第175話 ジーク



 ※



 ゼンは、訓練を続けていた。


 昨日と同じ、いくつかの型をやり、動きがなまっていないか確かめる。


 アルティエールは、それを頬を染めて、ウットリ眺めている……。


(……免疫がないのかな。衝動的に何かするべきじゃないな……。でも、ああいうのをしたくなるって事は、俺、やっぱりアルの事好きになってるのか……)


 我が侭で、獰猛で幼児体系で、見た目年下にしか見えないアルを好きになる自分の気持ちが、分かる所もあるが、納得しかねる気持ちもあって、ゼンは本当に困惑する。


(恋愛は理屈じゃない、かぁ……)


 フと、何か連絡を受けた風なミーミル知恵の神が、青い光を明滅させなはら訓練室を出て行った。


 それからしばらくして、ゼンは赤い光を明滅させるテュール軍神に呼ばれた。


 まだ昼前だった。


【予定時間より早く、ジークの調整が終わったようだ。会いに行こうではないか】


「あ、はい。分かりました」


 テュール軍神の先導で、訓練を中断したゼンはそれを追従する。


 アルティエールも当然のように、ゼンについて来る。というか、手を繋いで来る。


【……すっかりラブラブのようだな】


「……神様も、そんな俗な言葉を使うんですね」


「うむうむ。間違っておらぬのう」


 アルは、なんだかとても嬉しそうだ。


 テュール軍神の案内で、またあの格納庫まで来る。その奥に、ジークの巨体が鎮座しているのが見えて、ゼンはそちらに方に歩み寄り始めたが、テュール軍神に呼び止められる。


【そちらではない。こちらだ】


 振り向くと、向かい側のドアからミーミル知恵の神が、不思議な容姿の少女を連れて来ていた。


「??ミーミル知恵の神、その女の子は、誰ですか?また、女神の依代ですか?」


 少女は、長い白髪に、褐色の肌、目は紫と、色々組み合わせとしてあり得ない色の少女だった。不自然に美しい顔は人形のように整っていて、完成された美の様であったが、無表情で、どこか作り物めいているみたいに感じられた。


 着ている服は、ムーザルの物なのか、少し奇抜で未来的だ。


 大陸中旅をしたゼンでも、こんな不思議な容姿の人種を見た事はなかった。


「ゼン、その者、人、いや、生き物ではないぞ」


「え?そうなのか?」


 ゼンも改めて感知して見ると、確かに、その少女の身体からは、生きている生物特有の生命力は感じられなかった。


 しかし頭部には、なんらかの意思、あるいは魂のような波動が感じられる。しかも、覚えのある……。


【紹介しよう。彼女は、ジークじゃよ】


 ミーミル知恵の神は静かな声で、とんでもない事を言いだした。


「ええぇっ!ど、どういう事ですか?」


 ゼンには驚き過ぎて、意味が解らない。確かに、この波動はジ-クの物だったのだが……


【ムーザルの、一般人用の補助用自動人形(サポート・アンドロイド)に、ジークの意識を移したのじゃ】


「補助用自動人形(サポート・アンドロイド)?」


「こちらで言う、奴隷、もしくは召使の様な物じゃ。機械だから、高性能の人工知能(AI)で動かされているのが通常の筈じゃが」


 ロボ好きなアルは、すぐに理解出来たようだ。


【そこを初期化して、ジークの心、意思、魂、まあ言葉はなんでもいいのじゃが、それを転送し、ジークに動かせるように、今まで調整していた訳じゃ】


「調整って、これの事だったんですか……」


 てっきり、奥で直立不動の機神(デウス・マキナ)の事だと思い込んでいた。いや、戦闘云々の話をしたのは神々の方だ。意図的に誤解させられていたのだ。


 説明を大人しく待っていた、ジークだと紹介された少女は、もう待ち切れない、とばかりにゼンに飛びつく。


「ぜんっ!」


 とっさに抱き留めたが、その重さに驚いた。背丈はゼンより少し低い位で、見た目的には、ゼンと同い年くらいだろうか?それなのに、やたら重い。


「お、重い……。普通の、十倍近い?」


 咄嗟に“気”で身体強化を使わなければ、いけない位に重かった。


【中身は機械じゃからな。人工筋肉を使い、人工皮膚で覆われておるが、実際はアンドロイド、人型のロボットじゃ。馬力も、身体強化した冒険者並にある。冒険者としてやって行く事も出来るじゃろう】


