第14話乙女ゲーのヒロインは、放課後幼馴染と一緒にいられない。

 さすがに、美悠に悪いと思った美月は、着替えて、郁人の家に向かう準備をすると、リビングに向かう。まだ、両親の旅行話は続いていた。美悠は、適当に相槌を打っていた。


 リビングに美月が入ると、美悠から非難の視線が向けられる。美月は両手を合わせて、無言の謝罪を美悠に送る。父の公人と母の美里は、美月がリビングに戻ってきたことに気がついた。そして、美月が、よそ行きの服に着替えていることに疑問を感じる。そのため、一時旅行の話は中断された。


「美月……めかしこんで、どうした?」

「そんなに、おしゃれしなくていいわよ…普段着にしときなさいね」

「え? 普通だけど……郁人の家にこれから行くだけだよ」


 そう美月が言うと、両親が二人してため息をつく。美悠まで、ため息をついている。


「美月ちゃん……今日は、家族で、食事に行く予定って、前もって連絡してたと思うのだけども」

「あ…うん……知ってるよ。その時間まで、郁人の家にいようかなって…」

「美月……全く、お前は、郁人君も、郁人君で用事というものがあるだろう? あちらも、今日は家族で、どこかに食事に行くと言っていたぞ」

「え? でも、郁人…今日は、家に行ってもいいって言ってたよ」


 その美月の一言に、三人揃って、ため息をついている。


「ていうか、お姉ちゃん…今日は、じゃなくて、今日もでしょ」


 美悠の的確なツッコミに家族一同頷いている。美月は、困惑した表情を浮かべている。


「いい、美月ちゃん……二人は、まだ、お付き合いしてないでしょ? 幼馴染だからって、あまり、男の子の家に毎日遊びに行くのは、お母さんはどうかと思うの」

「……そうだぞ……美月」


 両親は、そう言い放つ。今までも美月なら、ここで顔を真っ赤にして、郁人は幼馴染で、家族みたいなものだからいいのと怒って反論するのだが、今日の美月は違った。顔を真っ赤にして、モジモジしている。


 夜桜家一同は思った。これは、まさか、ついに二人の関係性が幼馴染から、恋人にランクアップしたのではと思ったのである。美悠と父親の公人は、顔を真っ青にする。母親の美里は嬉しそうである。


「あらあら、美月ちゃん……もしかして、郁人君と何かあったのかしら?」


 母親の美里は、嬉しそうに美月に訊ねる。その発言に、聞きたくないと耳を塞ぐ美悠と、父親の公人である。


「あのね。今日ね。郁人に好きって言ってもらえたんだよ!!」


 美月は、顔を真っ赤にして、嬉しそうに、そう言って家族に報告する。その発言を聞いて、父は新聞を無言で読み始め、母は、呆れながら、お茶を入れ始め、妹は寝転がって、テレビを見始める。


 家族一同が、この話題から興味を失った瞬間であった。もちろん、美月は不満気である。ちょっと、怒っている美月である。


「ちょっと、どうして、みんな無言になるのよ? もっと、興味持ってよ!!」


 大きなため息をつく母親の美里は、美月にお茶をだしながら、ダイニングテーブルに誘導する。美月は黙って、自分の定位置に座る。


「美月ちゃん……はい。お茶でも飲んで落ち着きなさい」


 そう、美月に優しく微笑んで、母の美里は露骨にこの話題を終らせにかかる。美月の不満は爆発である。


「ちょっと、露骨に話を終らせにかからないでよ。郁人が、私に好きって言いてくれて、私も好きって言ったんだよ? ねえ、お母さん、これって、もう恋人同士でしょ?」


 えへへと嬉しそうにしている美月を、母の美里は憐れんだ表情で見つめる。実の娘に向ける表情ではない。父の公人は、もはや、完全に顔を新聞で覆い隠し、美悠は、またか、とため息をついている。


「え? みんなして、どうしたのよ? お母さん? どうして、そんな悲しそうな顔で私を見るのよ?」

「美月ちゃん……時に真実は残酷なものなの」

「え? どういうこと?」

「美月ちゃん……知らない方がいいこともこの世にあるの…わかるわね?」


 完全に、母親の美里は、この話題を終らせるために、美月の説得モードにはいっていた。もちろん美月不満である。


「お母さん、どういうこと? 私と郁人は、恋人同士だよね?」


 母親の美里は思うのである。どうして、うちの子はこんなに、恋愛になるとポンコツ化してしまうのかと、心の底から心配している。可哀想なものを見る目で、我が子を見る美里に、美月は完全に混乱している。


