ディサイド─機体コードKTKN─

PENGUIN

第1話 始まり

 『カバディ』……簡単に言うとドッヂボールのようなコートに人が別れて鬼ごっこをするスポーツ。

 攻撃側は一人で相手コートに入って相手にタッチして自陣コートに戻ることによりポイントが入る。

 守備側はタッチされないように逃げるか相手を陣に返さないように掴まえればポイントが入る。もちろん誰もタッチされなければ互いにポイントは入らない。

 そしてなによりこのスポーツの特徴は攻撃時、『相手コートに入ってから自陣コートに戻るまでの間に「カバディ」と言い続けなければならない』というルールがある。もし言い続けることが出来なければ相手にポイントが入る。そんなスポーツ。




「コーチ! どーして延期に賛成するんですか!? 『カバディ』なんて競技、来年もやるとは限らないじゃないですか!? 『カバディ』やっぱ辞めようみたいな空気になるかもしれないですし!! それに、俺には時間が……」


「竹下君、君の焦る気持ちも君の想いも私には分かっているつもりだ」


「な、ならどうして!!」


「それは『コロナ』を広めないためだ。君の妹さん……セリナちゃんも『コロナ』で苦しんでいる」


「分かっ──」


「──だからだ! セリナちゃんのような『コロナ』に苦しめられている子も、君のように『コロナ』に振り回されている人も、もう私は見たくないんだ」


「──ッ!!」


「……それにね。今や『コロナ』の他に『ティーウイルス』なるものも世間では広まっているそうじゃないか」


「そ、それは……そう、ですけど……」





 『ティーウイルス』……言葉通り『お茶』のウイルスだ。お茶に含まれている『カテキン』と『コロナ』が融合したものである。発症者は人を襲うゾンビとなってしまう恐ろしいウイルス。接触感染のみ感染する。




「そんな物騒な世の中でオリンピックなんて開催なんてしてみたまえ。一気に感染が広まるぞ!!」


 俺はうつむき、拳を握り締め、ただ下唇を噛むことしか出来なかった。……もどかしさ。歯痒さが堪らない。俺はどうしようもないこの感情をコーチにあたるしか発散させる方法を知らなかった。

 だから俺はコーチにあたった。コーチにそんなこと言ったって意味無い。それは分かっている。コーチもそれは分かってくれている。だからコーチは真摯に正面から俺のだだを受け止めてくれている。


「……お前は世話の掛かるやつだったよ」


 ? コーチ? コーチが俺に語りかけ始めた。俺はその場で黙って話を聞く。


「私が今までみてきた選手の中で誰よりも。そして誰よりも『カバディ』に熱い情熱をかけ、誰よりも練習し、誰よりも『カバディ』を長く言い続けられるようになって……そして誰よりも『カバディ』を愛している。私も本当は延期したくはなかったんだ。だって──」


 コーチ、俺のこと、ちゃんと、みて、くれていたんですね。う、うぅ……。俺は思わず涙が流れてしまう。

 俺にとってコーチは『カバディ』のコーチであり、俺の初恋の人。もちろん今でも好きだ。だから俺はコーチ……いや、彼女に金メダルを渡したいんだ!! そして俺はメダルを渡すときにプロポーズすると決めたんだ!!

 だから俺は彼女のため、セリナのためにこのオリンピックに全てを賭けているんだ。

















「──実は私、『ティーウイルス』に感染しまったんだ」





 俺の時は止まってしまった。





「え?」


 マヌケな声しか上がらない。俺でも俺の一生の中で一番マヌケな声を出したかもしれない。俺の中で時は止まっても彼女の言葉は止まらない。


「最近、『ティーウイルス』感染者に噛まれてしまってな。ああ、慌てるな。まだ発症レベルは1だ。レベル4までに『エデン』に行くつもりだ。……一年後にはレベル4。今年ならお前がメダルをとる瞬間を目の前で見れたかもしれないのにな」






 『エデン』……『ティーウイルス』発症者が自主的に行く場所。そこは人を襲うゾンビになる前に楽に殺してくれる場所である。人を襲いたくない、傷付けたくないという人がゾンビ化前に建てた施設。死ぬタイミング、死に方を選ばせてくれる。






 昨今、エデンに行かずその辺で野良ゾンビと成れ果て人が襲われる事件が多発している。その被害者の一人に彼女がなってしまった。ただそれだけの話である。


 俺は部屋から飛び出だした。


「トオル!!」


 彼女の声が聞こえたが無視してそのまま走り出す。目的もなく外を走る。ただただ走り、闇雲に走った。


「ちくしょう! ちくしょう!! ちくしょう!!」


 人の目など気にせず叫びながら走った。










「はぁはぁ、どこだ? ここ。はぁ、はぁ……」


 息も途絶え途絶えになり、少しは感情が治まってきた辺りで俺は足を止めた。ここが今使われていない廃屋の倉庫の中だということは分かるが、それ以外のことは倉庫の外に行かないと分からなそうだった。俺は外に向かいながら走ってきたルートを思い出す。


「たしか俺、河川敷沿いを走って、それから……──ギィ──」


 !? なんだ? 俺はとっさに音のした方を向く。が、倉庫の棚や物で音を発した何かは分からなかった。俺は決断する。













➡確かめに行く

 行かない








 物音がした方へ俺は歩みを進めた。すると『俺いた所の少し先の物陰』からゾンビが現れた。


「野良ゾンビかよ!?」


 ゾンビが声に反応して襲いかかってくる。あ、やべっ!! 感染レベル5かよ! たしかレベル5は視力はあんまよくなかったはず。俺は再び決断する。








 戦う

➡逃げる







 俺はゾンビから背を向け逃げ出した。戦うってそんな素手でどう戦うんだよ!! 噛まれたらゲームオーバーなんだよ、こちとら!


