予定調和のアンコール

 オートバイに乗ってみたいなと、鴨川由香は時々思う。由香の家から立花公民館に行くまでの道は古い家やら小売店やらが雑多に並んでいる。それは別に構わないのだが、歩道がろくにないので自転車は狭い路側帯を抜けなければいけない。これ見よがしに対向車線に寄る自動車を横目に、こそこそペダルを漕ぐ。それならいっそ、オートバイで堂々と車道を走りたいものだ。


 ++++++


「通し練習を始めますので、神田高校と鶴橋高校のメンバーは集合してください」

 手をたたいて高校生達を誘導するのは、立花公民館の男性職員だ。この公民館で開催される朗読会の準備には、十数の学校から有志が参加している。そしていくつかのチームは、今日も朗読そのもののリハーサルをしている。歩夢たち八ヶ瀬高校のからの参加メンバーは、飾り付けの相談をしながら、その様子を見るともなしに眺めていた。

 ふいに大きな拍手の音が響き、歩夢達は一気に注意をひかれた。通しの朗読を終えたばかりの神田高校のメンバーが、撤収せずに演台に居残っている。歩夢が不思議に思いながら見守っていると、一部からアンコールの合唱が起こった。歩夢の隣で、美咲が興味なさそうに短くそろえた前髪を撫でた。

「朗読会にアンコールもなにもあるの?」

「神田高校はもともと二枠あるんですよ」

 こちらもやはり温度の低い千鶴の横で、満が呆れた表情になった。

「つまり、アンコールっていうのは、ごっこ遊びなわけね」

「まあ、アンコールってもともとそういうものですよね。あると分かってるから用意してあるわけですし」

 横目で眺めるりんごの視線の先で、合唱と拍手は少しづつ増えて行く。その場にいた無関係の集団までが、周りの空気に飲まれて、そういう文化なのだとばかりに合流しているらしい。その様子をじっと見つめていた夏帆が、口を開いた。

「いいな、あの子達。アンコールしてもらえるって、わかってたんだ」

 作業の手を止めたまま、夏帆は続けた。

「そういう人たち、いるよね。絶対応えてくれる人がいる人たち。でも、なんで見ず知らずの人まで拍手できるんだろう。裏方の自分たちはきっと拍手なんてもらえないのに。拍手するだけ損だよ 」

 りんごはくるりと首を巡らせて、美咲を見た。その目が面白そうに笑う。

「先輩は、私が発表したら褒めてくれますか?」

「当然。こういうの、自分からやるだけですごいことだと思うよ」

 歩夢は心の中でため息をついた。姉のこういう態度はいつも嘘くさい。りんごはそんなこと気にしない様子で、夏帆に対して顎を突き出すようにした。

「良かったじゃん。夏帆、朗読会に参加したら褒めてくれるってさ」

「私?私が言われたわけじゃないじゃん。りんごちゃんだからだよ」

「えー、そんなことないですよねえ?大体、先輩が私を特別扱いしてくれたことなんてないんですから」

「ないね」

 素っ気ない会話を聞きながら、もしかしたら姉とりんごの二人は案外この空気を楽しんでいるのではないかと、ぼんやり思った。

 夏帆がぽつりと、「ないんだ」とつぶやいた。

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