「美月ちゃん……よく思い出して、美月ちゃん、郁人君の事、小さい時から、好き好き言っていたわ。郁人君も好き好き言っていたわ」


 そう、母は娘に真実を告げる。その真実に驚愕して、絶望の表情に変わっていく美月は、どうやら、心当たりがあるらしい。


「待って……ということは、郁人の好きって、ラブじゃなくて、ライクってことなの?」


 美月のその発言を受けて、一同は美月から視線を逸らす。三人とも思っている。どちらか問われれば、ラブだろうと思っているが、もはや、この二人は、日常的にしゅきしゅき言い合う仲なので、確信が持てないでもいた。


「でも、待って、確かに、好きって、よく私は言っていた……そして、郁人も言っていた……これって、やっぱり、両想いってことよね?」


 美月は、自問自答している。ポンコツながら、真実にたどりついた美月だが、ハッと考え直してしまう。


「待って、私は、郁人のことを好きって言っていた……確かに…でも、よく考えると、言っていたのは確かだけど、それは、子供の頃からの癖で…つまり、郁人も好きって言うのは、子供の頃から当たり前なのでは? そもそも、さっきも言った通り、ラブじゃなくて、ライクの好き……つまり、両想いではないかもしれない!!」


 ポンコツ美月は、完全に錯乱している。そんな、美月に、家族一同ため息がもれる。


「とにかく、美月ちゃん……今日は郁人君のところに行くのは、やめておきなさいね」

「え? ちょっと、待って、今日はあまり郁人と一緒にいられなかったの…だから、少しでもいいから、郁人と一緒にいたいの」


 美月は、本日は、ほとんど、郁人と一緒にいられなかった。そのため、ものすごく郁人に会いたい衝動に駆られているのである。しかし、そんな、美月を両親は呆れた顔で見つめる。父親の公人も、新聞をテーブルに置くと、ため息をこぼしている。


「美月……嘘まで、言って、郁人君のところに行こうなど……ゆるさんぞ」

「美月ちゃん……お母さんも嘘はよくないと思うわ」

「お姉ちゃん……そこまでして、お兄ちゃんの所に行きたいの?」


 家族一同呆れている。美月の発言は完全に信じられていなかった。美月は、そんな家族の発言にショックを受けている。


「ちょっと、私、嘘なんてついてないよ。今日は本当に郁人と一緒にいられなくて」


 必死に説明しようとする美月を、家族一同、はいはいと聞く耳を持たない。完全に信じられていない。


「美月……お前が、郁人君と一緒にいないわけがない」

「そうよ……美月ちゃんが、郁人君と一緒にいないなんて、あるわけないわ」

「うん。お姉ちゃんが、お兄ちゃんと一緒にいないなんて考えられないよ」


 完全に日頃の行いから、今日の美月の出来事は信じられないのである。


「本当なの!! 信じてよ!! 郁人と、別のクラスになって、いろいろあって、その、一緒にいられなかったのよ!!」


 もはや、完全に美月の発言はスルーされていた。美月は、郁人に少しでも会いたいので必死である。


「とりあえず、美月ちゃん……今日は、郁人君の家に行っては駄目よ。もし、行こうとしたら、二人の合鍵没収よ」


 美月の両親の必殺技、合鍵没収を発動させる母親の美里に、絶望の表情を浮かべて、美月は固まっている。美月は、幼馴染の郁人関連となると、我儘言いだすことを、両親はよく理解していた。そのために、美月に朝宮宅の合鍵を渡してもらっているのである。これを人質にとれば、美月は、黙るしかない。


「美月……今日は諦めなさい」


 父親の公人にピシャリとそう言い放たれて、意気消沈する美月は、うなだれている。


「……本当なのに……本当に、今日は郁人と、一緒にいられなかったのに」


 そうぼそぼそ独り言をこぼしている美月を、家族一同完全にスルーするのであった。本日も結局、郁人との関係は進まないまま、完全に想いはすれ違ってしまう美月なのであった。

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