第182話 虚偽報告



 ※



 長話で風呂でのぼせそうになり、また食堂に戻って、今後のクラン活動の話などをする。


 ともかく、全てのパーティーが無事に戻り、昇級試験を受け、少なくとも各リーダー等の、大多数がB級に昇格出来れば、上級でのクラン活動が出来る。PTの過半数が、規定を満たしていれば、その下のランクでも、上の任務に同行出来るのが、冒険者ギルドの規定だ。(余り推奨はされていないが)


 ゼンの見た所、すでに出発の段階で、各PTともに、練度的に申し分ないと思えた。それが、迷宮(ダンジョン)での実戦で仕上げとなる。


 無論、迷宮(ダンジョン)で不足の事態は起こりがちだ。どこかのPTが、攻略に失敗し、怪我人を抱えて一時撤退する事もあるかもしれない。


 それでも、その失敗は次に生かされ、最終的に全員が同じ上級へ至れる、とゼンは確信していた。


 また、従魔術の従魔は、ギルドでは上級以上になってから、と規定されたが、それもギルドの、新たに設けられた練度判定試験を受けて、合格すれば、中級以下の冒険者でも従魔術の従魔を得る事が出来る。


 そして、ゼンにはその判定も任されている。(特例処置として、練度判定官に任命されていた)


 つまり、ゼンが大丈夫、と思われているクランメンバーは、中級迷宮(ミドル・ダンジョン)の攻略の成否に関わらず、従魔を得る事が可能なのだ。


 もし戦力不足で失敗したのだとしても、従魔という新戦力を得た上での再挑戦も可能。


 なので、今は彼等が帰還するのを待てばいい。(失敗する可能性は低い筈)


 すでに、中途からの『悪魔の壁デモンズ・ウォール』攻略を終えた爆炎隊は、昇級試験を受けられる状態なのだが、それは全員の帰還を待ってからにするらしい。


 ちなみに、昇級試験は有料だが、自分のランクの迷宮(ダンジョン)を制覇(クリア)した場合、無料で昇級試験が1回受けられるので、大抵の冒険者が、迷宮(ダンジョン)のクリアをめどに昇級試験を受けているのが現状だ。


 それと、2回目の『悪魔の壁デモンズ・ウォール』制覇を終えた西風旅団4名と、ゼンには、『人間弱体党』殲滅作戦での活躍により、ギルドに多大な貢献をした、として試験無しでのB級昇格が認められていた。(その事を聞く前に、ゼンはアルティエールにさらわれて行方不明だった)


 そうした諸々の話をし、聞いた後で自室に戻ると、そこにはサリサが待ち受けていた。


 それからは、対ヴォイド戦での、ゼンの無茶ぶりに対する、長いお説教を聞かされるのであった。


 特に、月面での戦いと、大気圏での追撃戦で、ゼンはほぼ全ての生命力を出し尽くしての戦いになった。


 ヘル魔神ノート夜の女神の加護がなければ実際に命を落としていたのだろう。その点で、そうなる事を見越した神々の慧眼は流石、としか言いようのないものだ。


 その辺りの話になると、ゼンがヘルに会うまでの、反省や後悔を繰り返す記憶まであったせいで、サリサも号泣してしまい、ゼンが逆に慰める事になってしまった。


(あそこら辺の記憶は、見せない方が良かったなぁ……)


 とゼンは、今更、取捨選択をちゃんとすべきだった、と後悔するのであった。


 激しく泣きじゃくり、泣き疲れて眠ってしまったサリサと床を共にして、ゼンはこの為だけにでも、帰って来れて良かったのだ、としみじみ思う。


 自分の為に、涙してくれる想い人がいる。その事実だけで、帰って来た甲斐がある。苦労した意味があるというものだ。



 ※



 翌朝は、そんな成り行きで、ゼンは夜、ただサリサと一緒に眠っただけだったので、起きてから少しだけイチャイチャして、中庭での朝の鍛錬を皆として、それから厨房に行って、朝食の料理に参加した。


 もうミンシャもリャンカも手慣れたもので、自分が料理する事に固執する事はないだろう、と手伝いに徹したのだが、二人からは、まだまだご主人様の域まで、味が追い付いていないので、食べる意味でも教えてもらう意味でも料理はして欲しい、と懇願された。


 ゼン自身、料理は趣味ともいえるものだったので、それは了承したが、ゼン的には、味にそれ程大きな差は感じないので、それは主を崇める従魔補正がかかっているのではないだろうか、と思う。


