第37話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインは、幼馴染として最初で最後の大喧嘩をするのである。

 無言で睨み合う郁人と美月である。郁人も美月も、不機嫌である。郁人の部屋は、緊張感でピリピリしている。


「郁人…私は怒ってるよ!!」

「…それは、俺もだ…美月…昨日は、何で勝手に帰ったんだ?」

「それは郁人のせいでしょ!!」

「なんで俺のせいになるんだ!!」

「郁人が、悪いの!! 全部郁人が悪いんだからね!!」

「はぁ?」


 美月は、郁人を怒鳴る。郁人も口調が荒ぶり、意味不明な美月に対してさらに怒りが増す郁人である。


「勝手に帰ったの美月だろ? なんで俺が悪いんだ? だいたい、美月も悪いだろ?」

「なんでよ!? 私の何が悪いのよ!?」

「だから、お前が勝手に帰るからだろ!! 俺の事が…嫌いなら…はっきり、言えばいいだろ!!」

「え!? なんで、私が郁人のこと嫌いって話になるのよ!!」

「だから…お前が、昨日何も言わずに帰るからだろ!!」

「だから、あれは、郁人が悪いよね!!」

「なんで、そうなるんだよ!!」


 お互い、どんどん怒りのボルテージが上がる。声もどんどん大きくなる二人である。


「だから、美月、何か言いたいことあるならはっきり言えよな!!」

「じゃあ、はっきり、言うよ!! 郁人ハーレムって何よ!! 二次元じゃないんだから、ハーレムとか馬鹿じゃないの!!」

「美月…お前何言ってるんだ!? 意味不明なんだが…だいたい、それ言ったら、お前だろ、逆ハーレムってなんだよ!?」

「郁人、なんの話なのよ!!」


 お互い心当たりがない話をされて、さらに怒りが増すのである。郁人も美月も、視線がさらに鋭くなって、お互い睨み合っている。


「美月…誤魔化さなくていいから…俺に言えないことがあるから…昨日、俺から逃げたんだろ?」

「だから、あれは…郁人が…郁人がハーレムとか作るからでしょ!! 何よ!! ハーレムって、馬鹿じゃないの!! 馬鹿!! 馬鹿!!」

「はぁ!? だから何の話しだ!!」

「とぼけないでよ!! 全部知ってるんだからね!! 女子生徒に囲まれて、嬉しそうにしてたじゃない!!」

「いや、あれは違う…そうなのじゃない!! それに、嬉しそうになんてしてないからな!! だいたい、お前こそ、逆ハー作ってるだろ!? 男子生徒に囲まれてたじゃないか!!」

「え!? ち…違うよ!! 私、別に好きで、囲まれてたわけじゃないよ!!」

「…どうだかな…美月…この際だから…はっきり言ってくれないか…誰か好きな奴ができたんじゃないのか?」

「は…はぁ!? 郁人こそ!! 誰か好きな子ができたんじゃないの!! 私に隠さなくていいから…もうはっきり言ってよ!!」


 お互い、もはや口が止まらない。感情に任せて、声を荒げる二人である。


「はぁ…美月…俺に言いにくいことがあるから…昨日逃げたんだろ? 何か言いたかったことがあるんじゃないのか!!」

「だから…それは、郁人が…郁人が…郁人のことなんて……」


 美月は、今まで怒っていた表情から、急に泣き出しそうになる。瞳に涙が浮かんでいる。自分の事を、何にもわかってくれない郁人に、嫌いと言いそうになった美月は、その言葉が出そうになって、涙腺が緩んでしまったのである。そんな美月から、視線を逸らす郁人である。


「……郁人が悪いよ!! 全部!! 郁人の馬鹿!! 馬鹿!! ばかぁぁぁ!!」

「……馬鹿はお前だろ!! この馬鹿美月が!!」

「馬鹿じゃないよ!! 郁人の方が馬鹿、馬鹿、馬鹿だよ!!」

「俺は、馬鹿じゃない…この馬鹿が!!」


 フルフル体を震わせて、泣きそうなのを我慢しながら叫ぶ美月に、郁人も反論するのである。


「馬鹿郁人…どうして、私のことをわかってくれないの!? 今までなら、なんでもわかってくれたじゃない!! どうして!! どうして、私の気持ちがわからないのよ!!」

「それは、美月もだろ!! 俺の気持ち、わかるのか!! 俺が、お前の事、どう思ってるのか…美月…お前はわかるのか!!」

「わ…わかんないよ!! 今まで、郁人の事…なんとなくわかっていたのに…高校入ってから…全然わかんないよ!!」

「俺だって、美月の事、高校に入ってから、わからなくなってしまった…今までこんなことなかった…お前のことを見れば…なんとなく通じ合ってた気がしたのに…」


 二人とも苦しそうな表情をする。美月は、もはや涙腺が決壊寸前である。今まで、なんでも分かり合ってきた二人にとって、分かり合えないのは初めての経験だった。だから、お互い不安になって、怒りが込み上げてくるのである。