「はあ……。でも、ジークって男の子じゃ?俺は、そのつもりで名付けたんですけど」


 機神(デウス・マキナ)のジークは、当然、男性型のフォルムをしていたのだから仕方がない。


 ここに立ち並ぶ機動装甲兵装(エインヘリヤル)にも、女性型の様な繊細なフォルムのロボは存在しなかった。


 どうにもゼンは、なんでジークを補助用自動人形(サポート・アンドロイド)に魂を移しているのかの意味が解っていなかった。


【その娘が望んだからじゃよ。アルティエールの様に、ゼンに寄り添って生きていきたいのじゃろう】


 ゼンはしばらく絶句して、頭の仲が真っ白に染まった。1秒程だが。


「………え!もしかして、ジークを連れていけって言うんですか?」


【なんじゃ、お主は大事な愛機を置いて行くつもりじゃったのか?薄情よのう】


「いやいや、そういう問題じゃなく、ジークってこの施設にずっといたんでしょう?ここに戻るのが当然だと思ってたんですよ!」


「ぜん……、じーく、めーわく?……」


 まだ言葉が上手くしゃべれないのか、舌足らずな風に、ゼンに縋り付いて来るジーク。


「え、あ……や……、迷惑とか、そういう問題じゃなくて……」


「ゼンを困らせるでない。お主の家は、ここじゃろうが?」


 ゼンの脇にひっついているアルが、底意地悪そうに言う。


「……いや!ここ、きらい!ある、じーくをきょーそーあいて、いった。しょーぶ、これから、いった。だから、じーく、かならじゅかつ!」


 何の話だろうか?多分、ゼンがジ-クに、アルと仲良くする様に言って、話し合った時の内容のようだ。


 戦闘狂なアルは、ジークと何かの勝負をする約束をして、それで意気投合していたようだ。


「ふふふ。しかし、のう。もう勝負はついた、と言ってもいいのじゃがなあ……」


「……なんでー?」


 アルティエールは余裕綽々に答える。


「わしとゼンは、もうラブラブだからじゃ!」


「うぉい!何、恥ずかしい事、堂々と言ってるんだよ、アル!」


 ゼンは思わず素でツッコんでいた。


「本当の事ではないか。何故に嫌がるのじゃ?」


 アルの方がキョトンとしている。


 ジークもキョトンとしている。


「らぶ、らーぶ?」


「本当の事であっても、ジークはまだ、本当の意味では子供なんだし、そんな事言う必要ないだろ」


 彼女達の競争の意味、その目標が自分な事に、やっと気づいたゼンだった。


【名付けられ、優しくされて、ほぼ一目惚れなんじゃろうな】


 ミーミル知恵の神がさも面白そうに、青い光を点滅させて言う。


 この、好々爺っぽかった知恵の神は、実は結構いい性格している事が、今回の旅路で判明している。


「一目惚れ、ですか……?」


 ゼンは、自分が名付けられた時の事を思い出す。


 もしあの時、ゼンが女の子だったら、ゴウセルに一目惚れしたりするのだろうかと、つい考えてしまう。


 ………ハートマーク


 そうなりそうだ。でも、そうしたら、義母(ギルマス)さんが恋敵(ライバル)になるのだ。まるで勝ち目がないし、歳の差が、余りに離れ過ぎている。


 しかも、ゴウセルとレフライアは両想いで、お互い、上手く伝えられていないだけだったのだから、失恋は確定的だ。なんだか泣けてくるゼンだった。


(俺、男で良かったなぁ……)


 妙な事をしみじみと実感しているのであった。


「……と、とにかく、ですね。ジークは古代超文明の決戦兵器で、神々が厳重に封印したぐらいの、持ち出し厳禁な物じゃなかったんですか?」


【それは、あくまで機神(デウス・マキナ)本体の方だ。ジークは、機神(デウス・マキナ)に生体部品として使われた、様々な魔獣、幻獣の、呪いの残留思念の集合体だった。と言っても、ひとつの存在としてまとまっている訳でもなく、あの機体に呪われた名で縛られていただけの、雑多なものだったがな】


【それをお主が、祝福された名を与え、一つの存在として生まれ変わらせてしまったのじゃ。


 儂等はそれが、悪いと言っておるのではない。じゃが、ジークはお主の為だけに、自我に目覚め、一つの心、一つの魂となった者じゃ。それを置き去りには出来んじゃろう】


【うむ。それに、ジークの器としたムーザル製の補助用自動人形(サポート・アンドロイド)は、完全に一般用の、何の火器も武器も内蔵されておらんアンドロイドだ。ミサイルを撃ったり、レーザービームを出したりはせんぞ】


「なんじゃ、つまらん。普通、ファンタジーに機械娘が出たら、他とのキャラとしての差別化は、その兵器としての性能じゃと言うのに」


 アルがまた、異世界に毒された発言をしている。


「アル、そういうのいいから……。じゃあ、今のジークは、中身は機械で、重くて力持ちなだけの、ただの女の子、とみていいと?」


【そうじゃ。ある程度の自己修復機能が、身体の中にある補修用の微小機械(ナノマシン)によってなされるので、人間の寿命よりも余程長く生きられるじゃろうが……】


「何か問題でも?」


【ジークは、いわば、様々な魔獣の合わさった合成魔獣(キメラ)のような存在。それをそのまま外の世界に出すのは余りに危険。じゃから、お主と従魔の契約をして欲しいのじゃよ】


「ジークを、俺の従魔に?」


【うむ。それが最善だと、我等は思う。実体化は、際限が難しいので、外に出したままで、機能停止(スリープ)状態の時には、魂のみがお主の中に入る様にする。特例仕様だな】