 ちなみに、ジークは料理の下準備等の、単純で細かな、それでいて量のある仕事をテキパキと正確にこなすので、厨房の手伝いとしてはかなり重宝する存在になっていた。


 本人は、もっとファジイなブレがあった方が生物的で、今の自分は面白味がない、と機械の身体故の、よく解らない欠点を嘆いていた。


 こちらからは欠点とは思えないのだが、それも、魔獣(生き物)としての魂を持ち、機械の身体を駆使する者にしか分からない、深遠なる悩みなのだろう。


 ともかく、厨房に即戦力が加わってくれたのは、いくらミンシャやリャンカに人並み以上の体力があっても、その労働量の過酷さから、他のクラン参加PTからも心配されていたので、素直にいい事だと思えた。




 朝食を終えてから、ゼンはゴウセルの屋敷を訪れ、帰還の報告と、ミンシャ、リャンカ、それにアルティエールとの婚約の話をした。


 三人も連れて来て、改めて紹介、と行きたかったのだが、アルは朝食後、いつの間にか何処かに消えてしまっていた。そして、従魔二人には、自分達の仕事と、子供達への指示だしに、ジークの仕事の指導まで加わっている。


 どちらか片方だけを連れて来るのは、不公平だし、どちらかを優先した事実が残ってしまう。


 アルがいなくなった事もあって、口頭で、婚約者が増えた事を報告する事に留める。後日、日を改めて、アルにも残ってもらって、ゴウセルとレフライアの方で、またフェルゼンに来てもらう事にした。


 ゴウセルは、従魔二人の話には、やっぱり、という顔をして頷いて、アルティエールの話には、レフライアからは聞いた、ハイエルフ様だよな、と微妙な顔をした。面識もないのだから仕方がない。


 長くかかった仕事の事で、ゴウセルは、やはりかなり心配してくれていた様だ。ゼンの実力を、レフライアからも聞いていたので、1カ月丸々かかる仕事が、どれ程の物か、想像もつかなかったと言っていた。


 神々から情報提示された偽の仕事の話をすると、ゴウセルはゼンへの信頼が強いので、頭っから偽情報などと思いもしなかった様で、その話を鵜呑みにし、ゼンの罪悪感はひどく、胸が痛んで仕方がなかったが、とにかく、お土産として、新鮮な海産物を山ほど渡し、ギルドへの報告もあるから、と屋敷を後にした。


 冒険者ギルドに行くと、何かの仕事中だったのか、執務室ではなく、従魔研の主任の部屋に行って欲しい、と言われ、通行証である指輪も渡された。


 許可をもらったので、従魔研に行ってみると、皆やたら忙しそうに走り回っていて、それでもゼンを見ると、すぐに立ち止まり、以前の礼などを言って、頭を下げてくる者が多くて困った。


 仕方なく、気配を消して主任の部屋の近くまで、まるで密偵(スカウト)の様に忍び寄り、ドアの前まで来てからそれを解いてノックした。


「……どうぞ」


 一拍の間があってからの返事。


 入るとすぐに振り下ろされた剣に、ゼンはとっさに後ろに身を引き、何とか躱した。


「え?あれ?ゼン君……」


 振り下ろした剣を、慌てて背中に隠し、ひきつった顔で笑うレフライア。


 それを呆れた顔で、椅子に腰かけたまま見ているニルヴァーナ。


「あ、その。すいません。やたらと声をかけられるので、気配消してここまで来てしまって……」


 理由はゼンも分かっているので、バツが悪い。


「レフライアの早とちりが悪いのよ。目が治ってから、どうにも好戦的で。何処かの始祖様みたいよ」


 苦笑混じりでニルヴァーナは言う。


「失礼ね!わ、私は。しばらく会ってなかったゼン君の腕がなまってないか、確かめただけよ!」


 レフライアは、とっさにしては上手い言い訳を言う。


「……それで、俺の腕は?」


 眼前を通り抜けた白刃の煌めきの勢いからして、ゼンが避けなければ致命の一撃になったであろう。恐ろしいギルマスであった。


「勿論、合格よ!」


 レフライアは、握った拳の親指だけ立てた状態をゼンに向ける。


(サムズアップとかって、異世界での了承的なサインだったかな……)


「……ありがとうございます。でも、ギルド本部内で武装する程、最近は物騒なんですか?」


 ゼンの質問は核心をつく。


「だから、止めなさい、て言ってるのに。前の作戦での実戦以来、すっかり味をしめちゃったのね。なのに、ゼン君がいないから、互角の練習相手もいなくて、つまり、いつ不審者が来ないか心待ちにしてるのよ」


「……そこまで言わなくても。実際、密偵だの間者だのが忍び込むのが多くなっているのも、事実なの。一応、従魔の事ではうちが情報源の大元な訳だし、前の作戦での、被害者ゼロの見事な手際と言い、多方面から注目の的なのね、フェルズは。


