第174話 生還帰還(5)



 米



 次の日になった。


 ゼンは神々の言う事をちゃんと聞き、今日は兵士用の訓練室で、戦闘訓練をやって時間を潰していた。


 ここは軍事用の研究施設だが、試験搭乗者(テスト・パイロット)もいて、彼等の訓練用の設備があった。


 アルティエールとは冷戦状態だ。


 食事の用意はしたが、最低限の会話しかしていない。


 それでもハイエルフ様はゼンに同行して、訓練室に来ている。


 アルは、余りこうした、同格の者同士でやる、喧嘩めいた気まずい状態に慣れていないらしく、自分が悪いと解っているのだが、その強気な性格上引くに引けず、謝りたいのに謝れないジレンマを抱えて、少し涙目になっていた。


 ゼンは、軽い訓練をしながら、それを横目に見ると、可哀想になってしまうが、明らかに相手の方が悪い。いくら上位種族で、年上、目上の者でも譲っていけない事はある。


 本当にこれから、アルが自分に婚約者になり、時が来れば妻の一人になるつもりなら、悪い事をした時に、謝るべき時は謝る事を覚えて欲しい。


 ハイエルフであるが為に、そんな事をした事さえそうそうなく、ほとんど何でも自分の思い通りで生きて来て、ずっと甘やかされていた、と言っても過言ではないのだろう。


 そんなアルが、伴侶の一人になり………


 と考えている所で、ゼンの思考は凍結する。


 元々、一夫多妻制への理解など余りなく、普通に好きな人一人と結婚するのが当り前と思っていたゼンは、サリサが予言し勧めた様に、複数の婚約者が増えつつある今の状態に、戸惑い、困惑し、混乱していた。


 確かに、ローゼンにしろ、他の大陸諸国にせよ、一夫多妻は当り前で、ゼン自身が、一夫一妻の方が当然では、と思うのは、恐らく自分の生まれの不明さと低さにあるのだろう。


 つまり、自分如き最下級の者が、複数の女性を娶るとか、あり得ないだろう、と。スラム出の出自の卑しさ、身分の低さに引け目があるのであった。


 ゼン自身の冒険者としての稼ぎを考えれば、普通に複数の伴侶を持ったとしても養って行ける。ある意味、スラムの子供達を従者として登録し、使用人として雇っているのも、それと同等の意味となる。


 ゼンは今や、30人の子供を扶養している様なものなのだ。それについては、サリサも言及していた。ゼンも今は、開き直ってそれを納得している。


 そして身分も、今やC級の冒険者で、近々B級に上げる予定だ、


 十代で上級冒険者の仲間入り。西風旅団の四人もそうだが、異常で異例の大出世で成り上がりだ。(タイトル回収)


 国の貴族や王族が名指しの指名依頼をして来てもおかしくない位だ。(そしてそれは、ゼンの『流水の弟子』としての有名さからすれば、実際にあり得る話だ)


 ラザンの後ろをついてまわっただけ(ゼンの認識)な自分が、大陸の英雄呼ばわりされているのは、不遜極まりない話だが、フェルズに来てから、冒険者ギルドでは、従魔等の話も含めて、頼まれた仕事をそれなりにこなし、少しでもその、実体のない英雄像に近づいているのではないだろうか、とゼンは考えている。(あくまでゼンのみ)


 その自分が、どうして複数の伴侶を持てるなんて、考えられるだろうか(両親は考えていた)。


 ゼンはこれまでも何度かその事で悩んでいる。サリサに説得され、一応は納得したが、それでも違うのではないか、間違ってるのではないか、との見解は消えず、絶えず今でも悩み続けているのだ。


 でも、それも、もういい加減に覚悟を決めるしかない所まで来ているのかもしれない。


 『人間弱体党』との作戦に必要な取引の為に、“三番目”を条件に出して来たアルティエールに、単に取引だから、だけでない好意を自分は覚え、そして、従魔の少女二人もその中に加えようと言うのだ。


 今更グダグダ悩むのは男らしくない。それでも、悩み続けたり、反省し続けたりするとは思うのだが……。


 自分は、気が多いのだろうか?多分、多いのだろう。それを自覚するしかないのだ。


 それに、今自分は、本流とは違う道に入っている。


 自分で選んだ選択ではないが、ヴォイドなる侵略者……いや、破壊者か、から星を守る為に、古代の兵器に乗って戦い、それを退けた。


 荒唐無稽な、信じられない様な無茶苦茶な話だ。


 誰か他の人から、これこれこういう事があって、こうしたんだ、と打ち明けられたら、ハッキリ言って、その人の正気を疑ったと思う。


 しかし、実際に間違いなくそれはあって、ゼンは、命を落としかけるぐらいの激闘を演じたのだ。


 時々、頬をつねりたくなる。


 従魔達へ、その想いを受け入れる事を打ち明けたのも、自分と正反対で、余り馬が合わない気がしていたアルティエールに心惹かれる様になったのも、こちら側での、普通ではない状況に陥り、それを乗り越えようとした過程での話で、本流では、こうはなっていないだろう。


 多分、本流の世界では、アルティエールはあくまで三番目候補の、困った我が侭ハイエルフ様で、従魔達は、彼女達から、真摯に想いを打ち明けてくれるか、何らかの行動をして来るのをしばらく様子見する、そのつもりだった。


 だから、従魔達については、遅かれ早かれの問題だが、アルに関しては、1カ月近くの、生死を共にした、危険な戦闘の間に芽生えた感情で、本流ではどうなるのか、自分には想像もつかない。