「俺は、ジークの魔石に力を注いだ訳でもなく、魔物使役術士(テイマー)でもありませんよ?」


【そこは、儂等が契約の補助(サポート)しようという話じゃ。その特例仕様も、儂等がそうなる様に術で固定する。どうじゃ?連れて行ってはくれんかのう】


【アレは救われぬ、報われぬ哀れな魂だ。そなたと生涯を共にし、その抱えた闇も浄化、昇華し、昇天させて欲しい】


「……それが、俺がジークをジークとして生まれ変わらせた者の役目だ、と言いたいみたいですね」


【強制している訳ではない……】


「強制も同然じゃないですか。俺、もう七人もいて、普通の限度を超えているんですよ。八人目を許容出来るんですか?」


【これは、本流の、近い未来の事なのじゃが、お主はジークではない、八人目の従魔を従えておる。つまり、八人でもまだ大丈夫だという事じゃ】


「本流、何やってるんだ……」


 ゼンは自分で自分を責める。パラケスに、もう従魔は増やすな、ときつく言われていたのに。無論、そうしなければいけない訳があったのだろうが。


「俺が、何故こんなに多くの従魔を、他の人とは違って仲間に出来てしまうか、については教えてくれないんですか?」


【それは、お主の出生の謎に関わる話じゃ。ヴォイドに聞くのじゃな】


 その事は、何となくそうではないかと予想はしていた。普通の人間とは明らかに違う因子。それが、5年間の失われた記憶と、多数の従魔の事だったからだ。


「……分かりました。けど、そうしたら、本体の方はどうなるんですか?」


【機神(デウス・マキナ)は、ジークが宿っていた時程の力は出せんかもしれんが、これから使われる当てのない機体じゃ。そのままここで眠り続ける事になるじゃろうな】


【適合する操縦士パイロット生まれるのも稀(まれ)で、生まれたとしても、それが使われる時でなければ意味がない。あれは、今回で役目を終えたのだろう】


 そう言われてしまうと、何だか寂しい、悲しい気がする。寂寥感、なのだろうか。


 なんだかんだ、操縦するのに負荷がかかる程の、凄まじい機体、恐ろしい力を内に秘めた兵器だった。それがあったからこそ、ヴォイドを殲滅する事が出来た。


 絶対に敵にしたくない、味方だったからこそ頼もしい機神(デウス・マキナ)だった。


 ゼンは機神(デウス・マキナ)に歩み寄り、その威容なる巨体を見上げる。


「……どーしたの、ぜん?」


 ジークはゼンに小走りに走り寄り、ゼンの見つめる先、今まで自分だった機体を見て、ジークはゼンの後ろに怯えて隠れてしまう。まるで、近寄ったらまた戻されると恐れているように。


「ジークはこれから、俺と一緒に来るからお別れをしないと、ね?」


 ゼンが優しく諭しても、ジークは首を振って嫌がる。


 ゼンは溜息をついて、自分だけでもお礼とお別れをした。


「俺達と一緒に戦ってくれて、ありがとう。もう会う事もないかもしれないが、静かに眠って欲しい。もう誰も、邪魔をしない筈だから。さようなら……」


 アルもひよっこりと顔を出す。


「うむ。お主の働きでこの星は守られたのじゃからな。誇れ、機神(デウス・マキナ)よ。


 さらばじゃ!」


 二人が別れを告げ、踵(きびす)を返すと、ジークは、


「……ばいばい」


 と手だけ振って、すぐにゼンの元へと走り去る。












*******

オマケ


(契約は次話なので、フライング従魔会談)


ジ「……えと、こんにちは」

ゾ「おう、初めての後輩。はじめまして、こんにちは、だな」

セ「ゾートさん、余りグイグイいかなくても……。こんにちは」

ガ「……挨拶大事。今日は……」

ボ「こんにちは、仲良くやって行こうね」

ル「……あるじさまに、くっつきすぎらお!」

ゾ「まあまあ。最初の頃は、そんなものだよな」

セ「ですね。ルフもそんな膨れないで」

ガ「……」(気配を消してる)

ボ「大丈夫大丈夫。ゼン様はルフの事もちゃんと考えてくれてるよ」

ル「……わかってるお。でも、おそとにいて、あるじさまとあそべて、うらやましいお」

ジ「……みな、ぜん、さまとなかよし?」

ゾ「そうそう。みんな仲間だ。まあ、メスはちょっと違う扱いになるだろうが」

セ「そう言う事言わない。うん、仲良しだね」

ガ「……良」(気配消したまま)

ボ「そうだよ、みんな仲良しさ」

ル「るーだって、およめさんのやくそく、してるもん!お」

ジ「およめ、さん」

ル「そうだお。ずっとそばにいるやくそくだお!」

ジ「じーく、もなりたい、な」

ル「むー。るーはかんだいだから、るーの次ならいいかも、だお」

コ「ありがと、るー、さん?」

ル「るーは、るーだお」


(女性サイドはやはり違う、と思わない訳にはいかない四人だった)

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