 俺は脱兎の如く逃げ、うまく物陰に隠れることができた。ふぅー、あぶねぇ。噛まれたらオリンピックどころじゃねぇ。レベル5は足が遅いんだったよな。『カバディ』で鍛えた脚力があって良かったぜぇー。




 ──ギィ……ガッシャン!




 なんだなんだ!? さっきゾンビに襲われる前に聞いた音っぽいけど? 俺は物の

隙間から覗いてみた。



 するとそこには美少女がいた。



 は? なんでこんなとこに? ……いや、それよりもここにはゾンビがいるんだって!! あんな音だしたらゾンビに気付かれてあの子が襲われる……。ど、どうする? あ! 今、ゾンビがあの子に向かって歩いている!! あの子! ゾンビに気づいてないのか!? このままじゃ、あの子は……。でも、噛まれたくない。いっそ、あの子を囮に……。


 俺は決断する。












 見捨てる

➡見捨てない!!






「きみ! ゾンビがそっちに向かってる! だから早くそこから逃げるんだ!!」


 俺は物陰から出て、彼女に声を掛けた。ゾンビは俺の方に振り向きこっちに来るが、あの子はそこから一歩も動こうとしなかった。もしかしてあの子もゾンビ? ……いや、違う。ゾンビがあの子に向かったってことはあの子はまだ『ティーウイルス』に感染してない証拠だ。きっと何か動けない事情があるんだろう。


「くそ! 何か無いのか!? 武器は? 武器になりそうなものは!?」


 ゾンビが一歩、また一歩と近寄ってくる。俺はこの倉庫にある武器になりえそうな物を全神経を集中させて探した。そして見つけた。

 この倉庫にある物を置く『棚』……俺の真横にあるその棚の一部が錆びて欠けていた。これだ!!


「ほれ! こっちだこっちだ!」


 俺は無駄にゾンビに挑発し、ゾンビが俺に噛みつける距離までせまって来た時、ゾンビが両手を広げ襲いかかってきた。

 俺は『カバディ』で培ってきた『触れられないようにする立ち回り』でゾンビの攻撃を避け、さらに『カバディ』で練習してきた『相手を自陣コートに戻さないようにするための動き』……そう、体勢を低くしゾンビの足を掴み、ゾンビをこかす!!

 ゾンビの後頭部に棚の錆びて欠けてなっていた部分が突き刺さった。


「よし。なんとかなったな」



 俺はあの子に近づいてみたら俺のキャパを超えることを言われた。












「私とキスして。そして私を飲んで」







 ん? なんて?





「私とキスして。そして私の唾液を飲んで」





 ん? 聞き間違いじゃなかった!? 


 ──ガタガタッ!!


 ゾンビが倉庫の入口からゾロゾロと入って来た。


「私とキスして。ねぇ、早く!!」


 妹セリナはコロナにかかり、オリンピックは延期でコーチが『ティーウイルス』に感染して今、後ろからゾンビが来ていて美少女にキスを迫られるなんだこの状況!? 俺は決断する。












➡キスする

 キスしたい









 えぇい! こうなりゃヤケだ! ヤケ。どうにでもなれーーー!! 俺はこの子とキスをした。キスの味は──。















 ──『お茶』の味がした。









「ありがとう。マスター。これでやつらと戦える」


 え? 戦うって? 何と? ……あ、ゾンビか。

 俺はキスした衝撃でゾンビのことを一瞬忘れていた。


「私は『カテキン』、機体コードKTKN。マスター認証を確認。……さぁ、マスター、攻撃の呪文を唱えて!!」


「こ、攻撃の呪文って言われても……あ! え? なんで分かるんだ?」


「そんなのは当たり前。私を飲んだから。私の『カテキン』が私の使い方を貴方に直接教えたから」


「ちょ、それって……」


「いいから早く!! やつらが来てる!」


 俺は決断する。














➡攻撃の呪文を唱える

















「『カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディイイーーー!!!』」
























 俺が攻撃の呪文を唱えている間、彼女はゾンビを蹂躙するロボットになった。それはあっという間の出来事だった。彼女がゾンビ達を殺すのは。


「私は『カテキン』……擬人化したロボット。私の敵は『コロナ』……『コロナ』に負けた『カテキン』は『ティーウイルス』になってしまうの。だからお願い、私のマスターとなって『コロナ』と『ティーウイルス』を駆逐して」








 ──こうして俺は擬人化した『カテキン』と共に『コロナ』と戦うことを決断した。

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