 取引上、3番目候補なのは予約されてしまったので、これも時間の問題なのかもしれないが、どういった過程で上手く行くようになるかは、本流での出来事の流れ次第だろう。


 ……今、そっちはどうでも良かったのだ。向こうは向こうで悩めばいい。


 神々との確執も和解?し、誤解を解かれて、今では信仰の対象とかにはなっていないが、前程毛嫌いする事はなくなったと思う。


 それは本流とは確実に違う出来事だ。


 それで何が言いたいかと言うと、つまり人は、自分の過ごしてきた、その実生活で、どうにでも変化する生き物だ、という事だ。


 例えば、ゼンはゴウセルに拾われなければ、そのままスラムで暮らし、野垂れ死ぬか、成長してもろくな大人にはならず、裏社会を生きる、人間のグズのような、今のゼンが毛嫌いする人間になっていたかもしれない。


 それと同じで、本流とは違った体験をしたゼンは、徐々に、本流とは違うゼンとなっていくのだろう。実際、対ヴォイド戦は、飛び切り異常な体験と言える。


 そうした中で、ゼンはつり橋効果な感じに、あるいは誘拐犯と誘拐された者が仲良くなってしまう、何とか症候群(シンドローム)みたいに……これは違った?まあともかく、そんな感じで、心ならずも?、アルに惹かれる様になってしまったのだろう。


 もう自分は、前とは別人。違う自分になっていく。なら、開き直って、その別な人生を楽しんで生きて行くしかないのだろう。


 ゼンは、訓練を中断し、しょぼくれた顔でそれを見ていたアルの手を強引に引っ張り、廊下に出る。二柱の神々にはその場で待っているように頼んだ。


 どうせどこにいても、こちらの事は丸わかりかもしれないが、気持ち的な問題で。


「な、なんじゃ、一体……」


 スネ気味なアルティエールを壁際に追い詰め、両手で逃げられない様に壁に手をつく。


(……勢いよくドンとかしないといけないんだったか?なんだろう、この情報は……)


「アルは、悪い事した、と思ってるよね?分かってるよね?」


「……う、うむ。まぁ、そう思わんでもない、かもしれん……」


 言葉を濁して誤魔化している。


「アルは、そんなで、本当に俺の3番目の伴侶になるつもりなの?」


「そ、そんなとはなんじゃ!……なるに決まっておろう」


「決まってはいないと思うけど。なら、悪い事をした時、人に謝る事、頭を下げる事を、ちゃんと覚えて欲しい」


「な、なんでじゃ!?」


「俺は、伴侶となる人を、正妻だの側室だの愛人だの妾だの何番目だので、分けて差別したり区別したりしたくない。多分、誰もが大事で特別な、好きな人だと思うから。


 そんな中で、アルはハイエルフである特権意識や、強者である力で、他の伴侶となる人達を押さえつけたり、威圧したりして欲しくない。誰もが平等、なんて嘘臭いけど、全員に妙な力押しで、その関係性を悪くしないで欲しい」


「……みんな仲良く、か?正直無理じゃと思うが」


「俺も、無理かもと思うけど、でもとにかく、悪い事をしたら謝るぐらい、常識でしょ?アルだって分かっているから、俺に謝ろうとしてただろ?」


「……それは、何と言うべきじゃろうか……」


「謝り慣れてないのも分かるけど、俺に謝れないんじゃ、他の子と上手くいかないんじゃないの?そんな人を、俺は3番目に迎えるの?」


「わしは別に、ゼン以外と上手くいかんでも……」


「俺が、それじゃ嫌だって言ってるの。だから、今謝る練習して。ちょっと前にも、殺しかけて悪かったって、謝ったじゃないか。それと一緒だよ」


「あの時は、まあ悪かったかのう、と……」


「今だって思っているでしょ?」


 ゼンは顔を近づけて追い詰める。


「わ、分かった、分かったのじゃ!その、術をかけて、回復具合をみるのを妨げて、悪かった……すまなかった……ごめんなさい、なのじゃ」


 後半投げ槍だったが、アルはちゃんと謝ってくれた。


「うん、よく出来ました。ありがとう、アル」


「……わしを子供扱いするでない。何故礼を言うのかや……」


「嬉しかったから。きっとそれなら、フェルズに戻っても大丈夫だ」


「……なら、わしを自由にせんか。腕を―――」


 なんとなくゼンは、普段と違うアルが可愛くて、不意打ちでキスをしていた。


「じゃ、戻って訓練の続きを……アル?」


 アルは、ゆでだこの様に赤くなり、幸せそうな顔をして、その場にズルズル倒れ込んでしまった。


 ゼンは、仕方なくアルを背負って、訓練室に戻った。


(恋愛をした事がないんじゃ?って、サリサやアリシアが言ってたけど、もしかして、キスもした事がないとか……。まさか、ね)













*******

オマケ


ア「………」

ゼ「アル?どうしたの?」

ア「ふぎゃあ!ゼ、ゼンか。うむ、何でもないぞ」

ゼ「とか後退って、警戒しなくても、もうしないよ」

ア「え!せんのかや!?」

ゼ「うん、予告なくはしないから、そんな残念そうな顔しないで」

ア「し、してないのじゃ!残念じゃないのじゃ!絶対じゃ(じゃ…じゃ…じゃ…)」(残響音)

ゼ「……走り去って行っちゃった」

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