第183話EX最終話 自分が自分である為に
※
その日は最後に、ガゼバの親方に武器防具店に挨拶に行き、海底神殿内で得た(名目になっている、ポーチ内にいつの間にか増えていた)金属や、海の魔物の素材をお土産として提供した。
ガゼバはやたら恐縮していたが、ゼンも苦労して得た訳でもない物なので、鍛冶師の方で有効活用してもらった方がいいと思えた。自分達が使う用な用途の物があれば、その時に教えて貰えるだろう。
一通りの挨拶周りが終わった後は、ギルドの従魔研でつくられた、従魔術による従魔の案内書(パンフ)を元に、従魔の事を、今いるメンバーに教え、従魔の選択を何にするべきかの指導をした。
パンフ自体、ゼンの授業や指導書用に書いたものが元になっているので、ゼン自身は見る必要がなかったが、ギルドがどう教えているのかを知る資料にはなった。
そうして、自分の覚悟が固まるのを待った。
虚無の神、自分に正しき選択を選び取る機会を与えてくれたヴォイドに会う為の。
ゼンはまだ迷っていた。
本流の自分は、そんな事を知る機会も、神との和解もなく、時間は進んで行くのだと聞いた。
だから、自分はその機会を得られた、稀有な可能性を、選択を得られたのだと思う。
その機会を棒に振るのは、勿体ない、と思える。
しかし、その事実は、知れば後悔する、辛いもの、悲しいものだと言う。
自分を捨てた両親の事情だったり、あるいは自分は、何かよく解らない物を元に造られた、ジークの様な、兵器としての人造人間だったり?
異世界での創作物の知識や、ムーザルの科学知識等も合わせて、色々想像してみるのだが、どれも違う気がする。パラケスが調べてくれた事も考慮して考えると、うまく整合性がつかないし、大して悲しくも辛くもない。
ゼンは、自分だけが不幸を極めた人間だ、などと悲劇に酔ったり、悲嘆にくれたりした事はない。この世界には、もっと不幸な事や陰惨な事情があったりもする。フェルズのスラムよりも、もっともっと最低最悪な環境のスラムもあったし、単なる貧民街でしかないスラムもあった。
不幸比べをしても大して意味はない。人は、その場の状況を受け入れ、改善しようと努力するしかないのだ。
そういう意味では、その機会が得られたゼンは、運がいい、と言ってしまってもいいのだろう。
だから、ゼンは自分の生まれや、スキルの有無の事も大して悩んだ事はない。これが、仲間の為にならない要因になるのか、と思った事はあったが、それも違うと諭されたし、自分でも納得出来た。
それが、知る機会を得た事で、怖くなってしまった。
自分には想像もつかない様な、何か込み入った事情があるらしい。
ならば、むしろ知らずに済ませても、いいのではないのか、との思いがある。
本流の自分と同じ、知らずにこのまま、皆と冒険者として上手くやっていけるのなら、それでいいのではないか、と。
ハッキリ言ってしまえば、ゼンは臆病風に吹かれているのだ。
ゼンは、ラザンと修行の旅で、精神鍛錬もしている。魔物には、人の心の弱さをつくものもいるからだ。単に、精神系の術に耐える訓練だけでなく、精神その物を鍛える、余り人には説明し得ない様な、過酷な訓練も……。
なので、ゼンは、自分の心が必ずしも弱いとは思っていない。ある程度の勇気や決断力は、修行で得られた、と思っている。実際は、ある程度どころの話ではなかったが。
それでもやはり、得体の知れない存在への恐怖はあるし、それが自分の事となれば尚更だ。
今まで、避けて来た訳ではないが、直面する機会のなかった、自分の謎を知る機会。
それを知らずに済ませれば、それでもいいかもしれないが、それから自分が逃避してしまった記憶は、強く残る。必ず後悔し、その時の自分を許せない時が来るだろう。
だから、それから逃げる事は、出来ないのだ……。
※
「……なんでまた、この施設に」
ゼンが悩み、決断したのは、フェルズに帰還してから3日後の事だった。余り時間を置くと、決断が鈍るし、先々の冒険者の活動に支障をきたすかもしれない。
なので、そこで決断し、アルティエールに神への橋渡しを頼んだ。その結果が、この、ジークのいた、ムーザルの研究施設への転移だった。
「わしは知らん。時が来たら、ここに連れて来い、と言われただけじゃでな」
アルが転移したのは、前に来たムーザルの研究施設、機動装甲兵装(エインヘリヤル)が並んだ格納庫だった。
以前と変わらずに、物言わぬ巨人達が立ち並び、無言の圧力を与えて来る。
その一番奥に、ジークの抜けた抜け殻の機神(デウス・マキナ)、
<元気じゃったか?ゼン>
逆側からフワフワ現れたのは、角を下にした立方体(キューブ)、中の光が青なので
他は出て来ない。
<ここなら、他の何かが介入して来る余地のない、申し分ない場所じゃ。中継地点としては、丁度いいのじゃよ>
そう言ってゼン達を連れ、格納庫の中央辺りに移動する。
<ここからすぐ、虚無の神、ヴォイドに会える>
「行く先は神界、なんですか?」
<神のいる場所じゃから、そうとも言えるが、違うとも言える。ヴォイドの領域じゃからな。文字通り、何もない虚無の場所じゃ。無理に例えて言えば、宇宙空間のような……>
「空気とか温度もない?俺、すぐ死ぬんじゃないですか」
<いや。お主はすぐ、特別なフィールドに包まれるので、死んだりはせんよ。でなければ、儂らは、罠までの案内役となってしまうではないか>
ゼンは、ついつい無駄な質問をしてしまった。
それだけ緊張している。
<じゃが、その前に、お主の願いは、3つ目があった筈じゃな。それを言ってから、ヴォイドの元に行ってはくれんかな?>
「あ―――」
