこら辺の恋人と同じなのか? 俺は、違うと思った」

「……郁人」

「俺と美月は……今まで通りで良いんだって…そう思った…俺は、美月とただ一緒にずっといたい……美月は…どう思ってるんだ?」

「私も…私も!! 郁人と一緒に居たいよ!! ずっと、一緒に居たいよ!!」


 そして、美月はハッと気付くのである。ずっと、悩んでいたことの答えが出る美月なのであった。


(そうだよ…私達…恋人同士になったけど…ここがゴールじゃないんだ……ずっと、ずっと郁人と一緒にいたい…だから、この先も、ずっと、郁人と…)


 美月は、考えるのである。美悠に申し訳ないから、郁人を諦めるのか? 雅人の事が可哀想だから、仕方なく雅人の想いに応えるのか? そんなの無理に決まっているのだ。だって、美月は郁人の事が大好きで、愛していて、ずっと、一緒に居たいのだから、答えはもう出ていたはずなのである。


「郁人……ありがとう…私…元気出たよ…私達…そうだよね…恋人である前に、幼馴染なんだよね…ずっと、一緒にいた…幼馴染なんだよ」

「美月」


 美月は、ジッと郁人の方を決意に満ちた眼差しで見つめると、郁人は安心した表情を浮かべて、微笑むのである。


「郁人はやっぱり、私にとって…ヒーローだね…郁人が居てくれるだけで…元気になれるよ…つらい時…絶対郁人が助けに来てくれる…ありがとう…郁人」

「俺は何もしてないけどな…元気になったならよかった」


 美月と郁人はお互い笑い合うのである。そして、勢いよく上半身を起こす美月なのである。


「ごめんね…郁人…私、やらないといけないことがあるの…郁人、それをやったら、郁人の部屋に行くから…待っててもらってもいいかな?」


 そう決意に満ちた眼差しで郁人を見つめてそう言う美月に、優しい微笑みを浮かべる郁人なのである。


「ああ…待ってるな」

「うん……待っててね」


 そして、郁人は一瞬だけ美月の方を見て、頑張れ美月と心の中で応援して、美月の部屋を出て行くのである。美月は、自分の両頬を両手で叩いて気合を入れるのである。


(ごめんね…私は、郁人とずっと一緒に居るよ……たとえ、二人を傷つけることになっても)


 美月はベッドから起き上がり、ハッとなるのである。自分が昨日からお風呂に入ってないことに気がついて、急に恥ずかしくなる美月は、慌てってお風呂に入りに行くのであった。

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