 ゼン君がいたら、多分そちらにも行ってたと思うわ。…いえ、戻って来たのだから、実際行くかもしれないわよ」


 レフライアは、元々座っていたソファに戻って腰かけながら言う。


 ゼンは、そんな事になっていたのか、と思う。


 確かに、従魔術の技術公開は、半年後に行う、との事だったが、その事を知らない色々な勢力が、その技術を欲しがって暗躍しているのだろう。


「技術公開の、予定を伝えるか、あるいは早めるかしないと危ないかもしれないわね」


 レフライアが言うのは、何処かの勢力が暴走しかねない事を懸念しているようだ。


「出来るんですか?」


 ゼンは、一言断ってから、ギルマスの隣りに座った。ニルヴァーナの方にソファが向いていたからだ。主任は対面の席に来てくれていないので仕方がない。


「それも、ギルマスの議会の決定を仰がないといけないけれど」


 一つのギルドだけで勝手は出来ないようだ。当然の話だろう。


「そうね。早めるのはともかく、公開予定の事は、念書付きで教えれば、そう言った馬鹿騒ぎや暴走を防ぐ事にはなるでしょう」


 ニルヴァーナも苦い顔をして言う。


 なんでも、この従魔研に忍び込む為に、職員の一人が捕まり、拷問を受けそうになったのだそうだ。


 幸い、拉致された現場が目撃され、すぐにギル専のスカウトが駆け付け、隠れ住む宿を突き止めて、強襲したので、大事には至らなかったのだそうだ。


「実際、上級の冒険者にはあらましを話して、冒険者ギルドのある街の領主や街の市民には、従魔の事を伝え、受け入れの準備、心構えとかもさせているから、そこからそれなりの情報は漏れているのだけど、やはり肝心の、従魔を得る方法を確実に知りたいのでしょうね」


「これだけ大きな技術革新は、ここ数十年来の事でしょうから。薬草の配合率でポーションの効き目が飛躍的に上がった、とか」


「昔、あったわね。あれで、冒険者にしろ、兵士にしろ、死傷率がグンと減ったらしいから」


「へえ。そんな事が……」


 数十年なら、ゼンは生まれてもいない。


 長命なエルフのニルヴァーナなら、その節目に立ち会ってもいるのだろう。


「っと、ごめんなさい。そんな訳で、こちらでの警備も含め、少し対策会議をしてたのよ」


 ギルマスは、ゼンが来たのに自分達の話のみを続けた事を詫びているようだ。


「あ、いえ。俺の話は、緊急の用件じゃありませんから」


 そうして、ゴウセルの時と同じ、虚偽の報告をするのだが、こちらは一筋縄ではいかない上に、当のハイエルフの関係者までいるのだ。額面通りに受け取ってはくれなかった。


「うん、その噂は聞いているわ。でも、何故か噂だけで、そのエルフが住む、海岸沿いの村、と言うのが何処か、まるで特定出来ないのよね」


「……それは、エルフの隠れ里らしい場所だからではないですか?俺は、詳しくは知りませんが。転移で連れて行かれただけですから」


「森林を愛し、ともに暮らすエルフが、海の近くに里を作ったなんて、聞いた事もないのだけど」


「特別な種族なんじゃないですか?だから、俺には詳しく話してくれなかったんですよ」


「ハイエルフが選んだ戦士一人のみ、って言うのも、少し妙じゃない?本気で助けを欲しいなら、複数でもいいと思うのだけど」


「……」


「そもそも、あの始祖様が助力?あの人、古代竜(エンシェント・ドラゴン)でも一人で一蹴出来るのよ。私には、あの人が苦戦する魔獣なんて、それが海のものでも想像もつかないわ」


「………」


「それに、その噂が不思議なのよ。噂の出どころが、まるで分からないの。


 確かに、海沿いの街や国で、その噂が広まっているのだけど、普通は、何処から何処かへ伝播する時間のズレがある筈なのよ。


 それが、この噂にはないの。急に、一斉にその噂が、同時にそれらの場所で広まったとしか思えないのよ」


 レフライアとニルヴァーナは矢継ぎ早に、それらの不審な疑問をゼンにぶつけて来るが、彼に答えられる訳もなく。

 

(雑な情報操作するから……)


