第32話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲのヒロインとキャットファイトする。

 美月もまた、郁人が女子生徒達に囲まれているのを、遠目から見つめることしか出来ずに、嫉妬心に苛まされ、結局、そのまま放課後を迎えてしまう。


 ホームルームが終わると、急いで、教室を出て、帰宅することにした美月である。


「美月ちゃん…今日残ってくれよ!!」

「…私、これから、用事あるから…」


 やはり、浩二に呼び止められる美月は、そう言って、廊下を走って、下駄箱に向かうのだった。


 なんとか、追って来る浩二を撒いて、学校の外に出た美月の足取りは重かった。朝のハッピー気分から、現在は、アンハピ気分な美月なのである。


 人通りの少ない住宅街の裏道を、トボトボ重い足取りで歩く美月である。


「はぁはぁ、やっと、追いついた…夜桜さん…少し、話があるの…いいかなぁ?」


 美月は、背後から呼び止められ、ゆっくり背後を振り返ると、そこには梨緒が、息を荒げて立っていた。どうやら、梨緒は走って美月を追いかけてきたらしい。


「…私は…お話しすること…ないよ」


 さっき、郁人の隣にいた梨緒の事を思い出して、表情もテンションも、さらに暗くなる美月である。梨緒は、息を整えながら、美月を見つめる。


「はぁ…はぁ…ごめんね…そっちになくても…こっちにはあるの…」


 美月は、ため息が出る。確かに人通りの少ない住宅街だが、今ここで、梨緒と話したら、美月は感情を抑えられる自信がなかった。それだけ、美月にとって、郁人が実際に、女子生徒に囲まれて、郁人の隣に居るのが、梨緒や宏美という事実が認められない美月なのである。


「…やっぱり、私…帰るから…また、今度でいいかな?」

「……夜桜さん…私から逃げるのかなぁ? 郁人君の隣に居られないことが…そんなにショックだったのかなぁ?」


 美月は、目を見開き、驚きの表情を浮かべる。そんな美月に、梨緒はにやりと笑みをこぼす。いつもの、梨緒の浮かべる清楚な笑みではない。あからさまに、他人を見下す邪悪な笑みである。


「図星かなぁ? 図星だよねぇ? よかった…私の気持ち…他の子の気持ち…少しは理解してくれたんじゃないかなぁ? ねぇ…郁人君の幼馴染って、だけで、彼を独占する…夜桜美月さん」


 美月は、歯を食いしばり、力いっぱい拳を握り締め、フルフルと体を震わせる。キッと梨緒のことを睨みつける美月に、余裕の笑みを浮かべる梨緒である。


「私が…今まで、抱いていた感情を理解してくれたんじゃないかなぁ? そうだよ…私は、あなたに嫉妬していたの…ずっと、ずっと、ずっと昔から…郁人君の隣に、私がいないことに…あなたがいることに!! 私はずっと、嫉妬していたの!!」


 梨緒の激しい憎しみと嫉妬が、彼女の声を通して、美月に響き渡る。美月は、今にも、泣きそうな、表情で悔しそうに顔を伏せる。何も言い返せない美月なのである。


「この学校に来て…宏美ちゃん見て…ああ、この子はよくわかってるって思ったの…郁人君は…一人が独占していいような存在じゃない…だって…そうよね? そうだよね? あんなに郁人君のことを好きな子がいるのに…彼を独占することはできないよね?」

「あ…うっ…」


 美月は、何とか反論しようと口を開くが、声が出ない。全身が震える美月は、再び顔を伏せてしまう。


「何にも言えないよねぇ? 今まで、夜桜さんがどれだけの人の心を苦しめてきたと思う? ずっと、なんの苦労もなく、ただ、家が隣ってだけで、郁人君の隣に居られる、夜桜さん…幼馴染でも、隣にいられない…好きでも、隣に居られない…見てもらえもしない…そんな気持ち…夜桜さんにわかるかなぁ?」


 今まで梨緒が抱いていた、嫉妬心や憎悪を、美月にぶつける。それは、今まで無意識に傷つけてきた人たちの分も含めて、美月に突き刺さるのである。だから、美月は何も言えなかった。自分が、郁人に相応しくないと思っている美月にとって、梨緒の言うことは、美月にとっての事実だからである。


 美月は自分が、郁人の幼馴染だから、今までも一緒に居られたということをよくわかっているから、そして、郁人がモテる事も知っていて、幼馴染だからという理由で、ずっと郁人の傍にいたのも事実なのである。


「…夜桜さん…何も言わないんだぁ…そっか…じゃあ…夜桜さん…郁人君の事…諦めてくれなかなぁ?」


 梨緒に、はっきりそう言われる美月は、梨緒を、正面から見据える。そして、はっきり言うのである。


「絶対に嫌だよ…それだけは、絶対に嫌だよ…郁人は…郁人のことは、絶対にあきらめない!!」

「そっか…でも…夜桜さんは、別に郁人君じゃなくてもいいよね? だって、あんなにモテるもんね? 男子生徒にあれだけモテるんだし…別に郁人君のことはいいよね?」

「な…なんの話なのよ!? 私は郁人がいいの…郁人が好きなの!!」

「…夜桜さん…でも、夜桜さんに…郁人君は相応しくないと思うの…はっきり言うね…夜桜さん…私は貴方のことが大っ嫌いなの…男子生徒にチヤホヤされて、いい気になって…郁人君まで、独占しようなんて…そんな、虫のいい話ないよねぇ?」

「だから、なんの話よ!! それに、別に郁人を独占しようとか、郁人をどうとか、そんなことは思ってないよ…ただ、私は郁人の傍に居たいだけ…それだけなのよ!!」


 美月と梨緒は、睨み合って、激しく言い合う。


「そっか…じゃあ、幼馴染として、傍にいれば…幼馴染の友達として…郁人君のことは私に任せていいよ…ただの、郁人君の幼馴染の夜桜さん」

「…絶対に嫌だよ…だいたい…あんたは郁人の何なの!?」

「……郁人君の幼馴染だよ…郁人君の…」

「何それ? 私…あんたの事知らないけど…郁人の幼馴染って何?」


 今度は、梨緒が黙り込むのである。激しく睨みつける美月から、視線を逸らす。


「…私が…郁人に相応しくないって…私自身が、一番よくわかってる…郁人がモテる事も、昔から知ってるよ…私が、郁人の幼馴染だから、郁人は私と一緒に居てくれる…わかってるよ…そんなことはわかってる!! 自分がズルしてるって…そう言われても仕方ないよ」


 黙る梨緒に、美月は自分の気持ちをぶつける。


「…でも、だからって、諦めたりしない…私には郁人しかいないの…いないんだよ!! 私は、絶対にあんたには負けない…私は、ただの幼馴染で終わるつもりなんてないんだから!!」

「…絶対に…絶対に…夜桜さん…だけには…絶対に郁人君を渡さない!!」


 美月と梨緒は睨み合う。お互いに絶対に譲れない想いがある。美月は、もう言うことはないと、その場を立ち去ろうとする。そんな美月の背中をジッと睨み続ける梨緒の瞳には、激しい憎悪と嫉妬の炎が宿っていた。


(ただの幼馴染にすらなれない…私の事なんて…あなたにはわからないでしょうね!!)


 梨緒は、力いっぱい拳を握り締めて、歯を食いしばる。そんな梨緒のことを、一切振り向くこともせず、美月はこの場を立ち去るのだった。

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