「ねえ…郁人…どうして…ハーレムなの?」

「だから…なんの話だ!! 俺がいつハーレムなんて作るって言った!! それに、ハーレムって言うなら、美月だろ…逆ハー作ってるだろ!!」

「なんでそんな話になるのよ!! そもそも、郁人がモテモテなのが悪いんだよ!! 女子にモテて、デレデレして!!」

「はぁ!? なんで俺が、モテるってことになってるんだよ!! モテるのはお前だろ? 美月!!」


 お互い、衝撃発言をする。お互い、お前は何を言っているんだ状態である。


「わ…私はモテないよ!!」

「俺だって、モテたことなんてないぞ!!」

「嘘だよ!! 郁人昔からモテてたよね!!」

「美月こそ、嘘つくなよな…美月も男子にモテてただろ!!」


 お互い、見つめ合う。美月は顔を伏せて、涙を流している。郁人は、そんな美月が見てられなくて、美月から顔を逸らす。


「…ねえ…郁人は、昔からモテてたよ…だから…私だって努力したんだよ!! 頑張ったんだよ!! 郁人に…郁人に、私のことをずっと見ていてほしくて…なんで私のことを見てくれないの!?」

「…俺は、昔から美月の事しか見てない…だいたい、お前だって、昔からモテて今だって、他の男に囲まれて、俺の事なんて見てないだろ!!」

「そ、そんなことないよ!! 私は、昔から郁人の事しか見てないよ!!」


 美月は、涙を流して、郁人の方を見つめる。その表情には必死さがあった。郁人は、そんな美月を見て、顔を伏せる。


「俺だって…お前がモテてたから…お前に…お前のために…努力してきた…なぁ…美月…この際だから…はっきりさせよう…俺は…ハーレムなんて作ろうと思ったことなんかない…俺が…モテてたことも…正直…信じられない…でもな…俺は…お前のことしか見てない…これだけは、信じてくれ」

「……郁人…わ…私だって…自分がモテるなんて…正直…信じられないよ…それに、逆ハーなんて、考えたこともないよ…だって、私は郁人の事しか見てないもん!!」


 お互いジッと見つめ合う。美月は涙が止まらない。ヒックヒックと泣きじゃくっている。郁人はそんな美月を見るのが辛いが、ジッと美月を見つめるのである。


「もし俺がハーレムを本当に作ろうとして、どうして…美月がそんなに怒ってるんだ?」

「それは、郁人もだよね? 私が逆ハー作ったら、何で郁人が怒るの?」


 二人は、お互い探りを入れ合うのである。なんとなく。二人は察したからである。美月は涙を袖で拭って、何とか涙を止めようとしていた。


「最初は…美月が逆ハーを作ってるって聞いた時…美月が望むのなら、俺は、美月の逆ハーメンバーでいいと思っていた…でも…それは、自分を誤魔化してるだけだった…美月が、他の誰かを好きなのが…俺は許せない…だから…怒った…すまない…美月」

「…ううん…郁人…私こそごめんね…私も、郁人が…ハーレム目指してるって聞いて、じゃあ、私も郁人のハーレムメンバーでいいと思ったの…でも、郁人の瞳が…他の子に向くことが…私は許せなかったの…だから…郁人から…その話を聞きたくなくて…昨日逃げちゃったの…ごめんね」

「そうだったのか…じゃあ…あの…幼馴染を名乗る男のことは…どう思ってるんだ?」


 郁人は、真直ぐ美月を見つめて、真剣な表情で尋ねる。美月は、真っ赤な瞳で郁人を見返す。


「それって…たぶん…覇道君のことだよね? どうも思ってないよ…どっちかっていうと嫌いかな…ねえ…郁人…じゃあ、私からも聞くね…あの…幼馴染の女の子の事…どう思ってるの?」


 今度は、美月が郁人をまっすぐ見つめて尋ねる。郁人も、美月を真剣な眼差しで見返す。


「…ああ…三橋の事だな…悪いが…なんとも思ってない…そもそも、俺は、他の女子のことは好きじゃない…それにしても…そうか…俺は…お前が…アイツのことが好きかもと思って…不安で…だから、怒ってしまった…嫉妬したんだ…悪いな…美月」