「……これは尋問か何かなんですか?俺は別に、悪事に加担した訳でも、何でもないんですが……」


「勿論、そんな事はないわ。ただ不思議な現象だから……」


 レフライアもニルヴァーナも、分かっていて聞いているようで、本気で追及していないのは分かるのだが、ゼンとしてはただ困るだけだ。


「後日、そのハイエルフ様が説明されるみたいですよ。本人がそう言ってましたから」


「それも又、珍しい事ね。あの人は、何でもやったらやりっぱなしで、後始末とかに興味なんてなく、放置して逃げるのだけど……」


 ニルヴァーナは、本当にアルティエールの性格を熟知している様だ。


「それらも含めて、聞いて下さい。後、―――」


 ゼンは、従魔二人と、そしてアルティエールとも婚約する事になったのを伝えた。


「ああ、あの情報提供の取引上、そうする事になった、とは聞いてたけど、本決まりになった、て事は、あの始祖様が、ゼン君に本気になったの?サリサやザラがそれを認めて?」


 ギルマスも驚いているが、ニルヴァーナの驚きようはそれ以上で、口を開けたまま閉じようともしない。


「えと、その……戦いの最中で厳しい場面もあって、お互い助け合っている内に、向こうも俺も、そんな感じに。自分自身、かなり不思議なんですが……」


 ゼンが口ごもって紅くなっているので、それは真実らしいと分かる。それも又驚きだ。


「それは、……ともかく、おめでとう、ね。従魔の子達は順当だから、それ程急いで婚約する事もない気もするけど、主が新婚同様だったら、そうね、自分の立場を明確にしたいわよね。


 ニル。驚くのも分かるけど、いい加減、口は閉じなさい」


 一言も言葉を発していなかったニルヴァーナは、それを聞いてやっと口を閉じた。


「え、その、でも、あの方は、ハイエルフで、エルヘイムにある、原初の森に縛られているから、結婚なんて、出来るのかしら?……子供は、術でパパっと造ってしまう話は、聞いた事があるけれど……」


「アル自身が、神様と交渉して、どうにかする、みたいな事、言ってました」


 あるいは、今回の報酬として、何らかの譲歩を引き出すのかもしれない。


 それに、以前から三番目どーのと騒いでいたのだから、婚約とか結婚は、召喚の正当な理由になるとか?聞いてみなければ分からない事だが。


「神々に近い、上級種族の信徒ともなると、そんな事も出来るのね」


 レフライアも、エルフやハイエルフの事情を知っている訳ではないので、納得したようだったが、ニルヴァーナは納得し難いのか、変な視線でゼンを睨んでいた。


 居心地が悪いので、ゼンは早々に退室して、フェルゼンに戻るのだった。












*******

オマケ


レ「そんなに憧れの人の結婚がショックなの?」

ニ「…だから、憧れとか単純な話でなく、複雑なの!」

レ「強くて暴力的で身勝手で、でも頼りになったんでしょ?」

ニ「そうね。まるで貴方みたいに」

レ「私は、そんな暴力的じゃないわよ」

ニ「……まあ、確かにアレをちゃんと成長させて、少し理性的になると貴方になるのかしら」

レ「アレ呼ばわりに、あの人だったり、あのお方だったり、本当に複雑みたいね」

ニ「振り回されたり助けられたりで、私自身よく解ってないのよ」

レ「ふ~ん。私は普通に外の世界で育ってるし、エルフの血筋なんて、ずっと後で聞いたから、ピンとこないわ」

ニ「そこが苦労知らずで妬ましいとこよ。ずっと昔のエルフを奴隷に、なんて馬鹿な流行りがあった、苦境の時代も、あの人が救ったんだって聞いたわ」

レ「それいつの時代よ。原始に近いんじゃないの?」

ニ「言い伝えだし、そうかもね。好奇心だけで里を出てさ迷ってたエルフを、見目の良さで、奴隷にと求める王族貴族がいたとかなんとか」

レ「でもエルフって精霊術が……奴隷紋刻まれると抵抗出来ないか」

ニ「そう。どうにかだまくらかして、奴隷にさえすれば、売り物に出来たの」

レ「う~ん。冒険者ギルドも黎明期の事かしら。それで、どう救ったの?」

ニ「全部力技。術の実行者には、紋を刻んだエルフ全員の解呪をしないと、身体の内側から燃える苦痛を延々と続く術をかけて。

買った貴族、王族は、家や城ごと焼却。以後、エルフの奴隷のいる国は、国ごと燃やし、滅ぼすって脅しを残して。それからしばらくエルフは、炎と死の象徴と扱われたとか……」

レ「……やっぱり、余程昔の話よね。エルフの印象と、まるで違うじゃない」

ニ「だから、言い伝えレベルなのよ。でも本当らしいから、代々その偉業を伝えられてるの」

レ「炎の魔人と恐れられた事もある、始祖様、ね……」

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