ゼン自身、ヴォイドとの会見に気を取られ過ぎて、失念していた事だった。叶えられるかどうかも、分からない話だったので、意識の外に行ってしまっていたようだ。
「それは、ですね。“管理者”ミーミル」
<……!>
「……」
アルティエールは予想出来ていた。
「貴方方は、もう創造主の誓約を、律儀に守らなくていい世界になり、だから俺とアルに
<……そうじゃな>
「なら、もっと普通の“神”らしい事も、出来るようになったんじゃないかと思うんです」
<……言葉の意味が不明瞭じゃな>
「それも、貴方方“管理者”の、解釈次第だと思いますので。
ミーミルは、弱者は必ずしも善ではない、と言いましたが、そのどちらにも染まる前の、幼い命に、何らかの救済を与える事は、神様らしい事なんじゃないかと、俺は思うんです」
<……つまり、儂等に、儂等がそうだと思う、神らしき役割を、誓約、制約に関わらず行え、と?>
「そんな、強制ではないです。貴方方も、演じる役割と、制約により出来ない事の隔たりを、少なからず感じていたのではないですか?」
<…………それが、お主の三番目の願い、なのか?>
「願いと言うか、単なる願望です。神様は、神様らしくあって欲しい、と。それだけです」
<……お主の言葉は承った。儂の独断でどうにかなるものではないので、この場ですぐ、何かを明言する事は出来ぬのじゃが……>
「はい。聞いてもらえた、それだけでいいです。こんな大それた願いが叶うと、思ってはいないので」
<……それでは、何故に……>
「祈り、みたいなものです。神様に祈る、人として、自然な行いでしょ?俺は、正直、今までやった事はないと思いますが」
神様不信の少年は、自分の出来る事を、独力で成し遂げて来たのだから、それも当然だ。
アルティエールは、無表情を装っていたが、内心ではニヤニヤ笑っていた。
「……えと。すいません、転移門の方を」
<……あ、ああ、そうじゃったな>
「……」
それでも、ゼンがすぐそこに踏み入る事はなかった。
この瀬戸際になって、思いだしてしまったのだ。あの悪魔、ではなく、神ヴォイドと会った時の純粋な恐怖を。
あれは、子供心では、何に怖がっていたのか分からなかったが、今となっては分かる。
あの、黒い存在からは、“何も”感じられなかったのだ。
暗闇でもなんでもない、あの一条の光も差さない、暗黒の空間。そこにいた、長い長髪の、一見美しい男性と、その黒髪から浮かび上がる、無数の乙女達。
その、空間も、男性も、無数に湧く乙女も、言葉は話すのだが、実際は、虚ろで存在感など皆無の、余りにも異質な存在だった。
まだ知識も何もない子供には、その異質さを理解する事も、言葉にする事も出来ず、ただただ怖く、だからそれを、怖いもの、悪いもの、“悪魔”だと断じていたのだ。
それと、もう一度対面する。
今は、恩神であり、感謝すべき存在だと分かっている。分かっていても、怖かった。
だがゼンは、アレともう一度会い、感謝して、礼を言い、その上で、彼が、何故自分に、禁忌を犯してまで助言をしたのか、自分を助けてくれたのかを聞く必要がある。
それは多分、自分が、神々の加護たるスキルを一つも持たない異常者である自分が、何者であるのか、にも直結した質問である筈だ。
それを知って、何になるのかは、正直自分でもよく解っていない。
解ったところで意味もない、と諦めていた事柄だったし、有体に言ってしまえば、怖いのだ。何か、決定的な事を、言われてしまうかもしれない。
良い方向の情報でない事だけは確かだ。
それでも、自分は知りたい。
自分が過去に、神に助けられていたという真実を知り、神々との和解?にまでなって、
この世界でなければあり得なかった話、知り得なかった話だ。
だから、それがどんなに悪い話でも、どんなに自分にとって辛い話でも聞くべきだ、と。それを知った上で、この世界でも、前を向いて生きていたいから。
そうするには、この話を避けては通れない、そう思うから、自分は―――
ゼンは、深呼吸して息を飲み、その門への一歩を踏み出す。
虚無の神と、もう一度会う事の怖さも、自分が何であるか、知る事への怖さも、全部乗り越えなければいけないと、そう思うから――――――
※
その門をくぐって、消えてしまった少年の苦悩の幾ばくかを、肩代わり出来たら、とアルティエールは思う。いくら切実に思っても、それを出来はしない。
それは、この世界でただ一人、彼だけが分る、彼だけの懊悩だ。
ハイエルフという、世界でも特殊な存在であるアルティエールにでさえも、分かち得ない、理解する事すら難しい問題。
アルティエールはただ、その隔絶した孤独を、想像する事しか出来ない自分が歯がゆい。恨めしい。強大な力を持っているのに、自分がこうも無力であると、思う時が来る事になるとは……
<行って、しまったな……>
「待つしか、ないのじゃな……」
<お主は、アレの三番目の願いを、知っておったのか?>
「まさか。知る訳もない。アレの望みは、アレのみぞ知る、じゃろ?」
<むう……>
そして、彼は知る。自分の真実を、本質を。
それを知る事に、少年は、耐えられるのだろうか?
それは、少年自身にしか解からない―――
*******
(後書き)
本来の意味の後書きです。
かなり唐突で、尻切れトンボに感じるかもしれませんが、ゼンの謎は、本筋の方の一番後半で明かされる予定なので、ここで明かすと本当にネタバレになってしまうのです。
そしたらもう、本筋書く意味もw。
なので、そこはすみません。我慢して下さい。
お願いいたします。
では、次回エピローグで。
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