「郁人…その…わ…私も…郁人が、他の女の子の事が好きなんじゃないかって…その…三橋さんの事が好きなんじゃないかって思って…だから、不安で…昨日は…逃げたの…もしも、郁人の口から…そんなこと言われたら…私…」

「……美月…はぁ~…そうか…そっか…俺…美月から嫌われた訳じゃないんだな」

「わ、私が郁人のこと嫌いになるなんてある訳ないよ!!」


 郁人は、気が抜けたのか、床に座り込み、美月のことを見上げる。美月は、そんな郁人のことを見つめる。


「そっか…なぁ…美月・・・俺…お前のことが好きだ」


 郁人は、はっきり、美月に想いを告げる。ジッと美月の顔見つめる郁人に、美月は驚きの表情を浮かべる。


「……私も郁人のこと好きだよ」


 そう言って、美月は、真っ赤になって、郁人の想いに応えるのである。


「美月…とりえず…座らないか?」


 郁人はそういうと、自分の隣をポンポンと手でたたいて、美月にここに座るように誘うのである。美月もこくりと頷くと、郁人の隣に座るのである。


「結局…勘違いだったんだな…逆ハーも…そうだよな…美月が…逆ハーとか…ありえないよな」

「そうだよ…でも…郁人がハーレムも…よく考えたら…ありえないよね…なんで、私そんな話信じちゃったんだろ…ほんと…馬鹿だよね」

「それは…俺も…馬鹿だったな」


 郁人と美月は、お互いジッと視線を合わせる。今まで怒っていたのがウソのように、二人とも心が穏やかだった。


 そして、二人は自然と、言葉を発するのである。


「なぁ…俺達」

「ねぇ…私達」

『付き合わないか?』『付き合わない?』


 お互い、目を丸くする。同時にそう言い合ったからである。今まで嘘のように言えなかった言葉が自然と口から出てきたことにも驚いたのである。


「付き合うって…そういう意味だからな…美月…」

「う、うん…わかってるよ…郁人の方こそ…わかってるの?」


 散々すれ違ってきた二人は、ここまで来ても疑心暗鬼になっていた。だから、郁人は、美月を真剣な眼差しで見つめてはっきりと確認するのである。


「……また、勘違いとかだったら…嫌だから…はっきり、させるぞ…美月は、俺の彼女ってことでいいんだよな?」

「うん…ねぇ…郁人も…私の彼氏ってことだよね?」

「ああ…もちろんだ…美月・・・俺達・・・幼馴染から、恋人同士になったんだ」

「うん…よかった…うれしい…うれしいよ…郁人」

「お…おい…美月・・・泣くなよな」


 せっかく止まりかけていた美月の涙が、再びあふれ出す。そんな美月に焦る郁人である。美月は両手で涙を拭っている。


「だって、嬉しくて…ずっと、ずっと、こうなれたらって思ってたから!! 嬉しいんだよ!!」

「そっか…はぁ…結局・・・俺達・・・両想いだったんだな」

「そうだよ!! 郁人…本当に鈍感なんだから!!」

「それは、美月もだろ!?」

「そうだね…私達…ほんとに…鈍感だったね」

「ああ…そうだな…ほんと…遠回りしたな」


 お互い、力が抜けるのである。ベットを背もたれに、脱力する二人である。


「中学の卒業式の日…あの日、女子生徒に囲まれていた郁人を見て、私は…焦ったの…このままだと、郁人は私から離れてしまうって…私のことを見てくれなくなるって…だから、高校に入ったら、絶対に…郁人に告白するって決めたんだよ」

「…そうか…実は俺も…卒業式…美月が男子生徒に囲まれてるのを見て、いつか、美月が他の人を好きになったらと思ったら、不安になって、だから、俺も、高校に入ったら、絶対に美月に告白するって決意したんだ」


 そうお互い、高校になってから、ギクシャクした原因を語りだす。そして、お互いが納得するのである。


「そうだったんだね…ねえ…郁人…好きだよ…大好きだ…よ」

「ああ…俺も美月の事…好きだ…って…美月?」


 美月は、郁人に寄りかかって寝息をたてていた。郁人は、急に美月に寄りかかられてドキリとしたが、眠ってしまった美月を見て、微笑ましくなるのであった。


「寝てるのか…そういえば…俺もここ数日寝てなかったな…美月…俺が絶対お前を幸せにするから…な…」


 そして、郁人も瞳を閉じる。二人は寄り添い合って、ここ数日ぶりに安らかな睡眠を得ることができたのである。

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