The Alice influence

無限想起

序章

プロローグ


―——深夜、人にとってはゴールラインとなるかも知れないものに、僕は向かっている。

自分が通う田舎の高校の門は、無防備に開いていて、セキュリティ面で見ると無いに等しい。


「セキュリティ甘すぎだろ、盗られる物もないから当然なのか」


セキュリティ会社の防犯装置に見つからず屋上に到達したのなら、

僕の勝ちなのだろう。


今日のために在学中に調べていたが僕を阻めるようなセキュリティと

言えるようなものは存在しなかった。


正確には、校内に侵入しなくても外側の階段だけを登ればいいだけなんだけどさ。

終にゴール地点一歩手前、屋上への梯子に足を乗せる。


「なんのために?」

もちろん自分の命をなげうち、地面に強打させ粉砕させるためだ。


「そんなこと出来る勇気も無いのによく言う。「散歩行ってくる」なんて

家族に嘘までついてな」


「それぐらい人生に絶望していて、未来に希望が見出だせないんだ」


「じゃあ飛び降りる事が出来るのか?」

声の主は、少し呆れた様子で続けて言った。


「両親、兄弟、警察、同級生、想像してみろ。

 迷惑が掛かるなんてレベルでは済まないんだぞ。

 少しは考えた方がいい。」


「......ちょっと頭を冷やすよ」


真冬なのと、屋上は風を遮る遮蔽物が無いことと重なってとても寒い。


なんだかさっきから心の中で声がする、なんだろうこれ。つい返事をしてしまったが、もう何もかもが、どうでもよくなっていた。


「ついに幻聴まで聞こえるようになっちゃった」


「幻聴じゃないぞ、ほらお前の好きな夜空だ。一番星を探したらどうだ?」

きっぱり否定された、今度はさっきよりも、はっきりと声が聞こえた、どこにいるのだろう。


諦めて声に従ってみる。地面に横たわり視界と精神を空だけでいっぱいにする。空には雲一つ浮かんでいない、幸運だ。風も気持ちいいし、ここに住みたい。


「あったあった見つけたぞ!人間の心が全部この星のように綺麗だったなら

 戦争なんか起こらないんだろうな」


「はぁ、全ての人間が醜いみたいな言い方をするな、思い出せ」


嫌な記憶が蘇る。両親や兄弟が総出で自分のことのように嘆いて、対策を講じてきた。その行為には感謝している。


「みんなお前がどうすれば元気になるか考えてくれただろ?」

この声の主には、不思議と対抗する気にはならなかった、普通なら僕の何を知っているのかと言い返したかもしれない。今は、素直な気持ちで受け答えが出来る。


「そうだったね。俺は、どうやっても結局さ、自殺なんて出来ないんだ」

言葉を頭の中で、捻りだすのさえ、とても億劫で思考するのが難しい。


「恩人達に恩返しが終わってからじゃないと死ねない、本当はそう思ってる」


僕は、死にたくて屋上に独りで登った。

ただ僕は自分の存在を世界から消したかったのかも知れないし、

学校の屋上から、飛び降り自殺という大事件を起こして存在を、残したかったのかもしれない。


「世の中には、経験してないことがたくさんあるぞ、きっとな」

なんだか自殺を踏みとどまりそうになるが、ここで強烈に声の主について気になりだす。


「っていうかさ、お前誰だ?

 オカルト?そういうの信じない、他の人間を助けた方がいいですよ」


「俺は、もう一人のお前だよ。一人で寂しくて死にたいとか考えるんじゃない。

 お前が寂しいってんなら俺が友達になってやる」


「ハハハッ!なんだそれ面白いな! ならもっと早くに出てきてくれよ」

明かされた声の主の予想の斜め上を行く正体と、突拍子もない提案に少し驚いて笑って、先ほどの警戒心が吹っ飛んで消えてしまった。


次に自分が笑った感覚が久しぶりで驚いた。いつからだろう、笑えなくなったのは。だけど今は自然に笑いがこみあげて、楽しい気分だ。


続けて、僕はこう提案する。


 「認識するのに、呼ぶ名前が必要だよね。

  う~ん、今まで僕から隠れていたように感じる

  英単語のhideから取って"ハイド"ってのはどう?」


「なんでもいい。俺は、お前に生きててほしいだけだ。」


「じゃあハイドで決まりだ。これからよろしくな、ハイド!」


「ああ、よろしくな一聖。

 それと早く帰れよ、お前の家族が心配するぞ」


「もう少しだけいいだろ?

 屋上に登るなんてもうしなきゃいいんだな」


「少しだけだぞ、ここはとても冷える」

渋々といった感じで、僕の願いを聞いてくれるようだ。


この夜から、僕の心に突如として発現したもう一人の僕?

ハイドと過ごしていくことになった。




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