第2話 奇妙な旅人

「こんな田舎にようこそいらっしゃった。ここの主です」


 気が付けば、娘が用意していた食事を父親が例のふたりに運んでしまっていた。

 明らかに警戒しているようで、剣士のほうは立てかけた剣に手を伸ばす。


「粗末なものですが、どうぞお召し上がりを……」


 警戒する剣士をなだめるように、ふたりの前に持っていたパンとチーズの入ったバスケットを置いた。

 そして、彼が持ってきたワインをコップに注いだところで、ようやくその剣士の警戒がかれたようだ。身を乗り出していたのが、イスに腰を掛け直す。

 従者と思われているほうは……相変わらず喋らないし、固まったままだ。

 しかし、置かれたパンやチーズを見ると、うずうずと手が動き出した。


「おい!」


 剣士が止めるまもなく、従者のほうは顔を隠していたフードとマフラーを剥ぎ取るとパンに手を伸ばしかぶりついた。

 これでようやく顔が見えた。短髪の黒い髪に、浅黒い肌をして目鼻がぱっちりとしている中性的な顔だ。だが、宿屋の亭主にはフードを取った瞬間に漂ってきた体臭で分かった。


 この従者のほうは女である、と……。


 女従者は、空いている片手にはコップを握りしめている。よっぽどお腹がすいていたのであろう。貪るように食べ、喉に詰まりかけるとワインで流し込む。


(だとすると、こっちは男か?)


 自分の娘が感じていた事と同様に、ふたりは『駆け落ち』のように逃げてきたのであろうと、考えていた。亭主のほうは、まだ顔の見えない剣士が男であると考えた。それは当然だろう。同性愛など、この国では異端でしかない。


「腹が減っているだろ、お前も喰え!」


 と、従者に言われて、諦めたように剣士は肩をすくめた。

 剣士のほうはまだ警戒しているのか、フードは取らずにマフラーだけとった。フードを深く被っているのはそのまま。亭主からは鼻からしたしか見えないが、こちらは色白で隙間からチラリと金色ブロンドの髪の毛が垂れ下がるのが目に入ってきた。


(こっちも女か!?)


 一瞬、理解できなかったが、やはり漂う体臭がそう思わせた。


(だとすると……これは面白い)


 人の良さそうな亭主に見えるが、何か……悪いことを考えているのかもしれない。


「おふたりは明日、峠に向かわれるのですかな?」


 前にも言ったとおり、ここは街道にある峠の前の宿屋だ。

 旅人はここまにの歩いてきた疲れを少しでも癒やそうと、この宿を取る。そして翌日に峠へ向かうのだ。


「――そのつもりだ」


 顔を上げないまま剣士が応えた。


「そうですか……」


 と、少々わざとらしく亭主はため息をついた。

 それにふたりは反応して、食事を運ぶ手を止める。

 そして、剣士が聞き返した。


「何かあったのか?」

「困ったことに峠には山賊が出る噂があるのですよ。そのためにこの街道も廃れてしまって……」

「それでこの街道にあまり旅人がいなかったのか……」

「はい……」


 亭主は妙なことを言う。

 ここの街道が寂れているのは、もっと別の理由だ。それを山賊が出るとは……。


(このふたりは、温室育ちなのかもしれない)


 亭主は、ふたりの関係を見立てて……歳は自分の娘よりも少し上、二十歳前後。かなり裕福な家庭で育ち、思春期あたりで女学校にでも通っていたのであろうと推測した。

 そんな温室育ちだから、同性愛などと異端な恋愛感情を持ち、駆け落ちなど容易く考えた。

 その証拠に、テーブルに立てかけた剣。グリップガードの素材はかなり凝ったものである。柄頭ポンメルにはどこかの貴族の紋章まで刻まれていた。


(この女剣士は、名のある名家のものに違いない)


 そして、この街道は人目に付かないとか断片的な情報だけで、ここまで来た。

 亭主はそう思った。


(――騙しやすいかもな)


 亭主は腹の中で、何か企んでいるようだ。

 ふたりには見えていなかったが、亭主は唇を舐めた。

 企んでいる者が、勘づかれてはもともこもないが……。


「どうでしょう。ウチの娘が峠の裏道を知っています」

「そうなのか? それはありがたい。ぜひ、案内を頼みたい」


 と、剣士は少しだけ顔を上げた。フードから目がチラリと見えた。剣士とは思えない目を見張る美人で、美しい碧い瞳の持ち主であった。


「もちろんですとも……それには……」


 ここに来て急に亭主は口ごもった。

 片手がフラフラと揺れている……何かを、要求したいように。


「ああ……金は、はずむ」

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