第35話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインは、とても不安な感情を抱くのである。

 バタバタと階段を駆け下りる美月の足音に、リビングで通話していた雅人が何事かと、リビングから飛び出ると、美月が、急いで靴を履いて、玄関から飛び出すとこだった。


「お邪魔しましたー!!」


 そう言って、扉を閉めて郁人家から飛び出していった美月に、雅人は呆気に取られていた。


「え…姉貴? ど…どうしたんだ!?」

「なに…どうしたのよ? お姉ちゃんがどうかしたの!?」


 通話相手の美悠が、雅人の独り言に疑問を抱くが、すぐに美悠の疑問は解決することになる。なぜなら、慌てて、帰ってきた姉の美月は、ものすごい勢いで階段を駆け上がり、自室に閉じこもったからである。


「お…お姉ちゃん!?」


 美悠は、何事かと、リビングから飛び出して、階段越しに姉に美月に声をかけるが、返事がなかった。


「え…なに!? 何があったの!? そっちで何があったのよ!?」


 通話越しに雅人に怒鳴る美悠に、雅人もなにが何だかわからないのである。


「し…知らねーよ…たっく…よくわかんねーけど…あんまり良いことじゃないんじゃねーの?」

「それはそうでしょ!! まったく…ちょっと、お姉ちゅんに事情聴いてみるから…そっちもお兄ちゃんに聞いてみてよ?」

「兄貴にか!? いや…無理だ!!」

「…はぁ~…ほんと…使えない奴…わかった…とりあえず、通話きるから…」


 美悠はそう言って、一方的に通話を切った。そもそも、美悠としては、雅人とは長く話したくない美悠なのである。


「はぁ~…とりあえず…お姉ちゃん…どうしたの?」


 美悠は階段を上りながら、姉の美月にそう訊ねるが、全く返事がなかった。階段を上って美月の部屋の前まで来た美悠は、とりあえずもう一度声をかけるのだった。


「お姉ちゃん…何かあったの? こんなに早く、お兄ちゃんの家から帰って来るなんて、今までなかったじゃない? どうかしたの?」


 優しく声をかける美悠だが、姉の反応はなかった。


(…これは…お兄ちゃんに聞いた方が早いかも…でも、あ…会いに行くのは…ちょっと…う~…ああぁぁ!! あいつが、しっかりお兄ちゃんに事情聴ければ問題ないのに…ほんと、ヘタレヤローなんだから!!)


 美悠は、とりあず、こうなったら、そっとしておくしかないと判断して、自分の部屋に向かう美悠だった。






 そして、美月に突然家から飛び出された郁人は、部屋で呆然としていた。完全に思考停止して、フリーズ状態であった。扉に手を差し伸べて、驚きの表情を浮かべたまま、固まっているのである。


(ハッ…な…何が起こった!? み…美月が…俺から…に…逃げたのか? ま…ま…まさか…そ…そんなこと…え? いや…でも…あれは…ああぁぁぁ!! 美月に嫌われた!!)


 郁人は、思考が動き出したと同時に、暴走状態に突入した。頭を抱えて膝から崩れ落ちる郁人である。


(ああ…美月に嫌われた…ああぁぁ…美月に嫌われた…あぁぁぁ…美月に嫌われた)


 郁人の表情は今にも死にそうなほどに絶望に染まっている。


(と…と…と…とりあえ…どうすれば? 美月と仲直りできる? そ、そうだ…大切なのは、まず、仲直りだ…美月が逃げたということは…どういうことなんだ? やはり、何か言いにくいことでもあるのか? しかし、それを無理に聞き出すというのも…それとも、いつまでも、逆ハーの件の話をしないことに、腹を立てているのか? くそ…わからん!!)


 郁人はひたすら、美月の逃げた原因と、仲直りするためには、どうすればいいのかをずっと考えていた。






 そして、逃げた美月はというと、自室に閉じこもって、ベッドにうつ伏せになって、枕を両手で抱いている。


(あああああああああああ!! 私何やってるのよ!! 絶対に郁人に嫌われたよ!! 突然飛び出して、絶対怒ってるよ…でも…郁人の口から、聞きたくないよ…他の子が好きって…絶対に聞きたくないよ!! ハーレムなんて嫌だよ!! 私だけを見て欲しいよ!! 私だけの郁人でいて欲しいよ…ううう…私は…我儘だよ)


 美月は、郁人が望むなら、ハーレムもいいと思い込もうとしていたが、やはり、自分だけを見て欲しいのが本音であった。今まで、美月が、郁人のことを見れば、自分のことを見返してくれる。


 そして、美月が郁人の瞳を見れば、いつもその瞳には自分自身が映っていた。


(それが…私の世界の全てなんだ…私の…全てなんだよ…郁人の瞳に映る私が、私の全てなんだよ)


 美月は涙で枕を濡らす。結局、その瞳が自分から、別の人に向いてしまうのが、美月にとっては耐えられなかったのである。そして、美月は、やはり、少しは自分のことを郁人が好きなんじゃないかと思っていたのである。


(郁人…やっぱり…私だけを見て欲しい…ごめんね…私…やっぱり…ハーレムのメンバーにはなれないよ…でも…もし…郁人が…じゃあ、私の事いらないって言ったら…ううぅぅぅ!! どうすればいいのぉぉぉ!!)


 美月は、負の思考に陥ってしまった。完全にマイナス思考になってしまった美月は、ひたすら、枕を涙で濡らすのだった。







そして、その夜、郁人家も美月家も大騒ぎとなる。なぜなら、郁人も美月も、その日は、部屋から一歩も外に出てこなかったからである。


 そして、明日は土曜日で学校も休みであった。郁人も、美月も、スマホで、相手の連絡先を眺めては、スマホを置くという動作を繰り返して、結局何もできないでいたのである。


 そして、一睡もできずに、次の日の朝を迎えた郁人と美月は、次第に、マイナス思考の不安の感情が、怒りへと変わっていたのである。


 今まで、喧嘩すらしたことのない郁人と美月である。お互いのことは、言わなくても何となく通じ合っていた二人が初めてのすれ違いに、次第に相手に怒りの感情が芽生えていたのである。


(どうして…郁人は私の事わかってくれないのよ!! こんなに郁人のことが大好きなのに!! ハーレムって…ハーレムって何なのよ!! 二次元じゃないんだから、現実で、日本で、ハーレムが許される訳ないでしょ!! 郁人…私が、きちんと叱ってあげるんだからね!!)

(ああ…クソ!! 俺が、こんなに美月のことを愛してるのに、なぜ伝わらないんだ!! だいたい、逆ハーってなんだ!? よく考えればおかしいだろ!! 倫理的に間違ってる…俺が、美月を叱ってやるしかない!!)


 郁人と美月は、ほぼ同時にスマホを手に持ち、メッセージを送り合う。そして、今日の午後に郁人の部屋で直接会って話すことになった二人である。


そう幼馴染である郁人と美月の人生で、初めての本気の喧嘩が始まるのである。

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